——天狗図鑑


 天狗図鑑を開いていた。

 おっきくて硬い紙に鮮明に印刷されている。

 めくるたび、べラリ、べラリと大仰に音をならす。

 色んな天狗が載っている。


 赤くて強い大天狗。いろんな色の小さい小天狗たち。嘴のある鴉天狗。木の葉天狗。女天狗。尼天狗。飛天狗。境天狗。狗賓。


「これだが、これこれ」


 と白くなった皺だらけの長い指がにゅっと伸びてきて、わたしが開けたばかりのページを指さした。


「鞍馬天狗、ですか。なるほど、鞍馬ですからね」

「違う、その下だが」


 天狗はデカデカと描かれた鞍馬天狗の下に小さく描かれたいくらかのうちの一つを、丸い爪で几帳面に叩いた。


「……白蛇天狗。ですか」

「だが」

「不勉強ながら、初めて聞く名前。こう言っちゃなんですが、……あまり位は高そうにないですね」

「だが。しょうがない。生まれついてそうなんだ」

「カースト制度みたいなものでしょうか」

「だが」

「ありがたそうですけどね、白い蛇って」

「蛇は南に行けば行くほど、あるいは西とか、そっちだといい待遇だ。でも、ここな都の中でも北にあるだがな。鞍馬さんの下で働いてるだが」

「なるほど」


 鞍馬天狗というのは、あの牛若丸、源義経に剣術を教えたとされる、大柄で顔の怖い天狗である。一見すると悪党の如き修行僧と思えるが、ちかづいて見ると鼻が伸びている。数ヶ月前、仕事に出て行くところの彼をチラと見たことがある。怖かった。



 わたしは図鑑を適当に見ていた。見ていると案外おもしろい。図鑑には全国の天狗の詳細や、それに近しい存在、それらが絵と説明文、そして小さくそれぞれにかかる電話番号が書いてあった。


 せんべいを噛みながらお茶を飲む。お湯のようなお茶である。


「それじゃ、東京とか、東北の方では、蛇は有り難がられないんですか?」

「その土地にも南はあるだが」

「なるほど」


 わたしはまた図鑑に戻った。


 襖の奥からタイマーの音が聞こえた。わたしがそちらの様子を見に立ち上がると同時に二十センチくらいの黒い小小天狗が襖を開けてわたしを呼びに来た。


「うん。わかってるよ」


 わたしは小小天狗を腕に乗せて彼女を見に行った。

 そこは勉強部屋として使っているけれど、シャオイェンは机に座ったまま、か細い背中をこちらにむけていた。


「どこまで解けた?」

「ぜんぶ」

「おお。採点するね」


 彼女は学校に行かない代わりにここへ通い、今日は模試テストをわたしが監督で行うことにした。小小天狗は飴を持ってきた。シャオイェンは「いらない」と言って返した。


「いい出来ね」


 くるくると丸をつけて行く。感情があまり表情に出てこない彼女であるが、机に乗せた白くて折れそうな腕、いつもなら脱力しきって倒れるが今回はちゃんと立っていて、それなりに楽しんだのかなと揺れる拳を見ていた。

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