第8話 皆と涼
「どうしたの?」
姉が試着室から出てきた。そういえば、店員さんはいつの間にか離れた場所へ移動している。そしてこちらを興味深そうに見ている。
「プリンをくれたお兄さんだ。」
幼女の言葉に同級生、確か
引っ越してきた時期や、学校で僕の耳に入ってきた情報、そもそも名前が
「ええと…、加賀君? もしかして、志乃にプリンをくれたのは加賀君?」
おそらく、下着専門店の試着室で僕が一体何をしていたのか、最初に聞きたいのはそちらの方だと思うのだが、幼女、志乃さん? がプリンの事を口にしたのでそちらを先にしてくれたようだ。まあ、お礼をしなければと考えるだろうし。
「はい…。そうです。」
僕が答えたら、お母さん? がお礼を言った。ただし続きがあった。
「まあ! そうなの? その
「ちょっと、お母さん!」
加乃さんが慌てて止めに入るが、発してしまった質問は無かったことにはならない。
「初めまして。涼の姉です。涼には下着の付け方やフィッティングを覚えてもらいました。私のために。」
姉が答えた。後は女同士という事で、僕は黙っていようと思う。
「まあ! …ああ、腕を怪我をしているから。………私もお願いしようかしら?」
加乃さんの母は姉の骨折を見て納得したが、その後にとんでもないことを言った。妙にテンションの高い人である。
「ちょっと! お母さん、やめてよ。店員さんにやってもらえばいいでしょ!」
加乃さんが母親に突っ込みを入れた。当然、僕も加乃さんに同意である。冗談ですよねお母さん?
いつの間にか、志乃が僕に近づいていて、シャツをつまんで引っ張っていた。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、
「一緒に見て回ろう!」
この店の商品を見て回るの? 僕と志乃が?
「ええと、志乃にはまだ早いと思うのだけど…。」
「掘り出し物があるかもしれない。子供用も売っているかも?」
下着の掘り出し物ってなんだ? まあ、子供用の下着はあるかもしれない。それにしても、志乃はときどき子供らしくない言葉を使う。掘り出し物とか、姉の加乃さんの影響だろうか?
「まあ、子供用のパンツなら売っているかもしれないけど…。」
僕と志乃がおかしなやり取りをしている間に、姉たちの方では何か会話が進んでいたようである。
「涼、しばらく志乃ちゃんの相手をしていて。」
どうやら、加乃さんとお母さんはフィッティングを習いながら下着を選ぶことになったようである。その間、志乃が退屈しないように相手をしろという事のようだ。
「まあ、お願いしていいのかしら?」
「任せてください。大丈夫です。うちの涼は安全安心です。」
姉が太鼓判を押している。どうやら、志乃と下着を見て回らなければならないらしい。加乃さんは一見無表情だがかすかに笑みを浮かべていいる。志乃と下着を見て回ることになる僕を面白がっているようだ。
「行こう。涼。」
「志乃、呼び捨てはダメ。涼さんとか涼お兄ちゃんと呼びなさい。」
「いや、照れくさいので呼び捨てでいいですよ。」
加乃さんが志乃を注意したが、僕は断った。「涼お兄ちゃん」なんて、恥ずかしいのでやめてほしい。
諦めて志乃と店を見て回り始める。志乃とかかわると、何故かおかしなシチュエーションに陥ってしまう。これで3回目だろうか?
志乃が足を止めた。
「こういうのがほしい。」
サイドが紐になっているパンツである。紐パンである。
「…何故これがいいの?」
「かわいい。ちょう結びがしたい。」
なるほど…。蝶結びは分かる。きっと最近覚えたのだろう。しかし、これが可愛い? とてもセクシーな下着である。レースが可愛いのだろうか? 僕がおかしいの? エロいと感じる僕がおかしいのか?
