二人の距離

どうしてこんなことになってしまったのだろう…

僕は日曜の朝から駅の前でそう思っていた。

「お待たせ。透くん」

「ああ、おはよう瑠衣。」

僕を今この不安な気持ちにした張本人が集合時間ぴったりに到着した。

あの大胆な発言の後、瑠衣はそんなに信じられないなら写真撮ってきてあげるよ。と言って太田と約束をしていた。僕もあの後いろいろな人に問い詰められて大変だったが、たまたまだよとか成り行きで。とか言ってごまかした。

「瑠衣のせいで金曜は散々な目にあったんだけど…」

「ごめんごめん、私言い出したら止まらなくなるタイプでさー」

性格からしてそんなことになると思っていたがあんなに大胆な発言をするとは本人も思っていなかったらしい。本当に口から出まかせだ。

「だからってあそこまで言わなくても…」

いくらなんでもあれは言い過ぎだと思う。

まるで僕のことを他人から遠ざけようとしているような言い方だった。

「まぁまぁ、細かい話は置いといて、せっかく来たんだし今日は楽しもうよ!」

「自分で言い出しといてそれ言うのかよ…」

ここまで来るとなんというか何を考えているのか分からなくなってくるな…

「それで今日どこ行くの、僕何も知らないんだけど。」

「まぁまぁ、着いてくればわかるから!」

そう言って彼女は僕の手を引いて電車に乗り出した。

着くとそこはこの近くでも有名な遊園地だった。

「ここって、有名な遊園地なんだけど…?」

「そうだよ!引っ越して来る前に周辺のこと調べてて気になってたんだー!」

そうだった。昨日の発言で忘れていたが瑠衣は転校生だった。

チケットを買い、園内に入ると瑠衣は僕の手を引いて走り出した。

「なにからのろっか!」

「僕はなんでもいいけど…」

「そーゆー他人任せなのダメだよ?女子から嫌われるよ!」

別に好かれたいとも思ってないのだが…

「瑠衣は絶叫系とか得意なの?無難にジェットコースターにしようと思うんだけど」

「大丈夫だよ!いいね!ジェットコースター!じゃあ行こ!」

そう言って瑠衣は僕の手を引き、再び走り出した。

休日とはいえ遊園地の中は混んでいて、乗る間に30分近くかかった。

ジェットコースターに乗ると瑠衣は楽しみだねーと元気に語っていたのだが乗った後の顔はとても平気な顔には見えなかった。

「なんでジェットコースター無理なのに平気な振りしたんだよ…」

「だって、この年でジェットコースター乗れないとかなんか悔しいじゃん。」

何というか、負けず嫌いが過ぎるというか…太田の時もそうだったが…

「だからってそんな無理しなくてもさぁ…飲み物でも飲む?何か買ってくるよ。」

「いいの?透くん優しいね。モてるんじゃない?」

「まだ冗談が言える元気があるなら僕の分だけでいいかな?」

「ごめんなさい…お願いします。」

そんなやり取りをしながら僕は飲み物を買いにいった。

戻ってくると瑠衣はベンチで横になっていた。

「本当に大丈夫?辛いなら無理しないで帰るって選択肢もあるよ。」

飲み物を渡しながら言うと瑠衣は飛び起きて、飲み物をとるよりも先に僕の手をつかみ、

「それはだめ!」

といった。

「そ、そんなにムキにならなくても…」

「あ、ご、ごめん!」

瑠衣は慌てて手を放し、飲み物を口の中に流し込んでいる。

変な空気が流れている気がした。どうするんだこの空気…

と思っていると瑠衣が口を開いた。

「次は、なにのろっか!何か乗りたいものある?」

「うーん、瑠衣が酔わないものにしようか。ゴーカートとかは?」

「なにそれ!気になる!」

「え?ゴーカート知らないの?」

知らない人がいるとは…素直に驚いてしまった。

「ゴーカートっていうのは遊園地とかである車の乗り物だよ。」

「へー!今まで遊園地行ったことあんまりなかったから知らなかった。乗ってみたい!」

瑠衣は目を輝かせながら早くいきたいと足踏みをしている。

「じゃあ行こうか。あっちだよ。」

「うん!」

ゴーカートはあまり乗る人がいないからかガラガラだった。

瑠衣が運転をしたいと言っていたので運転を瑠衣にさせることにしたのだが…

結論から言うと酷かった。下手というよりかはもはや才能だろうと思えるほどに

瑠衣は運転ができなかった。縁石には何回ぶつかったのかわからなかった。

「まさか瑠衣がここまで運転が下手だったなんて…」

