第4話 成功したはずなのに
学校から帰ってきて一仕事終えた私は自分の部屋で悦に浸っていた。
やってやった。今日も藍斗の事が嫌いだと、藍斗に分かるようあからさまに拒絶をしてやった。
藍斗の事が大好きな私が藍斗を拒絶するのは心が痛むが私の想いが藍斗に知られて拒絶され、一人になってしまう方がリスクは高い。
靴も藍斗の靴とは意図的に距離を離してやったし、藍斗の歯ブラシも定位置から離れた場所に置き換えてやった。
普段から藍斗が同じ部屋に入ってきたら空気清浄機を回すなど、私が藍斗の存在を嫌悪していると明確に分かるよう行動に起こしている。
これだけすれば私が藍斗を拒絶をしている事に気が付かないはずはないだろう。
藍斗は小さい頃から私の些細な変化にもよく気づいてくれる優しい人だった。ママでも気が付かないような些細な変化にも気がつくので驚かされた事は何度もある。
だから、これだけあからさまな行動をすれば藍斗が気がつかないはずがない。
これでまた一歩、私の人生は安寧に近づいたわね。
そうは言っても、私がしているのは藍斗の事が嫌いなフリなのである。心の底から藍斗のことを嫌いにならなければ、いつからボロが出てしまうだろう。
藍斗の事が嫌いだという意思表示を行動に起こすだけでなく、本当の意味で愛と自身を嫌いになる努力をしなければ。
そんな事を考えながら私は自室で経済本を読んでいた。好き好んで経済本を読んでいる訳ではないし、1人になりたい訳でもないが将来1人になってしまってしまう可能性はゼロではないので、お金に困らないよう今のうちから勉強は必要である。
私は石橋を叩いて歩くタイプの人間だ。これからも私の居場所を失わないため、定期的に藍斗が嫌いであると行動で示していこう。
経済本は頭を使うので、意外と体力を消耗する。体力を消耗して小腹が空いた私は冷蔵庫にしまっておいたプリンを取りに行こうと自分の部屋を出る。
私の部屋の隣には藍斗の部屋があり、先ほど藍斗が帰宅した音も聞こえたので今私がリビングに降りて行っても藍斗と遭遇する事はない。
自分の部屋を出て藍斗の部屋の前を通り過ぎてリビングに向かおうとしたその時、藍斗の部屋の扉に何かが吊り下げられていることに気がついた。
あれはなんだ? 昨日までは何もぶら下げられていなかったような気がするけど……。
近づいてそこに書かれた文言を見る。
そこには、『家族以外立ち入り禁止』と書かれていた。
……何よこれ。こんなの絶対私に対して言ってるじゃない。
そもそも家族しかいない自宅において、自室の扉に『家族以外立ち入り禁止』と書く意味は全く無い。泥棒か何かに対しての表札だとしても、泥棒なのであればそう易々とその表札に従うはずもない。
私を名指しをしている訳ではないが、藍斗は両親とも仲が良いので両親のことが嫌いで立ち入り禁止にしているとは考えづらい。
となると、これは私が藍斗に対して行った意思表示への対抗策だと考えられる。
……やってくれるじゃない。
まぁいいわ。これが私の目的だしね。好意を拒否されるよりもこちらの方がダメージが少ないし、本当の意味で私が藍斗を嫌いになるための材料にもなる。
そう自分に言い聞かせながら階段を降りてリビングに向かい冷蔵庫の扉を開ける。
目的のプリンを手に取り食器棚からスプーンを取り出そうと引き出しを開けると、今までとスプーンやフォーク、箸などの配置が変えられていた。
今まではスプーンはスプーン、フォークはフォークで管理されていたのだが、それが個人の使用しているカトラリーごとに配置変換されている。
学校から帰ってくると高確率でプリンを食べるという私の習性を見抜いた藍斗の仕業ね。
ふんっ。いつもは抵抗なんかしてこないくせに、今回は根気強いじゃない。でもまぁ、これくらいで動じる私じゃないわ。こっちにはお子ちゃまな藍斗には無い大人の余裕があるのよ。
私は何事も無かったかのようにスプーンを取り、階段に向かうためにリビングを出ると、玄関に藍斗の靴が置かれていないことに気がついた。
何故靴が見当たらないんだ? 出かけたのか?
いや、それはない。藍斗が帰って来た時の物音は聞こえたが、家を出て行く際の物音は聞こえていない。
それなのに、藍斗のルーティーンである玄関の右隅に藍斗の靴が置かれていない。疑問に思った私は、もしかしてとシューズクロークの扉を開いた。
--‼︎
そこには藍斗の靴が置かれていた。
藍斗が靴を玄関の右隅に置かずにルーティンを崩すところを私は同居し始めてから今まで一度も見た事がない。
それだけ私に、俺はお前が嫌いだと意思表示をしてきているということだ。
ふんっ。藍斗もバカね。これじゃ私の思う壺じゃない。私が藍斗の事を嫌いになって藍斗に私を嫌いになってもらう。そうする事で私は安寧を手に入れる。
これは私の作戦通り。作戦通りなんだ。
それなのに、何故だろう。
私の頬を冷たい雫が、スーッと伝って玄関の地面へと落ちていった。
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