第10話 パンツ消失

 勉強会が終わり、僕は部屋で読みかけの小説の続きを読んでいた。志乃と加乃は居間で僕が昔録画したタンザニアにあるセレンゲティ国立公園の番組を見ている。北海道の有名なバラエティー番組でも登場したが二人が見ているのは〇ショナル 〇オグラフィックTVである。これを見た後にバラエティー番組も見せようかと思っている。


「涼、私と志乃、先にお風呂入るね。」


 加乃がドアの入口に立っていた。僕の部屋のドアは開けっ放しである。


「了解。」


「涼も一緒に入るか?」


「ちょっと! 志乃!」


「遠慮しておくよ。」


 最近の志乃のお気に入りのセリフである。加乃の反応を楽しんでいるようだ。

 今のところ、風呂に入る時間帯に志乃と二人きりということが無いので、志乃は加乃か僕の姉と風呂に入っている。志乃は僕と入りたそうなふしもあるので注意が必要だ。好奇心旺盛な志乃のことだから男の人と風呂に入ってみたいのかもしれない。

 そもそも、志乃はしっかりしているから一人でも入れそうな気がするのだが。




 読んでいた推理小説が佳境に入り、いよいよ犯人が分かろうかというところで志乃と加乃が僕の部屋に入ってきた。


「あの…、涼、ちょっと聞きたいことがあるのだけど………。」


 加乃の態度がおかしい、もじもじしていて顔も赤い。


「どうしたの?」


「ええと………。」


 言い淀んでしまう。いったいどうしたというのだろう。そんなに言いづらいことなのだろうか? 加乃が口ごもるほどのことなど想像ができない。加乃は結構失礼なことも平気で言う。


「加乃姉のパンツが消えた。」


 これ以上ないくらい言いづらいことだった。志乃よく言った。加乃には無理だ。


「脱衣所に持っていくのを忘れたという事はないの?」


 念のために、一応聞いておく。


 言いづらそうにしていた加乃が意を決して言った。


「無いわ。その…どのパンツを持って行ったか覚えているし。志乃も見てて覚えているの。そもそも私のバッグにパンツが無いのよ。」


「まだ、誰も帰ってきていないから、家の中には僕たちしかいないね。」


「涼を疑っているわけでは無いのよ。本当よ。でも2往復も探したけどどこにも落ちていないし………。」


 僕は結構読書に集中していたようである。二人は加乃のバッグがある姉の部屋と風呂の脱衣所を2往復もしたようである。姉の部屋は僕の部屋の隣だ。全く気が付かなかった。


「なるほど…。もちろん僕は盗んでいないけれど、どういう事だろう? 」


 10秒。しばしの沈黙。


「そうだ! とりあえず牛乳を飲んで落ち着こう。」


 志乃が名案を思い付いたかのように言った。


「…そうね、どんな時でも牛乳よね。」


 加乃が同意した。力なくだが。…なんだかどこかで聞いたことのあるセリフである。


「こんな時でもか?」


 志乃が聞く。


「こんな時でもだ。」


 僕が答える。


 まずは落ち着こう。状況的には犯人がいるなら僕しかいないのだが…。


 志乃と加乃は2往復、さらに僕の部屋まで来ているのでおそらくは2往復半もしているにもかかわらず、下を見てパンツを探しながら歩き出した。


「加乃、僕も探した場合、見つかったら、僕、パンツを見てしまうことになると思うんだが。」



「涼、今はそんなことよりパンツを見つけることが重要だ。加乃姉は今、パンツ履いてないんだぞ!」



 加乃の後ろを歩いていた志乃が、僕に振り向いて言った。加乃も立ち止まり、こちらを向く。志乃のセリフと加乃がこちらを向いたタイミングが良すぎて、僕は思わず加乃の下半身へ視線を落としてしまった。


 加乃、パジャマのズボンを履いているのだから前を両手で隠さなくてもいいじゃないか。「キャッ」なんて言わないでください。


「ごめん。」


 慌てて、天井を見上げて視線を逸らしあやまる。


「こっちもごめん。大丈夫だから。」


 居間へ降りて、冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぐ。そのまま冷蔵庫の前で、牛乳を飲む。志乃はコップを両手で持って飲んでいる。加乃は左手にコップを持って、右手は腰に当てて飲んでいる。くせなのだろう。


 牛乳を飲んだのは正解だったかもしれない。少し落ち着いた。なんとなく、脱衣所の方を見て固まる。もちろんここから脱衣所は見えない。居間のドアから廊下が見える。今の季節、ドアは常に開けている。


「…加乃。………あれ。」


 ドアを指さす。


 ドアは外開きである。L字型の取っ手が水平に付いている。今はドアが開いているので、取っ手の先端が部屋の中に向いている状態である。


 まるで、洗濯物を干しているかのように。取っ手にパンツがぶら下がっていた。



「おおっ!パンツがあんなところに干してある!」



 呆けたままの加乃をよそに、志乃がパンツを取りに走っていった。


「加乃姉、ほら。」


 志乃が加乃にパンツを突き出した。加乃は慌ててパンツを奪うように取り、さっとお腹に隠した。


 僕は目がいいのだ。取っ手にかかっているパンツを見つけた時に、すでに気が付いていた。


「………勝負パンツ。」


 加乃がキッっと僕をにらんだ。真っ赤な顔で、目には涙を浮かべている。


「涼、違うぞ、加乃姉の勝負パンツは紐パンだ。まだ履いたことは無い!」


 加乃が崩れ落ちた。


「志乃、それは言ってはいけない。加乃が立ち直れないよ。」


「まだ、勝負したことがないことは内緒だったか?」


「そっちではないのだけど、それもかな? 紐パンの事だよ。加乃が紐パンを持っていることはみんなには内緒だ。」


「分かった。」


「あんたが紐パン言うな。」


「ごめん。でも実はもう知ってたんだ。前にランジェリーショップで会ったときに志乃から聞いた。」


「…そう。」


「なんか悪いから、僕のパンツ見る?」


「いいわよ!いやよ!」


「見る!」


 志乃が食いついてしまった。まあ、そうだよね。


「僕は、ボクサーパンツとトランクス、両方履くんだ。ブリーフは履かないかな。」


「男のパンツはそんなに種類があるのか。」


「あれ? 女の子用も種類はたくさんあるよ。」


「私は同じ形のしか持っていない。」


「そうなの? ぼくは履かないけどブリーフも持っているよ。姉さんがプレゼントにくれたものだから高いものだと思う。…そうか! あれが僕の勝負パンツなのかな?」


「おおっ! 涼も勝負パンツあったか。見せてほしい。」


「いいよ。でも、トランクスの方がいろんな柄があって面白いよ。」


 僕と志乃が僕の部屋へと移動を始めると、加乃がついてきた。


「やっぱり私も見る。」




____________________

今回は結構面白かったと思う。自分で読み返しても笑ってしまう。

なんせ、実話がもとになっている。


着替えを持って脱衣所へ、シャツしかない!

パンツ落としてきたかと下を見ながら自分の部屋まで後戻り。

落ちてない?

なんとなく下を探しながら風呂場へ戻る途中、

居間でふと顔を上げるとドアノブにパンツがぶら下がっている。

まじか!

私は2回やりました。2回目はすぐに見つけたさ。

 


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