第2話 合成人間の誘い
「うーん……」
アルドがエルジオンを出発して一時間ほど。
合成人間が徘徊する危険な廃道を進み、アルドは目的の場所にたどり着いていた――のだが。
「おかしいな……確かに、この辺りのはずなんだが……」
周囲に視線を巡らせながら、アルドは呻いた。
先ほどから慎重にあたりを捜索しているのだが、テオらしき人の姿はこれといって見つかる気配がない。あるのは廃道特有の殺風景な光景のみだ。
「もしかして、もうこのあたりにはいないのか……?」
もちろん想定していたことではある。
いつ敵に襲われるかもわからないこの場所で、一カ所に留まっているのは非常に危険だ。もしテオが無事だとすれば、自分がここにやってくる前にどこか別の場所に移動した可能性も高い。
そう考えたアルドは、まだ捜索していない廃道の奥の方角へと視線を向けた。
「この先は、危険だけどやむをえない。もう少し奥の方を探してみるか……」
そう、独りごちた……その時だった。
「貴様、そこで何をしている!」
「……!」
突如掛けられた刺すような鋭い声に、アルドは咄嗟に身構えた。
見れば、その廃道の奥地から合成人間がふたりほどの仲間を引き連れ、こちらに接近してきている所だった。どうやらこの付近を捜索していたところを発見されてしまったらしい。
先ほどの声の主であるリーダー格と思しき合成兵士が、アルドに向かって銃を構えると言った。
「おい、貴様。ここがどこだか知らないわけではあるまい。この場所で一体、何をしていた?」
「……武器を下ろしてくれないか。俺は別に、おまえたちに危害を加えようとしていたわけじゃない」
「フン、のこのことこの廃道にやってきてそんな言い訳が通用すると思っているのか?」
その合成兵士のリーダーが何やら指示を出すと、背後に控えていた二体の部下が前に進み出た。
「この廃道に近づく者は排除する、というのが命令だ」
「ふ、我々に見つかったおのれの不運を嘆くんだな」
それぞれが口々にそう言うと、二体の合成兵士は地面を蹴ってアルドに向かって接近した。合成兵士の標準武装である巨大な斧を携え、人間離れした速度で距離を詰めてくる。
「くそっ、やるしかないか……!」
アルドは鞘から剣を抜き、その二体の合成兵士と対峙した。
優れた機動力から放たれる、強力無比な斧の攻撃が同時に二つ、アルドの脳天へと振り下ろされる。
「……っ」
アルドはその攻撃をすんでのところで回避し、その一瞬のスキを見極めて大きく地面を踏み込んだ。そしてすれちがいざま、横一文字に右側の合成兵士の胴体を薙ぎ払う。
その一撃はどうやら動力回路の一部に致命的な損傷を与えたようで、攻撃を受けた合成兵士はそのまま機能を停止した。
「な……っ!」
思わぬアルドの反撃に、もう一方の残された合成兵士は驚愕の声を上げた。だが、すぐさま放った斧を構え直し体勢を立て直すと、背後のアルドの方へと振り返った。
しかし、
「遅い!」
合成兵士が背後のアルドを捕捉するよりも一瞬早く、アルドは合成兵士の胸部に向かって鋭い刺突をお見舞いした。
「がはっ……」
胸部を貫かれたその合成兵士もまた、深刻な損傷を受け、そのまま地面へ無造作に倒れ込んだ。
「よし……」
襲ってきた二体の合成兵士は倒すことができた。あとは、リーダー格の合成兵士ただひとりのみだ。アルドはリーダー格の合成兵士が立っていた方向へ視線を向ける。
しかし、
「あれ……? あいつ、どこに行ったんだ……」
先ほどまでそこにいたはずの合成兵士の姿が見当たらない。
部下に戦闘を任せているうちに自分だけ逃走を図ったのだろうか。
そんなことを考えた、そのときだった。
「うわぁぁぁぁぁっ……!」
突然背後で誰かの悲鳴がアルドの耳朶に届いた。
その聞き覚えのある声に、嫌な予感がしてアルドははっと振り返った。
そして――その嫌な予感は的中した。
「! カイル……⁉」
