第7話 下着と涼
姉に化粧品の専門店へと連れてこられた。化粧品はドラックストアやデパートで買うものだと思っていた。
姉に聞いたら、化粧品はここで買っているそうである。あと、メイクのテクニックもここで教わっているらしい。
姉が店員さんに話しかけた。
「この子を教育して、私のメイクができるようにしてほしいのだけど?」
なるほど、僕にメイクを習えということですね。
「あら、年下の彼氏? ずいぶん若いわね。」
「弟ですよ。しばらく右手が使えないから、いくつかスキルを覚えさせようと思って。」
値踏みするように僕の事を観察していた店員さんは、姉の言葉に微笑んだ。悪い微笑みである。ちょっと怖い。姉と同じ匂いを感じた。
「面白そうね。まかせて。」
「よろしくお願いします。」
勝手に話が進んでゆく。無駄とは思いつつ、逆らってみる。
「しばらくはすっぴんという訳にはいかないの?」
姉に尋ねたら、姉だけでなく店員さんにまでにらまれた。
「姉さんはすっぴんでもきれいだと思います。」
慌ててご機嫌をとったが姉にはスルーされた。
「さあ、始めるわよ。」
まず、店員さんが手本を見せてくれた。姉のメイクを落とすところから始まり、コツや留意点を説明をしながらメイクしていく。
再び説明付きでメイクを落として、今度は僕がメイクをしてゆく。
悔しいけれど、なんだか楽しい。わかってはいたが、僕はこの手の事が好きである。姉にそのように育てられたような気がしなくもないが…。
料理をしたり髪を編んだり、こつこつと細かい作業をして何かを完成させるようなことが好きなのである。
昼食時までメイクの練習をした。昼食を食べた後、ランジェリーショップへ連れて行かれた。デパートの下着売り場ではない、下着の専門店である。できることなら入りたくはない。デパートの女性用下着売り場の前は避けて通るお年頃である。
「僕は外で待っているよ。」
「何をバカなこと言っているの。一緒に入るわよ。何のために来たと思っているの?」
下着を買うためですよね? 僕が店に入る必要があるのですか? 化粧品の専門店で僕が付いてきた目的はおおよそ果たされたのでは? あとは荷物持ちですよね?
仕方なく姉について店内に入る。姉と一緒だし、どのような下着があるのか興味が無いと言ってはうそになる。ただ、今は入りたくない。全力で入りたくない。危険が危ないのだ。予感がするのだ。
姉は少し離れた店の奥の方にいる店員さんに手を挙げて挨拶すると、何着が下着を選んで僕に持たせてゆく。確かに荷物持ちのつもりで来たが、こんなはずでは…。この店に買い物かごは無いのですか? 僕は下着を手に持って姉の後をついていく。
姉は、奥の店員さんのもとへと近づき、話しかけた。
「美樹さん。この子にフィッティングを教えてほしいのだけど?」
「「えっ?」」
店員さんと僕の声が重なった。
「…姉さん、何言ってるの?」
「右手使えないでしょ。ちゃんと下着を着られなくて、もう我慢の限界なの!」
「なるほど。フィッティングできないと気持ち悪いでしょうね。」
店員さんが納得してしまった。これはマズイ。フィッティングがどのようなものなのか正確にはわからないが、おおよそ予想はつく。全力で拒否だ。そんなスキルはいらない。
嫌な予感はしていたのだ。いや、確信していたといってもいい。化粧品専門店でもいくつかのスキルを覚えさせると言っていたしね。他にも何か覚えさせる気なのだろうか? いや、待て、このスキルは覚えてはいけない! 何とか避けなくては。
「姉さん、腕が治るまではここにきてフィッティングしてもらえば?」
「何を言っているの。無理に決まっているじゃない。」
「何故?」
「寝る前はどうするのよ? ここまで来るわけにはいかないでしょ?」
「え? 眠るときって下着付けるの?」
「当たり前でしょ。寝るとき用の下着があるわよ。」
「知識として知っておくと将来役に立つかもしれませんよ。」
店員さんまで参戦してきた。
「女性でも、あまり下着に詳しくない人がいますから。下着の種類や付け方を知っているといいかもしれません。補正下着などは着るのを手伝ってもらえるとちょっと助かります。」
「という訳で頼むわね、涼。」
無駄だと分かってはいるのだが、一応あがいてみる。
「姉さん、さすがに胸に触るのはちょっと…。」
「何よ、私の胸には触りたくないというの?」
「いや、そうではなくて…、姉とはいえ年頃の女性の胸に触るのは抵抗があります。」
「姉弟でしょ。気にすることは無いでしょ?」
「そうですよ。別に揉むわけではありませんし、収納する感じですよ。大丈夫です。」
揉まないから大丈夫だとか、そう言う事ではないと思うのだが…。
2人の圧がすごい。抵抗は無駄のようだ。わかってはいたけど。
「わかりました。」
姉、店員さんと3人で試着室へ入る。フィッティングができるように広い試着室だが、3人だと少し狭かった。
メイクよりは簡単だと予想していたのだが、下着の種類が案外多かったので覚えなければいけないことは案外多かった。
なんとか店員さんの合格をもらうことができた。
「服を着るから先に出て待っていて。」
姉に言われて、店員さんと試着室を出た。
すぐそばにお客さんがいた。思考停止。知り合いに会うなんて…。
転校してきた同級生、幼女、そしておそらく二人の母。
同級生も僕を見て固まっている。
「おおっ! ここで会ったが百年目?」
幼女の意味不明のセリフが虚しい。
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いろいろアウトのような気もしますが、家族全員で一緒にふろに入る家もあるみたいなのでギリギリセーフということで。
おかしなシチュエーションのためなので我慢しましょう。
やっと涼と志乃がちゃんと出会いました。
3話の姉、何歳くらいに感じていたでしょう?
まさか高校生とはってならないですかね?
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