「キャラクターがプリントされてる方が可愛くない? 蝶結びは靴とかでよくない?」
「レース模様がかわいい。 キャラクターは子供っぽいからダメだ。」
志乃さん、あなたは子供ですよ? ウサギとか、クマとかでいいじゃないか。無難なのが一番ですよ。
「でも、こういうのは大人用しかないから…。」
「でも、姉さんは一つ持っているぞ。私も欲しい。」
とんでもない爆弾が投下された。加乃さん、紐パン持ってるのか…。いや、案外、皆、普通に持っているのかもしれない。だけど加乃さんだしなぁ。風呂上りに那由他の舞なんて踊るような人だし…。うむ。案外メリットがあるのかもしれない。
………ちょっと太っても履けるとか? ……………。
危険だ。これ以上考えてはいけない。
僕が無の境地になり、天を仰いで目を閉じている間に志乃はさらに何かを見つけたようである。
「涼、これなら私にも履けると思う!」
志乃が指さしたのはやたらと布面積の狭い下着だった。だめだ、それはエロ過ぎる。大人が履いたらふんどしみたいになるのではないだろうか? 後ろはお尻に食い込みそうな気がするのだが? 前面の三角がとても狭い。幼女が履くような代物では断じてない。阻止せねば。
「でも、紐が長すぎて余ると思うよ?」
「余ったひもは切ればいい! ああっ、ダメだ。これは高かった!」
「うわっ、高っ!」
高級品であった。布面積は狭いのに…。まあ、確かに繊細なレースではあると思うが…。諦めてくれて良かった。高級品
「志乃。やっぱり子供用の下着売り場を探そう。紐は無いと思うけど、リボンが付いたのとかがあるかもしれないよ?」
「おおっ! リボン! いいかもしれない。行こう。」
何とか、少し安全なエリアへ移動できそうである。現在地はおそらくセクシー下着売り場である。撤退以外の選択肢は無い。
ありがたいことに、子供用のコーナーがあった。リボンのついたものもある。これで一安心である。
「涼、選んで。」
安心するのはまだ早かったようである。女の子の下着を選ぶ日が来ようとは…。幼女だけど…。そういえば、姉の服、ワンピースやスカート、パンツ(ズボンの方)を選ばされたことはあったけれど、下着を買うのに付き合ったことは無かった。
安いものだとワゴンセールの五百円、高いもので二、三千円のものがある。さすがにワゴンから下着をあさる気にはなれない。100㎝とか書いてあるのは身長だろうか。
「これなんかどうだろう?」
千五百円。まあまあの値段である。下着売り場、しかも女児用のコーナーなんて初めてしっかりと見たが、女の子用にもボクサーパンツみたいな形のものがあることを知ることになった。
可愛い下着、あくまでも志乃の目線で考えてだが、ボクサーパンツではないだろうという事で、おへその部分? 正面中央上部にピンク色のリボンが着ている、三角形に近い形の下着を選んだ。
「試着されますか?」
「えっ?」
「おおっ! 試着します。」
いつの間にか僕たちの背後に店員さんが接近していた。姉たちを接客している人とは別の店員さんである。
志乃、試着するの? できる事なら、僕は今試着室には近づきたくないのだが。
店員さんは僕が選んだ下着を持って歩き出す。志乃が着いて行く。
姉たちがいる試着室へ近づくのがためらわれて立ち尽くす僕。
満面の笑みで振り向いた店員さん。
「一人でそこにいるおつもりですか?」
僕はいつの間にか抜け出せない罠にはまってしまったようです。誰か、助けてください。
試着室の前で姉と加乃さんが楽し気に会話している。姉は僕たちに気が付いてニヤリと笑った。加乃さんは無表情? かすかに微笑んでいる程度。姉の笑顔が怖い。
「涼に可愛いのを選んでもらった。」
「あら、いいわね。ピンクのリボンが可愛いわ。」
姉がリボンを褒めたので、志乃はご満悦である。
「私もそう思う。履いてみる。」
志乃が試着室へ入った。隣の試着室には二人の母が入っているようである。母と店員さんの声が聞こえてくる。会話の内容を聞かないように意識をそらすが、どうしても会話の内容が頭に入ってきてしまう。さっき教わった内容だからかもしれない。表情を無にする。
「私は、今度一人で買いに来た時に教わることにしたの。」
目が合ったら、加乃さんが説明してきた。まあ、今日は僕がいるしね。試着室はカーテン一枚を隔てただけなので、下着姿になるのは抵抗があるのだろう。それに、僕がいるのに下着を買うのも嫌だろう。
