第5話 あの日見た涙
俺は中学三年の時、産まれて初めてお葬式に参列した。
初めての経験と聞くと楽しい出来事を想像してしまうが、これ程までに嬉しくない産まれて初めての経験は初めてだった。
俺が参列したのは幼なじみ、飯崎の母親、
病気を患っていたことは母さんから聞かされていたが、詳しい事は何も聞いておらず羽実子さんが亡くなったのは突然の出来事だった。
飯崎はあの頃、高校の受験に向けてハードな勉強を熟しながら毎日のように羽実子さんの病院に通っていた。
入院している病院が自宅から近かったので俺も何度かお見舞いには行っていたが、毎日お見舞いに行きながらの勉強は苦労していたと思う。
羽実子さんが入院している間、飯崎はずっと家で一人っきりだったはずなのに俺の前では一度も寂しがる素振りを見せた事はない。
羽実子さんが入院していても飯崎は俺の前では元気な姿を見せてくれていたので、羽実子さんの容態もそこまで悪いものではないのではないかと勝手に安心していた。
しかし、その安心を嘲笑うかの様に母さんから羽実子さんの死が告げられた。
一瞬血の気が引くのが分かったが、あまりにも突然の出来事だったので現実味が無かった。
現実味を感じられないまま初めて参列するお葬式。お香の挙げ方も分からない俺は母さんからある程度の礼儀作法は聞かされていたが、結局大粒の涙でまともな礼儀作法にはなっていなかったと思う。
俺がそんな有様なのに、お葬式で喪主として前に立つ飯崎は涙を流すでもなく、表情を崩すでもなく参列してくれた人たちに頭を下げていた。
なんて強い女の子なのだろうかと驚かされたが、それは大きな間違いだった。
葬式も終わり、参列者は全員帰宅して俺と飯崎が二人きりになる場面があった。
その時、飯崎は無言で俺の横に座っていたのだが、しばらくして飯崎が鼻を啜る音が聞こえ始めた。
まさかと思った俺は飯崎に気付かれないようチラっと飯崎の顔を見た。
すると、飯崎は顔をぐしゃぐしゃにして、大粒の涙を流していた。
俺と飯崎は幼なじみだ。子供の頃から仲が良く、これまでも何か問題があれば2人で乗り越えてした。
しかし、俺はただの幼なじみでしかない。ただの幼なじみでしかない俺が、飯崎の家族の様に、恋人の様に、この場面で飯崎を抱きしめてもいいのだろうか。
もし俺が、今日という最悪の日までに飯崎に告白をして、それが成功して付き合っていたのだとしたら飯崎の事を迷わず抱きしめていただろう。
家族でも彼氏でもない俺に、飯崎を抱きしめる資格はあるのだろうか。
そう逡巡していた時、母さんから聞かされていた飯崎の家系の話を思い出した。
それは羽実子さんが亡くなってしまったら飯崎には身寄りがなく、一人になってしまうということだった。
それを思い出した俺は泣いていた飯崎の体を抱き寄せる。そしてゆっくりと頭を撫でた。
飯崎の嗚咽はいっそう酷くなり、俺の服には飯崎の涙が大量に染み込む。服を通り越して地肌でもそれを感じる程だった。
俺の服なんかどうなってもいい。飯崎が少しでも楽になるなら今はなんだって差し出そう。
俺が飯崎にしてやれる事は何なのか。俺が飯崎に与えてやれる幸せはあるのか。
そんな事を考えながら俺はただひたすらに、飯崎の頭を撫で続けた。
あの日以来俺は飯崎の涙を見たことがない。というか、飯崎が泣いているのを見たのはあの日が初めてだったかもしれない。
あの日、俺は何があっても飯崎を幸せにすると決めた。
そう意気込んでいたのに飯崎が学校で放ったあの言葉を聞いて以来、俺たちの関係はすっかり悪化してしまった。
この関係が元に戻る日はやってくるのだろうか。
少なくとも、俺と仲良くなることが飯崎の幸せではないのであれば、俺から飯崎と昔の関係に戻ろうとすることはないだろう。
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