2 絶氷の大地

 ―コロルバス領 ネーべ・クラフティー ―


 逃げたらそこにも敵とは、この世界の法則は間違っている。

「どうしたんですかぁ…まさか逃げるきでは?そうは、させない!」

 ナイフ片手にいきなり飛び掛かってくるドールグス。

「避けれない!」

 エルダの悲鳴と、金属音が重なった。

 エルダを庇うようにして立つ男。

 ドールグスのナイフと青年の斧がぶつかり合っている。

「増えた…喰うべき相手が増えた!」

 相手の目に映った限り喰われる運命。

 そう覚悟した方がよかったのだ。

「あなたは…」

 エルダは青年を見て言う。

「俺は、ロゼルド・ティアマンテ。ネーベ村の村長の息子だ。」

 斧でドールグスを振り飛ばす。

「おのれ…村長はどこだ!」

 ドールグスが怒鳴り散らす。

「ここだ。」

「あぁ?」

 ドールグスの背後。

 60代の男により、槍で殴られる。

「村長、ロゼルド・レアル。」

 この集落の村長とその息子が加勢した。

「このまま挽回だ。奴を倒す。」

 バルドルがレーヴァテインを天にかざす。

「挽回、いい響きじゃねぇですか!」

 翡翠も槍をかざし、ドールグス目がけて駆ける。

 エルダも魔弾を乱発する。

 5人いてもなお、攻撃は全てかわされた。

 ドールグスの身体能力の高さに驚かされていた。

「魔力保持者が気取りやがって…」

 ドールグスは魔力を持っていない。

 つまり、物理攻撃しかできないのだ。

「お前は、神紅族の血を受け継いで―。」

 バルドルが言いかけた時だった。

「黙りやがれぇ!俺をそんな血と一緒にすんな下郎!」

 エルダは同じような会話を聞いたなと思った。

「俺らは生きるので精いっぱいだしそんな日々はもう嫌なんだ!」

 ナイフを5人に向けて刃のような鋭い言葉で言い放った。

「お前らには分からないだろうな。」

 ドールグスから、紅い瘴気が漂い始めた。

「何故この村を滅ぼした!」

 レアルがそう叫んだ。

「儂だって魔力はもっとらん。それを認めることがお前らにはできないのか!」

 レアルの言葉がドールグスを射抜いたようだ。

「はぁ?出来る分けねぇだろ!」

 ナイフを雪に突きつける。

「―ハルカカナタ。」

 エルダがボソッと呟いた。

 その場にいた皆の視線がエルダに集中した。

「え?私何か言った?」

 自分の言葉を思い出せない。

「ハルカカナタ…なんで若い君がそんなことを…言ってやがるんですか…」

 翡翠が動揺したかのような冷や汗を垂らす。

 膠着状態になった。

「ハルカカナタ…絶氷の大地。」

 バルドルが要約して述べた。

 事実とは要約されすぎているが。

「あそこの氷が鎔けるのは300年後と言われているな。」

 バルドルが付け足しがてらに言った。

「あの大地は今や寒すぎて行ける者はいないはずだ。」

 レアルも付け足す。

「父さん…教科書には、地図にはそんなところなかったぞ。」

 地理学を専攻してきたティアマンテが言う。

「当たり前だ、王立国会が隠してきたのだからな。」

 政府により隠された地。

「だから今の子供は知らないはずなんだ。それも、親を早くに亡くしたこの子が口にすることなど‥‥―あり得ないんだ。」

 バルドルは振り向き、四つん這いになるドールグスを見つめる。

「あぁ…あの大地に、もう一度!」

 なぜか苦しんでいるドールグス。

「あそこには、神龍がいるからな。奴の寿命が300年なんだ。」

 ティアマンテが現在のハルカカナタの情報をペラペラと喋る。


 曰く、そこには『賢者が眠る』

 曰く、そこには『神龍がいる』

 曰く、そこには『封印がある』

 曰く、そこには『恐れられた精霊がいる』


 説は無限に存在する。

 神龍の説は本当だ。

 『氷滅神龍』の神龍の存在。

 それこそが、ハルカカナタを雪に埋めた存在だと言われている。

 かつて、ハルカカナタは争いが絶たなかったという。

 それを止めるために賢者が時を止めんとした。

 しかし、『恐れられた精霊』が神龍を繰り、賢者も、精霊自身もを、雪に埋めたという。

 

