第3話 潜入、工業都市廃墟
合成人間のアジト――工場都市廃墟。
テオの後を追ってアルドとカイルはその本拠地へと足を踏み込んでいた。
――しかし。
彼らのアジトを進んで数分後。
アルドたちは予想だにしなかった壁に突き当たり、その足を止めていた。
「なっ……なんだ、これ……」
目の前に広がる障害物を見上げながら、隣のカイルと共に、アルドは驚きで眼を瞠った。
「瓦礫の山……? 前に来たときは、こんなもの、無かったぞ……?」
そう。工業都市廃墟内部の回廊を、切り崩された巨大な瓦礫が塞いでいる。
瓦礫は完全に通路の往来を遮断しており、とてもじゃないが向こう側に行けそうにない。
「意図的に壁を切り崩して、道を塞がれてるな。たぶん、誰かがわざとこうしたんだ」
「でもアルド兄ちゃん、いったい誰がこんなこと……。もしかして、さっきの合成人間がやったのかな?」
「いや……俺たちをわざわざこの奥に誘っておいて、道を塞ぐなんて変だ。やったのは、合成人間じゃない別の誰かなんじゃないか」
「別の誰か……。もしかして、父ちゃん……?」
カイルの当然の疑問に、アルドは「うーん」と唸りながら思案した。
「(確かにそうなると、俺たちをこの奥に来させないように、テオさんが道を塞いだということも考えられなくはない……。けど……)」
その可能性に至る筋道を考えながら、しかし、アルドは目の前の瓦礫に視線を向けた。それをテオの仕業だと仮定するならば、無視できない事実がひとつ存在する。それは、
「(この大規模な瓦礫の破壊痕……。本当に人間のテオさんにできることなのか……?)」
そう……これが意図的に切り崩されたものならば、そしてテオが行ったと仮定するならば、避けては通れない疑問だった。
この広大な通路を完全に封鎖するほどの巨大な瓦礫を、いったいテオはどのようにして生み出したのか。それは到底人間の成せる業ではないように思えた。
――ならば、この瓦礫の山を生み出したのはやはりカイルの言う通り、合成人間が……?
堂々巡りの疑問が頭の中をぐるぐると巡るのをアルドはかぶりを振って振り払う。今はそんなことよりも、考えなくてはならないことが他にある。
「とにかく、ほかの迂回ルートを探そう。なにか別の迂回ルートがあればいいんだが……」
「でも、アルド兄ちゃん。ここに来るまでずっと一方通行だったよ。ほかに通れる道はなかったと思うけど……」
「参ったな……」
ほかに上手い解決案が浮かばず、アルドは頭を掻きながら「どうしたものか」と天を仰いだ。
すると、
「ん?」
アルドは天井近くに備え付けられた『あるモノ』が目に入り、かすかに目を見開いた。
「あれは……通気ダクト?」
屋内の建物において換気扇と排気口を繋ぐ小さな空気の通り道を見て、アルドは「これだ」と呟いた。
「え……? どういうこと?」
「通気ダクトだ……もしかしたらあそこからなら、向こう側に渡れるかもしれない」
言うと、アルドは瓦礫の山を足場に、ダクトに向かって跳躍した。
そして近くの壁を走るパイプを掴み、天井付近にぶら下がるとダクトに繋がる金属製の柵を取り外す。
「掴まれ、カイル。この中を進んで、テオさんを追いかけるぞ」
◇
「っ……中は思っていた以上に狭いな……」
アルドとカイルが通気口の中を進んで数分。
想像以上の内部の狭さに、アルドは人知れず不満をこぼした。
カイルの安全を考えて先行したのはいいものの、これでは満足に進むことさえままならない。それでも少しずつ、だが確実に、視界の先に見える出口に向かって這々の体で前進していく。
しかしそんな、あまりの遅々とした速度で進むアルドに、背後から彼に追随していたカイルは、不満そうな声を漏らした。
「ねえ、アルド兄ちゃん。出口はまだなの? おれ、こんな狭いトコ進むのもうヤダよ。なんかホコリ臭いし、臭うし……」
「そう慌てるなって。ほら、もうすぐで出口だから」
ゆっくりとした速度で進みながらも、アルドは目と鼻の先までやってきた出口――下に繋がる通気口に視線をむけた。
「ここから下に降りれば、すぐに外に――」
と、そこまで言いかけてアルドは言葉を止めた。
不思議に思ったのだろう、背後のカイルが訊ねる。
「? どうしたの、アルド兄ちゃん……? 早く下に……」
「シッ」
アルドがカイルの言葉を遮り、警戒心をあらわにする。