視界に映った光景に、アルドは息を呑んだ。
エルジオンで出会ったテオの息子である少年カイルが、さきほどの合成兵士に拘束されて人質にされていた。彼の頭には銃の先端が突き付けられている。
街で待っているはずのカイルがここにいる状況が理解できず、アルドは言った。
「カイル、どうしてここに……⁉ エルジオンで待っている約束じゃ……」
「ごめん、アルド兄ちゃん……。おれ、どうしても父ちゃんのことが気になって……。それで、こっそり兄ちゃんの後をつけてきたら、こいつらに……」
カシャ。
そんなカイルの言葉を遮るように、取り囲んでいたサーチビットが、カイルの脳天に搭載されていた銃の先端を押し付けた。
「余計な言葉を喋るな。死にたいのか?」
合成兵士が冷たい無機質な声でカイルを脅迫する。
その言葉にカイルは「ひっ」と小さな悲鳴を喉奥から漏らした。
「やめろ!」
「おっと、貴様も余計な真似はするなよ。少しでも下手な動きをすれば、この子供を殺す」
「くっ……」
「まさか、こんな所で人間の子供がいたとはな。俺も運がいい。……さあ、武器を地面においてもらおうか」
カイルを人質に取られたら、もはやアルドには為す術もない。
観念してアルドは無抵抗の証として、握っていた剣を地面へ放った。
「いい心掛けだ」
合成兵士はそう言うと、じりじりとアルドの方へと進み寄った。
部下と同じく、巨大な斧を取り出し、アルドに向かってそれを大きく振りかざす。
「部下を倒してくれた礼だ。まずは貴様から楽にしてやろう」
言って、合成兵士はその斧をアルドの頭に向かって一気に振り下ろした。
「……っ!」
「……アルド兄ちゃん!」
背後で捕らえられているカイルが、絶望の声を上げる。
そのときだった。
「伏せろ!」
耳慣れぬ男の声が頭上から響いたと同時。
縦一文字の剣閃が、巨大な人影と共に上空からものすごい勢いで降り注いだ。
「な……!」
一閃。
その一撃をまともに受けた合成兵士は、頭部から左右に真っ二つにその身体を両断された。突如現れ、不意打ちを敢行したその男の姿に、合成兵士が驚愕の声を上げる。
「……貴様、は……」
それが、この合成人間の最期の言葉となった。
その言葉が発せられたと同時、体内から眼を焼くような閃光を放つと、そのまま爆散した。
爆発の残滓となって立ち込める黒い硝煙に包まれながら、アルドを助けたその大柄な男は、肩越しに振り返ると訊ねた。
「……君たち、ケガはないか?」
「あ、ああ。ありがとう、助かったよ。けど、あんたは……」
アルドが問い返したそのときだった。
「父ちゃん……!」
人質から解放されたカイルがそう叫ぶのを、アルドは聞いた。
「……父ちゃん?」
人質から解放されたカイルが、その大柄の男のもとへと駆け寄っていくのを見て、アルドはカイルに訊ねた。
「カイル……、ってことはそれじゃあ、この人が……?」
「うん! そうだよ、アルド兄ちゃん!」
アルドの問いに、カイルは満天の笑みで頷いた。
「この人が、ハンター・テオ! おれの自慢の父ちゃんだよ!」
言うと、カイルは自分の父親の胸に嬉しそうに飛びつき、テオの顔を見上げた。
「父ちゃん! おれ、ずっと父ちゃんのこと、探してたんだ! 早く一緒にエルジオンに帰ろうよ! 母ちゃんだって、待ってるからさ!」
「…………」
しかし、カイルの父・テオは、複雑そうな表情でカイルを見つめると、そっと息子の身体を自分の元から引きはがした。
そしてそのまま、くるりと踵を返して背を向けると、
「すまない、カイル……」
どこか悲しみをたたえたその大きな背中で、テオはそう言った。
「………悪いが、俺は……もうエルジオンには、帰れない」
「……えっ?」
「もう俺とは関わるな、カイル……」
思わず呆然と聞き返したカイルに、背を向けたまま、テオは何かに耐えるようにその拳をギュッと強く握りしめると言った。