「その精霊とは…省かれた精霊、世界一怖い精霊、言い方は色々あるが―。」

 バルドルがそこで黙った。

「―?『禁忌』カントラインディケイト。」

「バカっ!」

 ティアマンテの一言に、バルドルが渇を入れる。

「あぁ…アァァァァァァァァ!禁忌!カントラ!ディケイト!」

 狂ったかのように、ドールグスが立ち上がった。

 紅い瘴気が強まっている。

「ここは…退散したいが、どこに逃げる…」

 ここへは逃げてきた側なのだ。

 この状態のドールグスは危険すぎるのは、エルダでも分かる。

 紅い瘴気が大気を包み込んでいる。

「このまま行くとヤバいぞ…」

 ドールグスの放つ瘴気が文字に変化している。

「詠唱…これは、膨滅の術式!ここに居れば、たちまち膨張して死亡だ。」

 レアルが叫ぶ。

「エルダ!転移魔法だ!」

 バルドルに言われ、心の中で詠唱を唱える。

「―。全員、手を繋げ!」

 繋ぎ終わると同時に、転移する。

 此処ではない何処かへ。

 

 ―絶氷の大地 ハルカカナタ―

「嘘でしょ!ここ⁉」

 寒すぎる。

「馬鹿!死ぬっ早く次の所へ!」

「まだ魔力が溜まってない!」

 あと数分、ここに居るしかないのだ。

 地鳴りがした。

 吹雪でよく見えないが、コロルバス領の方で、紅い爆発が起きた。

「―。燃えたの。儂の村も。」

 ドールグスが死んだかは分からないが、膨滅の術式が発動された。

「しょうがねぇ…寒いが少し探索するか…」

 バルドルは一応、戦闘服コートを着ている。

「―。寒すぎだろ…」

 バルドルは皆と少し離れ歩いてみる。

「あれは!皆!来てくれ!」

 一同をかき集めて、指を指す。

「あれが、『氷滅神龍』スラルヴァ・ルードルだ。」

 白銀の空を舞う水色の龍。

 黄色い眼が空で光っている。

 そしてその下には―。

「何あれ!」

 白い薔薇に囲まれた大きな氷柱が地面に刺さっている。

「エルダ、それ以上地近づくのは危険だ!」

 神龍の下は雪が降り積もっている。

「あの氷柱の中に何があるかは気になるが、近づいては!」

「でも、滅多に来れないから!」

 近づけるところまで近づいて、目を凝らす。

 微かに赤い髪。 目は閉じられている。

「恐らく、カントラインディケイトだな。」

 『禁忌』の精霊、恐れられるはその力。

「魔力の準備が出来ました。」

「次はちゃんとした場所にな。」

 ティアマンテの言葉に頷き、二度目の転移をする。

 

―ヴィクティリア領 キャルマ村―


「ここ…は―!」

 バルドルの脳裏にルナ・ヘクセレイの顔がよぎる。

 前にいる少年の顔が、あまりにもヘクセレイに似ていたのだ。

「君は…一体!」

 翡翠もその顔に動揺しているようだ。

 あの戦いの戦死者の一人、ルナ・ヘクセレイその人だ。

「僕か?ジュア・ヘク―。」

「翡翠!バルドル!どこ行ってたの⁉」

 ジュアと名乗った少年を遮るように叫ぶ少女の声。

「―。ジュア・ヘクセレイ、ルナの弟か。」

「聞いてる⁉」

 少女が飛び跳ねながら釈明している。

「気づいてるよ。久々だな。」

 バルドルが腰を曲げて、少女の背丈に合わせる。

「こんな遠回りしなくても、もともと転移すりゃぁ良かったんだ…」

 外れくじを引いたらしい。

 森の襲撃で転移していれば、ドールグス似合事も無かったろう。

 そうしていれば、レアルとティアマンテとの出会いもないことになる。

 結果、転移したタイミングは良かったのだろう。

「ゼルネ。久々じゃねぇですか。」

 翡翠とも交友のある少女。

「こちらの子は?」

 バルドルが立ち、エルダの方を向く。

「勝利の少女、ゼルネ・アスティエスだ。」

「よろしく。」

 そう言って、ゼルネは丁寧に礼をする。

「はい、よろしくお願いします…」

 自分より礼儀が正しいのでは、と動揺してしまう。

 などと穏やかな村なのかと思ったが―。

 禍々しい警告音が鳴る。

「警告音!」

「こんな時に何が起こっていやがるんですか。」

 皆が、村に入り口に向かって武器を構える。

 立っているのは一人の老人だ。

「人なのに敵正反応?」

 エルダが疑問に思う横で、翡翠の瞳孔が縮む。

「リヴァス・テラー!」

 村中にその声が響いた。

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