第2話 プリンと幼女

 歩き始めて少したってからお互いに自己紹介をした。幼女の名前は「志乃しの」6歳。漢字も手のひらに書いて教えてくれた。かしこい。ひらがな、カタカナ、アルファベットをマスターしているそうだ。まだ漢字はほとんど覚えていないと悔しそうに言っているが、来年度から小学生。十分である。

 つい最近引っ越してきたそうである。


 僕の名前の涼も漢字でどう書くのかを知りたがった。向学心が旺盛である。手のひらに書いても分かりにくいと思い、財布から図書館のカードを出した。


「この字は知っている! ケイだ!」


 涼の右側、京を指して言った。続けて、


「一、十、百、千、万、億、兆、がいせい那由他なゆた!」


「すごい、よく知っているね。」


「たくさんがどれくらいか、あねさんに調べてもらった。貯金をする!」


 那由他まで貯めるつもりか? そんなに貯めて、何を買う? そもそも、地球上のお金をすべて集めてもそんな単位までたまらないのではないだろうか。いや、電子マネーなら可能性あり?

 あとあねさんて姉のことだよね?


「垓は10の20、正は10の40、那由他は10の60だよ?」


 10の20乗、40乗、60乗の事だろう。多分意味は理解していないと思うけど数字だけ暗記してしまったのだろう。


「よくわからないけど、すごいね。」


「10の60は丸が60個ある。那由他は長くなる。姉さんは2那由他の舞が踊れる。」


 指数を理解していた。那由他が長いというのは60個もゼロを書くと横に長くなるという事だろう。最後の舞は私には理解不能。


 2那由他の舞について解説してもらった。 

志乃が紙テープに1那由他を書き、1那由他分の長さを切り取り、手に持って走り回っていたらしい。そこへ姉が来て、紙テープを2本切り取り両手に持って「2那由他の舞!」と踊りだしたそうである。まあ、微笑ましい姉妹ではある。


「リョウ! こっち側はシだな。」


 志乃は、「涼」のサンズイを指して言った。そして、小首をかしげ、


「ん? しけい?」


「殺さないでください………。」


 シけい………死刑。せめた京はキョウと読んでください。お願いします。


「リョウだよ…うしろに「しい」と送り仮名をつけると涼しいと読むよ。」


「まだ涼しいな。早く4月にならないかな…。」




 ケーキ屋に着いた。ドラッグストアから50メートルほどしか離れていないのだけど、結構時間がかかってしまった。

 ずいぶんゆっくり歩いていたし、途中で立ち止まり、荷物(ナプキン)を持ち換えて手のひらに字を書いたりしていたためである。


「ちょっと、ケーキ屋さんに寄って行っていいかな? ねえさんにプリンを頼まれているんだ。」


「プ、プリン! の、望むところだ!」


 「とりたま」は住宅街にあるケーキ屋であが、結構な人気店で10台くらい車が止められる駐車場がある。今も、6代の車が止まっている。平日の昼間だがそれなりに混んでいる。


 駐車場の横を通り過ぎ、店の中へ入る。少し順番を待たなければならないくらいには混んでいた。プリンを確認。十分にある。たまに売り切れていることがあるのだ。


「志乃は二人姉妹? 他に兄弟はいるの?」


「いない。二人。ははさまと3人暮らし。」


 これは…、二人分でいいと思ったのだが、3つ買うべきか? プリンは1個300円である。買ってあげるには3個は高いかもしれない。まあいいか。


「じゃあ、3個かな? お母さんの分もあった方がいいよね? プリンでいい?」


「お!!! 買ってくれるのか? プリンもお高いぞ?」


「大丈夫。僕の家の分は姉のお金で買うから。ここのプリンはおススメだよ。あと、他のケーキもおいしいよ。」


「おおっ! おすすめか! いい所に越してきたな。すぐにケーキが買える。」


 ケーキを選んでいた恋人同士に見える大学生らしき二人が会計を済ませて店から出ていった。まだ2組先客がいるのでしばらくかかりそうである。僕らのすぐ後にも若い女性が1人入ってきていた。店内に男性が僕1人になってしまった。