「し、仕方ないでしょ!初めてだったんだから!」

瑠衣は頬を膨らませている。死ぬかと思ったのはこっちなのだが…

「そういえば今何時?お腹すいた!」

今、怒ってたとは思えない切り替えの早さだった。

「もう15時だね。やっぱり遊園地にいると時間がたつのが早いね。」

「え!?もうそんな時間なの!?道理でおなかすくわけだね。」

「ここの遊園地、閉園が19時で他の所よりちょっとだけ早いんだよ。今食べたら夜ご飯いらなくなっちゃうかもだけど大丈夫?」

「そうなんだ!私は大丈夫だよ!私、ホットドッグ食べたい!」

「遊園地と言ったらって感じだね。僕も賛成かな。」

こうして会話をしていると本当に彼女の景色が灰色だなんて忘れてしまうときがある。

「ホットドックどれにしようかなー透くんは?」

そんなことを考えていると瑠衣が聞いてきた。

「僕は、これにしようかな。チーズ好きだし。」

「チーズ好きなんだ!じゃあ私も同じのにしよっと!」

「わざわざ同じの選ばなくても…」

「何か文句ある?」

「いいえ…ありません。」

「よろしい。すいませーん。これ2つください!」

違うもの食べればいいのに…と思いながら瑠衣からホットドッグを受け取った。

「1000円になります」

という店員さんの声が聞こえたので僕はすぐに財布から千円札を取り出して渡した。

「え、そんないいよ!」

瑠衣が財布からお金を出そうとするが僕は受け取らずホットドッグを食べ始めた。

「女の子に払ってもらうほど僕、落ちぶれてないよ。」

「透くんって変なところでやさしいよね…」

そう言うと瑠衣もホットドッグを食べ始めた。

「これが優しいに入るなら驚きなんだけど…」

ただ、女の子にお金は払わせるというのは男性として違うと思っただけなのなが…

「ありがとうね?」

口をもぐもぐさせながら瑠衣が言う。

「普通のことをしただけだよ。」

「それでも優しいよ。そんなことできる人私はあんまりいないと思うな?」

そう言われるとなんだか恥ずかしくなる。

「わ、分かったからこの話終わりにしよう。」

「透くん照れてるの?」

瑠衣が小さく微笑んでからかってくる。

「照れてないから!ほら、こうしてる間に時間無くなるから、早く食べよう。」

「はーい」

瑠衣が終始こっちを見ながら食べているのが気になったが、話しながら食べるのはあっという間であと一時間で閉館時間になってしまうところだった。

「うわ、ほんとに早いね。私最後に観覧車乗りたい!」

「観覧車か、いいね。瑠衣は高い所平気?」

「平気だよ!透くんは?」

「少し苦手だけど観覧車なら大丈夫だよ。」

「分かった!無理だったらすぐに言ってね!」

そんな会話をしながら僕たちは観覧車に向かった。

観覧車の列も比較的に空いており早く乗ることができた。

「観覧車の中って意外と狭いようで広いよねー」

瑠衣がそんなことをつぶやいた。

「確かにそうだね。実際に乗ってみると意外と広いよね。」

「だよねー。私最初乗った時びっくりしちゃったもん。透くんはびっくりしなかった?」

「僕はそんなにかな。こんなものなんだって思ったよ。」

「透くんってホント冷めてるよねー。今日連れてきたのに楽しくなさそうなんだもん。」

今連れてきたって自覚してたなこいつ…と思いながら悲しそうな顔をしている瑠衣に言う。

「もともとこういう性格なんだよ。それに今日は楽しかったよ?」

「ほんと!?」

僕の口から楽しかった。という言葉が出るのがそんなに意外だったのか瑠衣は目を輝かせながら一気に近づいて聞いてきた。

「ほ、ほんとだよ。そもそも…来る気がなかったら今日ここに来てないし。」

相変わらず近い…

「そっかぁよかった!ほんとに楽しんでるか私心配だったんだ。誰かさん冷たいし?」

冷たくて悪かったな…

「もう少し明るくふるまえるように努力するよ。」

「うんうん。それでいいんだよ。」

「そういえば、ふと思ったけどなんで僕なんだ?」

「え?」

瑠衣はとぼけたような声で答える。

「いや、秘密は僕しか知らないのはわかるけど遊園地とかなら他の人でも誘えただろ。」

まぁ太田にあそこまで言われたらこうなることは分かっていたがここまで僕に固執しなくてもいいだろう。瑠衣だって女の子で普通に友達はいるだろうし…そんなことを考えていたら瑠衣が口を開いた。