「……合成人間だ。この出口のすぐそばにいる。今出ていくのはまずい」
通気口から下の様子を覗き見ながら、アルドが短く簡潔に答える。
柵の隙間から、二体の合成兵士が何やら話をしている姿が見える。
ひとりはやや赤みがかかった色をした合成兵士で、もう一方は対照的にやや青みがかったボディをしているのが特徴的だ。
合成人間の存在を知らされたカイルは、先ほど人質にされた時の経験が生きたのか、すぐさま口を閉じ、彼らに気付かれないように息を潜めて小さな声で訊ねた。
「……この先にいるの?」
「ああ、二人で何かを話してるみたいだ。少しここで待って様子を見てみよう」
言うと、アルドは最大限気配を殺し、階下にいる合成人間の会話に耳を潜めた。
◇
「やれやれ……ヨアヒム様の研究には参ったもんだな」
「おい、滅多なことは口にするなよ。あの方に聞かれたら、俺たちも何をされるかわかったもんじゃないぞ」
不意に、上司に愚痴をこぼした赤色の合成兵士に、青色の合成兵士がたしなめるような口調で釘を刺した。しかし、
「……ま、お前の考えも分からなくはないがな」
と、少し柔らかくなった言い方で青色の合成兵士は片割れの合成兵士の意見に同調した。
「研究のためとはいえ、人間を生け捕りにするように命じられるなど、確かにヨアヒム様が何を考えているのか俺にもさっぱりわからん」
「そうだろう? あの命令のせいで、我々の部隊にもかなりの被害が出たからな」
と、赤色の合成兵士。
「特に、あの輸送部隊の襲撃の際には、護衛していたハンターのせいで、今まで以上に甚大な被害を被ったからな」
「ああ、あのハンターは確かに厄介だったな、確か……」
思い出したかのように、青色の合成兵士が苦々しげに言う。
「……名前は、テオとか言ったか。だが、ヤツは今ごろ……」
◇
「(……! テオさんだって……⁉)」
聞き覚えのあるワードが出て、聞き耳を立てていたアルドは瞠目した。
この合成兵士たちの会話を聞いていたら、もっと有意義な情報を聞き出させるかもしれない、そう考えたアルドはさらに耳をそばだてたが、合成兵士たちは突然会話を中断した。
「……なに。この奥で戦闘が?」
「わかった。すぐに行く!」
何やら異常事態が起きたようだ。
合成兵士たちは仲間からの通信を遮断すると、慌てた様子で通路の奥へと走り去っていった。
「……どうやら行ったみたいだな」
合成兵士たちがいなくなるのを目視した後、アルドは先ほどの会話の内容を反芻していた。
「(輸送部隊の襲撃……。テオという名のハンター……。きっと、カイルのお父さんが巻き込まれた事件のことだよな……。合成人間たちは、一体何を……)」
しかし、その思考は背後の少年の声によってかき消された。
「アルド兄ちゃん……? どうしたの……?」
はっと我に返り、
「ああ、悪い。もう合成人間たちは行ったみたいだ」
そう言うと、アルドは通気口の柵をそっと外し、下へと降りた。
周囲の様子を改めて見回すと、そこは見覚えのある場所だった。
どうやら通気バルブを通って炉心内部へと出てきたようだ。
安全を念入りに確認した後、天井を見上げ、バルブの中にいるカイルにアルドは声をかけた。
「カイル。下は安全みたいだ。今から俺が受け止めるから、ゆっくりと下に降りてきてくれ」
「う、うん、わかったよ、アルド兄ちゃん」
カイルがおずおずと通気口から下へとおぼつかない様子で下りてくる。
どうやら高い所が苦手のようだ。カイルが足を滑らせる前にアルドはすぐに彼の身体を受け止め、安全な場所へと降ろす。
「よし、どうにか潜入成功、だな」
そう言って、アルドは降り立った施設の周辺に視線を巡らせた。
記憶が正しければ、この近くに上層へ上がるためのリフトがあるはずだ。
「……あった」
記憶通り、廃炉内の通路の奥に、昇降用のリフトを見つけ、アルドはカイルをその場所まで促した。
「このリフトに乗れば、上に登ってあの合成人間のいるところまで行けるはずだ」
リフトに乗り、アルドはカイルに言う。が、
「……あ、そういえば。これって、どうやって操作するんだっけ?」
「しっかりしてよ、アルド兄ちゃん。仕方ないな、おれにまかせてよ」
そう言うと、カイルはリフトの操作盤を軽快な手つきで操作した。リフトに動力が宿り、徐々に上へとアルドたちを運んでいく。