「そういえば、志乃はおつかい? お姉さんは?」


あねさんは生理で風邪ひいた。寝ている。」


「えっ?………あぁ、具合が悪いのか…。」


「うん。生理のせいで風邪をひいたと言っていた。」


 志乃が言わなくていいことまで言っている。しかも繰り返した。風邪だけでいいのに…。あと、ちょっと意味が分からない。


「生理が原因で風邪をひいたりしないと思うよ? 生理で具合が悪いだけで、風邪じゃないんじゃない?」


「熱が出たから風邪だとははさまが言った。あと、ははさまは風呂上りにパンツ一丁で変な踊りを踊ってるから風邪をひいたんだと言ったけど、あねさんは、これは生理からくる風邪だと言っていた。」


「それは…、お母さんの言う事が正しいと思うよ?」


 なぜ姉を信じた? 姉は風呂上りにパンツ一丁で那由他の舞を舞うような人だぞ。それに、生理からくる風邪ってなんだ? いや、免疫力が落ちてる?


あねさんは頼りになる。いつも、なんでも調べてくれる。」


「いいお姉さんだね。」


「私も早く大人になりたい。」


 お姉さんも子供だろうに…。


「まだ、だいぶ先だね。」


 チラリと僕の持つナプキンを見ると、志乃は爆弾発言をしてくれた。いや、すでにしている?


「涼は生理なのか? 具合は悪くないのか?」


 んんんっ? 何をおっしゃる? パニックである。僕の事、女の子だと思ってる?


「………僕は生理にはならないよ?」


「じゃあ、まだ子供だな。同じだ。」


 大人になる=生理が来る。という事ですね。いや、そこではない!


「………僕は男だから生理は来ないよ。生理は女の人だけだよ。」


「そうなのか! 知らなかった。家は女だけだから気が付かなかった…。」


「あと、外では生理の話題はあまりしない方がいい。」


 手おくれである。


「わかった。」


 志乃は神妙な顔でうなづいた。それなりにショックだったようで、「そうかー、盲点だったー。」などと小さな声でつぶやいている。


「ところで、志乃はなぜ早く大人になりたいの。」


「生理が来たら大人になったお祝いをするとははさまが言っていた。お祝いでケーキが食べられる。」


「誕生日やクリスマスがあるじゃない?」


「多いに越したことは無い。」


「大人のような言い回しだね。普段はケーキ食べないの? あと、生理が来ても子供のままだよ。」


ははさまがまたうそを…だまされたか? ケーキは無しか?」


「そんなことないよ。「生理が来たら大人になる。」は、少し大人になる? 大人に近づくという意味だよ。きっとお祝いでケーキも食べられるよ。」


「そうか! なら、少しでも早く生理が来るようにがんばる。」


「健闘を祈る。」


 一応応援しておいた。


「普段はケーキを食べない。たまにプリンを食べる。ケーキは、あねさんがカバディが高いからダメだという。太るから。」


 カバディが高いってなんだ? 声? ヘリウムガスを吸ってカバディをしている人達を想像してしまった。志乃の記憶違いだと思うが、姉から間違って伝わった可能性も否定できない。


「カバディじゃなくてカロリーだね。」


「じゃあ、カバディは?」


「カバディはスポーツだね。インドの国技。」


「あぁ、あれか! あねさんとやった。マナティって言いながら追いかけて来た!」


 マナティに追われるのは御免こうむる。それだとカバディではなくマナティだ。いや、マナティはスポーツではない。動物だ。


「それ、カバディなの?」


「姉さんに動画見せてもらった。私はプリンにした!」


 プリンて連呼しながら追いかけたの? 何か、姉にプリン食べられて怒ってるみたいになってますよ?


 ちょうど順番が来て、プリンを購入。2個入りと3個入りに分けてもらう。

 店を出たところで、志乃に3個入りの方を渡す。右手にプリン、左手にナプキンを持って嬉しそうに僕の前を歩いている。両手が塞がるのは良くないと気が付き、どちらかを持つと言ったら、ナプキンを渡された。ナプキン2つ。プリンも2つ。


「ここが家!」


 志乃の家に着いたのでナプキンを渡す。


「じゃあ。」


「バイバイ!」


 ナプキンを持ったまま手を振る志乃に、ナプキンを持った手を振り返して家へと歩き出した。後ろから、


「プリンありがとう。あと、アイスも!」


「ん?」


 慌てて振り向いたが、志乃は家の中へ入ってしまった。


 アイスって何?


____________________

涼は突っ込みどころ満載な気がする。

分かっていてやっているのかもしれません。

この小説は細かいことは気にせずシチュエーションを想像して楽しむ小説です。

下手な文章やぶれるキャラクターは想像力で補いましょう。

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