シャッ、と音がしてカーテンが開いた。志乃が万歳をして立っている。右手にはスカート、左手にはパンツを持って。下着姿に抵抗がない
「どうだ? 似合うか?」
フリーズしてしまった僕を姉が急かした。
「ほら、涼。」
「ああ、いいんじゃないかな? 似合うと思うよ。」
「
「似合っているけど、志乃、下着姿で出てきてはダメよ。」
「でも、スカートを履いたら見せられないじゃないか。」
「下着姿は人に見せるものではないのよ。」
「涼でもか?」
「涼でもよ!」
加乃さんが志乃に注意する。加乃さん、勢いで僕を呼び捨てにしていますよ。
「志乃ちゃんくらいの歳ならいいんじゃない? 涼はロリコンじゃないし大丈夫よ。」
姉が訳の分からないことを言っている。ロリコンでなければいいなんてことは無い。弟に背中を洗わせるような人のいう事に説得力などないのだ。
「僕なら大丈夫というのはどうかな? 僕も含めて男の人に下着姿を見せるのはやめた方がいいと思うよ。」
一応、注意しておいた。
「わかった。」
志乃はそう言うとカーテンを閉めた。よかった。カーテンを閉めずに着替え始めるのではないかと、ちょっとだけ心配してしまった。
着替えが終わり、志乃が出て来た。
「涼。あなたが選んであげたんだから、プレゼントに買ってあげなさい。」
「そんな、大丈夫です。私が買うので。」
チッチッチッと姉が人差し指を振る。
「涼、あなた女の子にプレゼントを買ってあげたこと無いでしょ。この際だから買ってあげなさいよ。練習よ、練習。」
「何を言っているの、姉さん。あるよ。ホワイトデーに義理チョコのお返しとか。だいたい、練習って何だよ、練習って。」
「そんなの回数に入らないわよ。デートのときにプレゼントを買ったり、後、誕生日やクリスマス。」
「…ないよ。だいたい、デートしたことが無いよ。姉さん、知っていて言っているでしょ!」
加乃さんが、えっ、と驚いて僕を見ている。まだ高校1年生なのだから、普通だと思うのだが?
「加乃ちゃん。初めての女性へのプレゼントがパンツ。しかも相手は幼女。どうよ?」
「………いいと思います。」
加乃さんは答えた後、横を向いて震えている。
笑ってますよね、加乃さん。
「姉さん。それはちょっと…。」
僕は何とか拒否しようと抵抗しようとしたが。
「涼、初めてプレゼントか? 私も男の人からプレゼントもらうの初めてだ。いいなそれ。」
くっ。志乃が喜んでいる。ちょっと、拒否しづらい。
「志乃ちゃん。いいわね。さすがの私も男の人から下着をプレゼントされたことは無いわ。」
姉が言った。数珠つなぎに、
「私もありません。」
と、加乃さん。
「私もですよ。」
と、志乃に試着を勧めた店員さん。
「私もよ~。」
隣の試着室から二人のお母さんが顔だけ出して行った。肩とブラの紐が見えてます。お母さん服を着てください。
「おおっ! みんな無いのか。私だけか? すごいぞ!」
ダメだ。これは買わざるをえない。将来、「初めて女性にプレゼントをしたのは何か?」などという話題が出ないことを祈ろう。
「分かりました。店員さん、お願いします。」
「プレゼント用に包みますか? 」
「お願いします。」
「包装代が100円のものと300円のものがありますが?」
「300円でお願いします。」
やけくそである。
お母さんと店員さんが試着室から出て来た。
「私は、彼氏ができたら必ず一度はプレゼントに下着を買ってもらいます。」
店員さんが宣言した。
「「「「「おおっ!」」」」」
志乃は尊敬のまなざしで店員さんを見上げていた。
精算してもらい、待っていると店員さんがラッピングされたパンツを持ってきた。かわいらしい箱でリボンをかけてある。店員さんは志乃ではなく僕にパンツを渡した。
「では、どうぞ志乃。僕からのプレゼントです。」
志乃にパンツを渡した。志乃は加乃さんに宣言した。
「ありがとう。大切に掃く。これは勝負パンツにする。これで私も勝負パンツを持ったぞ!」
……………紐パン。
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涼と志乃の後ろに来た店員さんは姉から指令を受けていたかもしれない。
志乃のしゃべり方はよつば〇の影響をうけています。おススメのマンガである。
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