「すごいな、カイル。こんな機械を動かせるなんて」
「こんなのエルジオンに住む人間なら当たり前でしょ。ていうか、アルド兄ちゃんが機械オンチすぎなんだよ。今までどうやって生きてきたのさ」
「はは……まぁ色々、かな」
カイルの当然の問いに、アルドは返答をはぐらかす。
この時代の人間でないアルドにとって、機械の操作に馴染みがないのは当然のことなのだが、そのような事実を今カイルに伝えても余計混乱させるだけだろう。
事実、初めてこの時代に来た時も、「過去から来た」などと言って、エイミには疑念の眼差しを向けられてしまったこともある。余計な情報は伏せておくのが吉だろう。
話題を変えると言うつもりはないが、昇降機で昇りながらアルドはカイルに訊ねた。
「なぁ、カイル。ところでなんだけど……」
「? なに、アルド兄ちゃん」
昇降機の操作盤から離れたカイルが振り返る。
アルドは腕を組んでわずかに首を傾げながら言った。
「テオさん……おまえのお父さんって、いったいどんな人だったんだ?」
「え、どうしたのいきなり」
カイルの問いに、アルドは頬を掻きながら困ったように笑う。
「いや、今追いかけてる人のこと、俺、何も知らないと思ってさ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、教えてあげるよ。おれの父ちゃんのこと!」
自慢の父親のことを聞かれたからか、嬉しそうに胸を張ってカイルが言う。
「母ちゃんも言ってたけどさ……おれの父ちゃんは、本当に凄腕のハンターだったんだ。
これまでエルジオンに住むたくさんの人たちを合成人間から守ってきた、本当に自慢の父ちゃんでさ……。おれ、そんな父ちゃんに憧れて、おれも父ちゃんのようなハンターになるのが夢だったんだ」
カイルが天を仰ぎながら、父との思い出を思い起こすかのようにその目を細めた。
「だから、父ちゃんが任務に出かける前の日……、おれ、父ちゃんに言ったんだ。おれも父ちゃんみたいな強くてかっこいいハンターになりたい。だから、特訓につきあって、って」
「そしたら、どうなったんだ?」
「最初は反対されたよ、「ハンターなんて危険だからやめとけ」って。けど、それでもなりたい、ってお願いしたら、父ちゃん約束してくれたんだ。この任務が終わったら、時間があるときでいいなら特訓を付けてやるって」
カイルの言葉にアルドは相槌を打つ。カイルが言葉を続ける。
「父ちゃんはおれにそう約束してくれたんだ。必ず帰ってくるって。だから絶対にどこかで生きてるってずっと信じてた。強くて自慢の父ちゃんが、おれの約束を破るはずないって。だから……」
「カイル……」
「だからおれ、知りたいんだ。父ちゃんがあんな態度をとった理由を。きっとワケがあるはずなんだ。絶対に父ちゃんに会っておれ、それを聞きたい!」
「その意気だ、カイル」
カイルの発した万感の言葉に、アルドは檄を飛ばす。
その励ましに、カイルは頷きをもって返した。
と、目的地に向かって上昇していたリフトがゆっくりとその速度を落とし始めた。
「おっと、もうすぐ上に着くみたいだな。カイル、準備はいいか?」
「うん」
「よし、じゃあ行くぞ」
目的地に到着し、リフトから外に出るアルド。カイルもそれに続く。
しかし、開けた視界に映ったのは、驚きの光景だった。
「これは……」
アルドとカイルが思わず息をのむ。
リフトの外にあったのは、凄惨な戦いの痕……大量の合成兵士がボロボロになってそこかしこに倒れ伏している光景だった。どれもが動力部などを破壊され、完全にその機能を挺している。
凄まじい戦いの痕を目の当たりにしながら、カイルは浮かんだ疑問を口にした。
「どの合成人間も、動力がみんなやられてる……。こんなこと、一体誰が……」
「もしかして、先にここを通ってきたテオさんか……?」
アルドの発言に、カイルが反論する。
「違うよ! 父ちゃんはこんな乱暴な戦い方はしない! しないはず……だけど」
「とにかく……この先に行ってみよう。ヨアヒムとテオさんがいるのは、この先だ。急げば、きっとまだ間に合うはずだ」
「うん」
アルドとカイルは互いに頷きあうと。
ヨアヒムのいる目的の場所へと向かうのだった。
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