第4話 ソフトクリームと幼女
帰り道、道すがら幼女とアイスについて考えた。思い当たることが1つあった。
半年ほど前、高1の夏休み中の事である。
涼しい早朝のうちに家を出る。父のおさがりのロードバイクにまたがり少し遠くの道の駅を目指す。僕は父とは違いドМでは無いので、山を登ったりはせず、できるだけ平坦な道を走る。
計算通り、道の駅に着いたのは、ちょうど営業開始直後だった。
自動販売機でコーヒーを買い、2つの建物の間にある 屋根付きのテラス席で、自宅から持ってきた本を読む。近くを流れる川を眺めることのできるベストポジションである。
レストランが本格的に混む前に早めの昼食を食べて、川沿いの遊歩道を散歩する。かなり気温が高く暑い日だが、遊歩道は木陰になっていて案外涼しい。遊歩道の終点にある神社でお参りをして、道の駅へ引き返す。
道の駅まで戻ると、昼時も過ぎ午前中に座っていたテラス席も空いていた。午後は紅茶を飲みながらの読書にしようと、建物の中の売店へ向かう。
目的の紅茶を買いテラス席へ戻る途中、見たことのない商品があったので立ち止まる。近くにできたケーキ屋の商品を売り出したようである。シフォンケーキも売っていて購入するか迷う。
せっかくだから買うことにしようと決意したとき、後ろから何かがぶつかってきた。
「ふぎゃ!」
振り向くと、幼女が尻もちをついていた。横にソフトクリームが落ちている。尻もちをついたときに手から落としてしまったようである。まあ、落とす前に僕の右尻を直撃しているのだが…
「申し訳ありません。」
僕が声を掛けるより先に、幼女がソフトクリームを拾いながら謝った。なんだかソフトクリームに向かって謝罪しているようである。
「大丈夫? どこか痛くない?」
「はい。大丈夫です。」
しゃがむとお尻に着いたソフトクリームがふくらはぎに拡散しそうなので、僕を見上げる幼女に向かい、立膝になって話しかけた。怪我が無くて幸いである。
ナップサックからウェットティッシュを取り出す。
「手がべとべとだね。これで拭いて。あと、そのソフトクリームはもう食べられないよ。」
幼女の様子から嫌な予感がしたので、念のため付け足した。案の定。
「3秒ルール…」
「このフロアでは3秒ルールは適用されません。」
幼女はこの世の終わりのような表情である。「適用されない」で意味が通じたようである。
「3秒ルールが使えない?」
「3秒ルールは家のテーブルの上だけです。」
「知らなかった…。」
ウェットティッシュでお尻に着いたソフトクリームをふき取る。
「お尻にソフトクリームが突き刺さる日が来るとは…。」
「お兄さんは怪我してませんか?」
幼女に心配されてしまった。
「ソフトクリームで怪我はしないよ。」
「頭突きもしました。」
「お尻だから大丈夫。」
「ボヨンってなりました。」
ようやく笑顔になった。一安心である。
「そのソフトクリーム捨てないと。」
僕がそう言うと、幼女の表情が再び曇ってしまった。
「よし、もう一度買いに行こう。」
「もう、お金が無いです。」
「大丈夫。僕が持っているから。」
「いいのですか?」
「いいよ。あんまり悲しそうな顔をするから。」
「そういえば、おうちの人は?」
「お姉さまはトイレです。」
妙に丁寧なしゃべり方をする幼女である。お嬢様?
あたりを見回すが、姉らしき人は見当たらない。
「トイレが混んでいるのかな? …買いに行こうか?」
アイスクリームを売っているコーナーへ向かう。
「ソフトクリームでいい? ちなみにおススメのアイスもあるよ? あっ、でも大人向けの味かな…。」
「おススメがいいです!」
「ソフトクリームもおいしいよ?」
「おススメは逃してはいけないとお姉さまに教わりました!」
「口に合わないかもよ?」
「お母様もいるから大人の味でも大丈夫です。」
「わかった。僕のおススメを買おう。」
ピスタチオのアイスクリームを買った。幼女がレシートを欲しがったので渡す。
「ありがとう。アイスのお兄ちゃん。」
幼女は大切そうにアイスクリームの入ったカップを持って去っていった。結局、姉らしき人は見当たらなかった。
幼女がテラス席の方へと去っていったので、再会してしまいそうなので、僕は早めに家に帰ることにした。
道の駅で出会った幼女を、思い出した。口調が違うし、母や姉の呼び方も違ったいたので結びつかなかった。半年も前の事なのによく僕の事を覚えていたな。
トイレが混んでいて時間がかかってしまった。志乃を探してあたりを見回すと、ちょうど出口のあたりで立ち止まっていた。志乃はトイレとは反対側にある、建物の正面出口の方を向いていたが、すぐに外へと歩き出した。母の座っているテラス席の直前で志乃に追いついた。
「あれっ? アイスクリームにしたの? 何味?」
「何味かはわかりません。おススメのアイスです。」
志乃はそう言ってレシートを差し出した。んっ? レシートが2枚ある。
「何味なの? 色はグリーンだけど、抹茶では無さそうよね。色が薄いし。」
志乃に問いただす前に母が私に尋ねた。
「ピスタチオ。…400円。高っ!」
レシートを見て答える。値段に驚いてしまった。
「んっ。大人の味?」
アイスクリームを一口食べた志乃がおかしなことを言っている。再びレシートの事を尋ねようとしたらまたもや母に邪魔をされた。
「私にも一口ちょうだい?」
志乃が母へカップを差し出す。
「あっ。私も一口いい?」
慌てて私も頼む。志乃がうなずく。
「あら。おいしい!」
母は一口食べてそう言うと、アイスクリームを私へとまわした。
確かに美味しかった。
「なんでレシートが2枚あるの? こっちはソフトクリーム…」
やっと聞けた。
「ソフトクリームはお尻に刺さりました。」
「刺さった? え? どういうこと?」
「急に動いた人がいて、びっくりしてつまずいて………お兄さんの左のお尻に頭突きをしました。右のお尻にソフトクリームが突き刺さりました。ボヨンとなって、ソフトクリームを落としました。お兄さんがアイスを買ってくれました。」
要するに、ぶつかったお兄さんがやさしい人で、落としたソフトクリームの代わりにアイスクリームを買ってくれたのだろう。
「だいたいわかったわ。そのお兄さんまだいるかしら? お礼を言わないと…」
「お兄さんは帰りました。自転車で。」
「あら、残念。どんな方か会いたかったわ。」
母はのんきである。まあ、志乃もぶつかったのが変な人でなくて良かった。
いや、幼稚園に通っているような子供にピスタチオアイスを進めるなんて、ある意味変な人なのかもしれない。まあ、やさしい人で良かった。
「お姉さま、3秒ルールって家のテーブルだっけって知ってました?」
志乃。突然何を言ってるの? 落としたソフトクリーム、食べていないよね?
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涼は自分で意識していないけど美少年です。
記憶力の良い志乃は美少年の涼を覚えていました。
道の駅 のと千里浜で食べたピスタチオのアイスは美味しかった。
期間限定だったかもしれないので今は無いかもしれません。
千里浜なぎさドライブウェイは一度は走っておきたい道です。
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