「俺はもう……おまえの知ってる父ちゃんじゃない」
そう言うと、テオは廃道の奥へと歩いていこうとする。
それに気づいたアルドが咄嗟に声をかけた。
「待ってくれ、テオさん。そっちは合成人間のアジトだ。いったい何をしに行くつもりなんだ」
「俺の他にもさらわれたエルジオンの人間がいる。俺はそれを助けに行くつもりだ」
アルドの問いに、テオは簡潔に短く答えた。
「アルドくんと言ったな。君はカイルを連れてエルジオンに戻っていてくれ」
「いや、だけど……」
「ま、待ってよ、父ちゃん。おれ、やだよ! せっかく会えたのに! 父ちゃん!」
しかしカイルの呼びかけに応じず、テオはそのまま背中を向けて走り去っていく。
探していた人との突然すぎる出会いと別れに、一瞬呆然とするアルドとカイルだったが、
「と、父ちゃん、待って!」
去っていく父親の背中を見て我に返ったカイルが慌てて父の背中を追いかけようと走り出す。しかし、その前に突如、ひとりの人影が姿を現した。
「うわっ!」
突然現れたその人影に、虚を突かれたカイルが尻もちをついた。
「カイル、大丈夫か⁉」
「……この程度の立体映像で腰を抜かすとは。やれやれ、嘆かわしい」
突如現れた人の姿をしたその男は、カイルを冷たい視線で見下ろすとそう言った。
「誰だ、おまえは……!」
「ああ、人前で姿を晒すのはこれが初めてか」
アルドの反応に、ヨアヒムはわざとらしく大仰に肩をすくめると言った。
「自己紹介が遅れたな。私の名前はヨアヒム。この奥で研究を行っている、しがない合成人間だ」
「……ヨアヒム!?」
聞き覚えのある名前に、アルドが驚きの声を上げる。
「テオさんの護衛していた輸送船を襲ったっていう合成人間たちの親玉か!」
「ほう、知っているなら、話が早い。なら手短に用件を済ませよう」
その言葉に、アルドが眉をひそめる。
「用件……⁉ 俺たちに何の用だ」
「勘違いしないでくれたまえ。君には一切の興味はない。あるのはそこの子供……カイル君のほうでね」
唐突に自分を名指しされ、カイルが驚く。
「な、なんでおれの名前を……」
そんなカイルの疑問には答えず、ヨアヒムは訊ねた。
「カイル君。君はあのテオという人間の息子……そのカイル君で間違いないのかね?」
「そ、そうだけど……それがどうしたっ」
精一杯の虚勢を張り、カイルがそう答える。
するとヨアヒムは「そうか、それは素晴らしい」と意味の解らない言葉を放ち、口端に薄い笑いを浮かべると言った。
「……では、質問だ。君は、自分のお父さんが君にどうしてあのような態度をとったのか、その理由を知りたくはないかな」
「……! どうして、それを……」
その言葉に、カイルがハッとしたような表情をする。
「そうか……おまえが父ちゃんになにかしたのか! だから、父ちゃんはあんな風におれを……!」
「さて、それはどうかな? その考えは的を射ているともいえるし、そうでないともいえる」
「なにイミわかんないこと言ってるんだよっ! 父ちゃんを……おれの父ちゃんを元に戻せっ!」
「ほう、そうか……やはり知りたいかね? 君の父親のことを」
カイルの言葉に、ヨアヒムは口の端を吊り上げ、薄ら笑いを浮かべる。
「ならば、この先にある我々のアジト、工業都市廃墟の最奥にやってきたまえ。そこで私は待っている。もしそこにたどり着いたら、君のお父さんの秘密を何でも教えよう」
「ご、合成人間のアジトに……? そ、そこに行けば、本当に教えてくれるんだなっ」
「ああ、約束しよう」
「! 待て、カイル!」
そんなヨアヒムとカイルの会話に、アルドが割って入る。
「これは罠だ。この先は、合成人間がたくさんいる危険な場所なのは知ってるだろ! そんな場所に行けば、無事に帰ってこれる保証はないんだぞ!」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「合成人間に殺されそうになったのをもう忘れたのか。さっきはテオさんのおかげで助かったけど、次はないんだぞ。これ以上自分の命を無駄にするな!」