「透くんって結構抜けてるよね。」

「え、いきなり何」

「ちょっとそれはどうなのってくらい抜けてる。」

「ええ…」

自分ではわからないが僕はそんなに抜けているのだろうか。分からない。

「その抜けてるのどうにかしないと彼女できないよ?今は私が彼女だけど。」

瑠衣が笑いながらそんなことを言った時には観覧車はもう終盤に差し掛かっていた。

「そんなこと言われても、僕は彼女を作る気なんてないから。」

「それって私が彼女のままでいいってことですかー?」

からかうように瑠衣が聞いてくる。そんなことを言われるとどう答えればいいのかわからず口をつむってしまう。

「そ、それは…」

「それは何ですかー?」

どう答えようか悩んでいると、観覧車が降車口についた。

「は、早く出よう!」

つい、焦っているみたいに早口になって観覧車から出る。

「あ、待ってよ!」

瑠衣も後ろから追ってくる。

観覧車から降りるともう日はすっかりと落ちて辺りは暗くなってきていた。

「もう外こんなに暗いんだね。びっくり。」

瑠衣もあたりを見て言う。

「瑠衣、夜は目はどうなの?大丈夫?」

「あー、夜はね、真っ暗ではないけどうっすら見えるよ?大丈夫。」

果たしてそれは大丈夫というのだろうか…

「ならいいけど、危なくなったら言いなよ?」

「はーい!ありがとう透くん!」

瑠衣の目の話をしているうちに閉館のアナウンスがなった。

「そろそろ閉館だね。最後に何かしたいこととかある?お土産買うとか。」

「お土産はいいかな。あ!私写真撮りたい!」

「写真?」

「透くんとの写真!見せるって約束したから!」

そういえばそんな約束をしていた気がする…

「分かった。どこで撮ろうか?」

「んー、あそこは?みんなあそこで写真撮ってるみたいだよ!」

瑠衣が指をさした場所は観覧車を背にして撮れる写真スポットだった。

「いこ!」

瑠衣に手を引かれながら写真スポットに向かう。

「すいません。写真お願いします。」

周りにいる人に撮影をお願いして、瑠衣が隣に並ぶ。

「何かポーズとかした方がいいのかな?カップルぽいやつ」

「なんでもいいんじゃない?僕はピースにするよ?」

「分かった!」

と言う瑠衣の横顔を見てとてつもなく嫌な予感がした。

撮りますよーという掛け声が聞こえてきたのでピースをして構えた。

シャッター音が鳴ると同時に自分の頬に何かが触れる感触があった。

何が起こったのかわからなかった。周りの人が呆気にとられたような顔をしてこちらを見ている。

「透くん隙ありすぎでしょ。」

という笑っているような、煽っているような声が隣から聞こえた。

「瑠衣!お前っ…」

煽られたことよりも恥ずかしさが勝ってしまって言葉が出なかった。

ふつうやるなら観覧車の中などが定番であろうにこいつは…

瑠衣が携帯を撮影してもらった人から受け取り、戻ってくると何を話せばいいかわからなくなってしまった。

夏と秋の間の生暖かい風が吹いている中2人で駅に向かって歩く。

この状況で何を言おうと思っていると瑠衣が口を開いた。

「さっきの…びっくりした?」

「当たり前だろ…あんなのされたら誰だって。」

「の、ノリでつい…怒ってる?」

「怒ってないけど…もう少しムードとかなかったの?」

「夢中だったから。」

少し頬を赤らませながらそんなことを言う瑠衣に少しドキッとしてしまった。

「そ、そんな真面目に言わなくても…」

「そ、そうだよね!ごめん!」

二人して変な口調になってしまった。

話している間に駅に着き、2人で駅のホームに向かう。

「家まで送るよ。危険だし。」

「え、駅までで大丈夫だよ?家駅のすぐ近くだから。」

「でも階段とか大丈夫?」

「大丈夫だよ。心配しないで?」

「いやでも…」

「本当に大丈夫だから、ね?」

「分かった。」

瑠衣がここまで強く言うのは珍しいと思いながらも頷くことにした。

電車が来て乗っている間も瑠衣の顔を見ると、写真のことを思い出してしまいぎこちないしゃべり方になってしまっていた。

「あ、私駅ここなんだ。」

瑠衣が駅が書いてある看板を指さす。

「透くん!今日は楽しかったよ!付き合ってくれてありがとう!また行こうね!」

「うん。こちらこそありがとう。僕も楽しかった。」

電車のドアが閉まり、発車し、見えなくなるまで瑠衣はこちらに手を振っていた。

なぜだかその姿が僕には少しだけ悲しそうな、寂しそうに見えた。


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