秘密
あの後、日比野はここじゃ話ずらいからと言って近くの公園まで僕の腕を引っ張って連れてきた。ベンチに座り日比野はたっぷり数十秒、時間を取ってから口を開いた。
「西野くん。あのね…さっきのことなんだけど、私は自分の見える景色が全部灰色に見えるの。」
彼女が言っていることをとても噓だとは思えなかった。ただ、今日あんなに教室で笑っていた子からでた言葉とはとても思えなくて、状況を整理するために時間がかかった。
「えっと…つまり日比野には今、俺の顔も灰色に見えているってことか?」
「うん。西野君の顔もあのブランコも全部ね。信じられないと思うけど本当なんだよ?」
信じられないけど、信じないと話が進まなさそうだった。
「わかった。信じるよ。でも…あんな目に何回あっているのか?」
さっきのような信号での出来事が何回も起きているとしたら危なすぎる。
「あ、あれは!たまたまだよ!?あんな事そんなになかったから!」
「そんなに?ってことは過去に何回かあったの?」
「あ…」
日比野はしまったというような顔をしていたがもう遅い。
「何回あったんだ?」
「さ、三回くらいだよ、あはは…」
日比野は手で顔を隠しながら答えた。
「三回って笑い事じゃないだろ!」
あんなことが三回もあったらと思うとぞっとして鳥肌が止まらなくなってしまう。
「あはは…生まれた時からこんな感じだったんじゃないよ?幼稚園生くらいまではちゃんと景色見えてたもん!」
日比野が頬を膨らませながらこっちに顔を突き出してくる。近い…
「わ、分かったから、近いって!」
日比野の迫ってくる顔を押し返し、自分の頬が熱くなっているのを感じた。
「なーに?照れてるの?」
日比野が茶化すように聞いてきた。
「照れてないし!」
重い話をして空気が暗くならないようにという日比野なりの配慮なのだろう。
「話を戻すとね、幼稚園生の頃は見えてたんだけど、小学生の時からだんだん見えなくなっていったの。」
「ある日突然?」
「多分小学生の時の事故が原因だと思う。交通事故でね頭打っちゃったんだって。お母さんが言ってた。」
「そうだったのか…」
事故で後遺症が残るというケースは珍しくないと聞く。記憶喪失になってしまったり、視界がぼやけるようになってしまったりすることがあるようだ。
「お医者さんにも治る確率は少ないだろうって言われてね?目の中の病気だし…だから私、常に人の隣にいないといけないんだー。」
「なるほど。確かに人の近くにいればあんなことにはならないもんな。」
さっきのようなことを防ぐには事情を知っている誰かが日比野の隣にいなければ止めようがない。
「そこでさー西野くん。」
僕はこの呼びかけに対して途轍もなく嫌な予感がした。
「な、何?」
そして次に日比野から出た言葉に俺は絶句した。
「一緒にいて私の彼氏のふりをしてくれないかな?」
「は…?」
危険だから一緒にいてほしい。までは分かる。だが、おまけのようについてきた後の条件がおかしい。
「な、なんで彼氏…?」
「私、昔から危ないって言われててね、ほら今こんな状態だからさ?守ってくれる人がいてほしいなー?と思って。」
「まて、話が飛躍しすぎだろ。俺はまだいいなんて言ってないぞ。」
「ちなみに断ったら今日、西野くんとデートしたって言いふらすから♡」
この悪魔め…これでは認める以外の選択肢しかなくなった。
「わかったよ…すればいいんだろ」
「やったー!ありがとう西野くん!」
そう言って彼女は今までの重い話が噓だったかのようにまぶしい笑顔をこちらにみせてきた。その笑顔はずるい。反則だ。
「じゃあ今日からよろしくね!あ…私西野君の下の名前知らない!教えて?」
そういえば西野とだけ伝えていた。
「透だよ。西野透。」
「かっこいい名前だね!透くん!」
「それはどうも。それで日比野は…」
と言いかけたところで彼女が僕の言葉を遮った。
「私、日比野って名前じゃないんですけどー?」
こいつ…
「る…」
「んー?聞こえなーい♡」
「瑠衣…は本当に俺でいいのか?」
「やっと名前呼んでくれた!いいも悪いも透くんにしか頼めないもん!」
確かに秘密は僕だけが知っている。瑠衣も知られている人間は少数がいいに決まっているだろう。
「じゃあこれからよろしくね?透くん!」
瑠衣が笑顔で握手を求めてくる。
「うん。ひとまずこちらこそよろしく。」
僕はその手を握り返したときに見えた夕焼けに照らされた彼女の笑顔がとても眩しく見えた。
あの後、僕たちは連絡先を交換し、僕が彼女を家まで送る形で家に帰った。
家に着き、風呂に入り今日起きたことを整理した。やはり何度考えても瑠衣と付き合っているという事実がいまだに信じられない。そんなことを考えながら風呂から出てスマホを見ると瑠衣からメッセージが来ていた。
『今日は助けてくれてありがとう!これからよろしくね、彼氏の透くん♡』
この短い文章を見たときに僕は絶句した。絶対に調子に乗っているだろあの悪魔めと思いながら適当な返信をして晩御飯を食べにリビングに向かった。
次の日、学校に行くと瑠衣が話しかけてきた。
「昨日の返信適当だったよー!ショックだったんですけど!」
「ごめんごめん、すごく眠くて…」
適当になったと言おうとしたときにクラスの目線が一斉にこちらに向いていることに気が付いた。
「え、なに、もしかして日比野さんと西野って仲いい感じ?」
太田が食い気味にこっちに歩み寄ってきた。
「あ、いやこれは…」
何とかしてごまかさないといけない。そう思ったとき瑠衣が口を開いた。
「仲良しだよー?もう下の名前で呼んでるんだから!ね?透くん!」
よりによって一番最悪な選択肢の選び方だった。これではまるで私たちに注目してくださいと言っているようなものではないか。
「え、まじ?だって転校してきて二日目だぜ!?何があったらそうなるんだよ!」
太田の意見はもっともだった。瑠衣の発言にクラス中がざわついていた。
「じ、じゃあなに?もう出かける予定とか立ててるの?」
太田が声を震わせながら聞いてくる。
「それは…」
ないと言い換えた瞬間だった。
「あるよ。」
瑠衣が僕の言葉を遮った。
「私、日曜日透くんと出かけるから」
それはまるでクラスに対する宣戦布告のような、訴えのようなものに聞こえた。
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