3話 同じ空気を吸いたくないとか
飯崎とは同じクラスな上に席も隣同士なのだが、家にいる時と同様に俺は学校でも飯崎と友達の様に仲良く話したり一緒に昼飯を食べたりする事はない。
飯崎と学校で関わる事があるとすればやはり喧嘩をする時くらいだ。
学校で授業を受けている間は静かで大人しくて可愛いだけの美少女なんだけどなぁ。
家でも喧嘩、学校でも喧嘩となれば俺と飯崎がまともに会話をするのは俺たちが俺の両親と一緒にいる時しかない。
俺たちが両親と一緒にいる時、俺たちは喧嘩など一切せず仲の良い兄妹のフリをしている。
「
なんて物騒な事を言われたのは飯崎が同居する様になって俺に冷たい態度を取るようになってからすぐの事。陽子さんと隆行さんというのは俺の両親の名前だ。
いやここ俺の家なんだけど俺が出てくの? って疑問を口に出したらものすごい剣幕で言い返されそうだったので心の中に留めておいた。
母さんと父さんの前では仲の良いフリをしてはいるが本当に仲が良い訳ではない。結局母さんと父さんが一緒にいる時の俺たちの姿は二人を心配させないために演技をしているにすぎないので、それがまともな会話と言えるのかどうかは怪しいところである。
家でも学校でも毎日の様に喧嘩をしている俺たちだが、今日は珍しく学校で飯崎と関わる事は無く、喧嘩をする事も無かったので体力を消耗する事なく帰宅した。
家に到着して玄関の扉を開けると、俺より先に家に到着していた飯崎の靴が玄関の左隅の方に置かれていた。
飯崎の靴はいつも俺の靴と並んで置かれている。それなのに、今日は飯崎の靴が玄関の左隅の方に置かれているというこの意味が一瞬で理解できるのは俺しかいないだろう。
……あいつ、やってくれるじゃないか。
これは、あなたの事が嫌いで近づきたくもありません、という明確な意思表示だ。
俺にはルーティーン的なものがあり、帰宅してきた時は必ず靴を玄関の右隅に置く。これまでは飯崎も俺が靴を置いている場所に合わせて自然と玄関の右隅に靴を置いていたのだが、今日はあえて俺の靴から一番距離が離れている左隅に靴を置いてきたのだろう。
……ふんっ。ツメが甘いな飯崎。
俺の靴から一番距離が離れているのは玄関の左隅ではない。飯崎が靴を置いていた左隅と対角の位置にある扉側の右隅、これが俺の靴から一番距離が離れている場所だ。ただ玄関の左隅に靴を置いただけでは俺の靴から一番離れた場所にはならない。
飯崎もその事実には気が付いていたのだろうが、流石に扉側の左隅に自分の靴を置くのには抵抗があったのだろう。もし母さんと父さんが飯崎靴の位置を見たら、その意図には気が付かないとしても何らかの違和感は感じるだろうからな。そうなってしまうのは飯崎にとっても本意ではないはずだ。
今回の靴の件の様に、飯崎はしばしば俺を嫌いだという態度を明確に見せつけてくる。昨日は俺がリビングに入った瞬間空気清浄機の風量を強にしてきやがった。俺と同じ空間で同じ空気を吸いたくないくらい俺の事が嫌いなのだろう。
その嫌がらせの度に、俺はその嫌がらせに屈する事はなくガン無視を貫いているのだ。
俺の事がどれだけ嫌いだとは言っても、流石に俺の物を隠すとか壊すなんていう非人道的な嫌がらせはしてこないので、それなら怒る必要も無いといつも自分に言い聞かせている。
今日もそう自分に言い聞かせ、手を洗うために洗面所に行くといつもは家族揃って同じ容器に入れている歯ブラシが俺の分だけ離して置いてあった。
これはあれか、俺の歯ブラシと自分の歯ブラシは近くに置いておきたくないって意思表示か?
いや、恐らくそれだけではない。俺自身とも距離を置きたいという意思表示なのだろう。
しかも、自分の歯ブラシではなく俺の歯ブラシを別の場所におくところに飯崎の狡猾さが見て取れる。
飯崎の歯ブラシが別の場所に置いてあれば母さんと父さんが違和感を感じるかも知れないが、俺の歯ブラシが別の場所に置いてあっても恐らく違和感は感じないだろう。
そんなに俺のことが嫌いかね……。いや嫌いなのは知ってるけどさ。散々冷たくされてるし。
とはいえ、今は俺も飯崎の事が嫌いだ。昔は仲が良かったのに、酷い言葉で俺の事を切り捨ててきた飯崎をすぐに許せるほど俺は大人じゃない。
それでも、昔好きだった人から冷たくされたり嫌われたりするのは気分が良い事ではない。
心の片隅では、いつか昔の様に仲の良い2人に戻れるのではないか、なんて思ったりもしていたが、ここまで嫌われているともう昔の様に仲の良い2人に戻る事はできないだろう。
そっちがその気ならやってやるよ。
徹底抗戦してやろうじゃねぇか‼︎
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