第6話 嫌よ嫌よも好きのうち
俺は飯崎が用意した嫌がらせに徹底的に応戦することにした。
これまでは昔仲が良かった幼なじみの誼で多少の情けをかけて黙っていてやったが、そっちがその気ならこちらとしても黙っている訳にはいかない。
対抗意識を持っていた俺は飯崎の嫌がらせを嫌がらせで返してやった。
自室の前に家族以外立ち入り禁止の表札を掲げ、カトラリーを並べ替え、靴はシューズクロークにしまった。
そして飯崎に対する嫌がらせを終えて自室で待機していた俺は、飯崎が一階に降りていく足音を聞いてからしばらくして一階に降りていくことにした。
さぁ、飯崎はどんな表情をしてんのかなぁ。今頃ハラワタを煮えくり帰らせて顔を真っ赤にして怒っているかもしれない。
だとしたらいい気味だ。
先住民である俺に対しての嫌がらせに次ぐ嫌がらせ。普通の居候は住まわせてもらっている家の住人に文句など言えるはずがない。
飯崎はこの家に住まわせてもらっているという自覚が足りなさすぎる。
どちらかと言えばこの家に住んでいる俺の方が立場は上のはずで、俺が本気で飯崎に出て行けと言えば飯崎だってこの家に止まる事はできないくらいの立場ではあるはず。
こっちだっていつまでも黙っててやんなぇかんな‼︎
俺は忍足で階段を降りていく。腰を屈めながら階段を降りていくと、玄関の方を見つめて肩をプルプル振るわせながら立ち尽くしている飯崎の姿を見つけた。どうやら飯崎は怒りで肩を震わせているようだ。
ふんっ。ザマァみろってんだ。俺にだって飯崎の嫌がらせをただ黙って見ているだけではなく、飯崎に対抗できるくらいの勇気はあるんだかんな‼︎
俺からの嫌がらせを受けて肩を震わせて怒っている飯崎を見て圧倒的優位性を感じた俺は、玄関に立っていた飯崎に後ろから皮肉めいた声をかけた。
「どうした飯崎。何かあったか?」
「……」
俺の問いかけに完全に黙り込む飯崎。これは完全勝利ってやつだな。
しかし、今まで俺が飯崎から受けてきた嫌がらせの量を考えれば俺が飯崎に対して行った今日の嫌がらせなど可愛いものである。
こんなもんじゃまだまだ足りない。これまで受けてきた嫌がらせの分を今日で全て返すのは不可能だが、まだまだ俺の気は治まっていないし追い討ちしてやるか。
「黙ってちゃわかんないだろ? どうしたか聞いてるんだよ」
「……わよ」
「え、なんて? なにも聞こえないんですけどー」
「どうしたもこうしたもないわよ‼︎」
「--⁉︎」
俺が飯崎に追い討ちをかけていると、飯崎はこれまで聞いたことがない程の大声をあげその声が家中に響き渡る。
またいつもみたいに饒舌に反抗してくるのだと思い込んでいただけに、感情に任せた飯崎の反応に焦りを隠すことができない。
「……え? ど、どうした急に。そんな怒るとこあった?」
先ほどまで軽快に動いていた俺の口は飯崎に怒鳴られた驚きで上手く回らなくなってしまっている。
「……私だってね……やりたくてやってるんじゃないんだから……」
飯崎は俯きながら小さな声で何かをぶつぶつと呟いている。
「え、なんて? 聞こえないんだけど」
「うっさい‼︎ バカ‼︎」
……あ。これはやばい。
いつぶりだろうか。飯崎が涙を流しているところを見るのは。
飯崎は俺に向かってバカと大声で叫び、走って二階へと向かい自室の扉を思いっきり閉めた。
そして俺の耳には扉を閉めた際の大きな音が残り、俺の目には飯崎の泣いている姿が焼き付けられた。
え、なにこれ。なんであいつ泣いてんの?
飯崎の方から俺の事を嫌ったんじゃないか。俺の事が嫌いなんだろ? 同じ空気も吸いたくないんだろ? それなら仕返しされてもいつもの威勢の良さで反論してこいよ。なんで何も言わずに肩を震わせながら泣いてんだよ……。
そして俺は思い出す。あの日の涙、あの日の誓いの事を。
あの日、俺は飯崎の泣いている姿を見てもう二度と飯崎を泣かせないと誓った。
それなのに、俺はその誓いを守るどころか、自分から破りに行っている。
いや、でも今と昔では状況が異なり過ぎている。飯崎は俺の事が嫌いで、俺も俺に対して酷い仕打ちをしてきた飯崎の事が嫌いだ。
それなら飯崎が涙を流した事に狼狽えるのではなく寧ろ喜ぶべきなのではないだろうか。
それなのに、昔の誓いはいつまで経っても頭から離れてくれず、俺は飯崎が涙を流した理由を考えながらしばらく玄関に立ち尽くしていた。
しかし、飯崎の涙の理由は分かるはずもない。
俺の事が嫌いな奴が俺に嫌がらせをされて涙を流す理由を考えるのは、どんなテストで100点を取るよりも難しいだろう。
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