アルドの懸命な言葉にカイルは冷静さを取り戻したようだった。
そんな二人に、ヨアヒムは「やれやれ」とあきれたように肩をすくめると、
「別に強制をするつもりはないが、しかしそれでも、私の要求は受け入れたほうが賢明だと思うがね」
そう告げたようヨアヒムに、アルドは眉をひそめた。
「……、どういう意味だ」
「私は研究者だ。自らの研究のためなら手段は選ばない。それが、どういう意味か分かるかね」
アルドの問いに、ヨアヒムが冷然とした口調で言い放つと続けた。
「もし私の要求を飲まなかった場合……その対価として、我々のアジトに捕らえられた人間の捕虜を一人ずつ見せしめに『殺す』」
「……!」
何気なく言い放ったヨアヒムのその言葉に、アルドは戦慄を覚えた。
それに追い打ちをかけるかの如く、ヨアヒムは続けて告げる。
「ああ、そうだ。エルジオンにハッキングを仕掛け、都市のスクリーンで処刑の瞬間をリアルタイムで中継するというのもいいかもしれないな。少年一人の命のために最後の命を儚く散らすなら、捕虜の人間たちも本望だろう」
まるで今思いついたとでもいうように、わざとらしくそう語るヨアヒムに、アルドは静かな怒りの感情をこの眼の前の男に向けた。
「おまえ……! 本気で言ってるのか……⁉」
「……さっきも言わなかったかね? 私は目的のためなら手段は選ばない。むろん私にとって人間の命など欠片ほどの価値もない。
「おまえ……ッ!」
あまりにも常人とはかけ離れた命に対する価値観に、アルドは看過できないほどの怒りをおぼえた。
しかしそんなアルドの発した怒りになど気にも留めない様子で、ヨアヒムは踵を返すと言った。
「私の要求を飲むかどうかは君たちの判断に任せよう。私は君たちの懸命な判断に期待して一足先にこの奥で待っているよ。では、御機嫌よう」
「! 待て……ッ!」
アルドの制止もむなしく、ヨアヒムの姿がふっ、と唐突に掻き消えて霧散した。
「くっ、消えた……」
「ホログラムだ。本物のヨアヒムは、この奥のアジトにいるんだよ」
「この奥、か……」
アルドが廃道の奥、その先にある工業都市廃墟の方角へと視線を向ける。
「あいつ……カイルを連れて、自分の所まで来い、って言ってたな……」
「うん、確かにそう言ってた……」
アルドの問いかけに答えた、カイルの返答に覇気がない。
――しかし、それは無理もないことだった。
捕らえられたエルジオンの人々を人質にとられたのだ。カイルがヨアヒムの要求を断れば、恐らく本当にヨアヒムは捕虜になった人質を殺すだろう。
つまりカイルの判断ひとつに、人質の命がかかっている。責任は重大だと言えた。まだ年端も行かない少年には随分と荷が重すぎる。
「(どうする……?)」
そんな不安げなカイルの様子を目の当たりにしつつ、アルドは葛藤していた。
「(あの合成人間の目的は分からない。けど、カイルをこの奥に連れていくには危険が伴う……。かといって、あいつの要求を断れば、今度は捕らえられた人たちに危害が及ぶ……)」
カイルの安全と人質の命。
その両方を天秤にかけられ、アルドは結論の出そうにない問題に頭を悩ませた。
すると、
「ねえ、アルド兄ちゃん」
不意に。意を決したかのようにカイルが口を開いた。
「そのことなんだけど……おれを、この奥の合成人間のアジトに……ヨアヒムの所に連れていって欲しいんだ」
「……!」
突然告げられたカイルの言葉に、アルドは目を瞠った。
「カイル……自分が何を言ってるかわかってるのか? さっきつかまって危険な目に遭ったばかりだろ。この奥に行けば、もっと危ない目に遭うかもしれないんだぞ……!」
「……うん。おれが勝手についてきたせいで、アルド兄ちゃんには迷惑かけたし、おれももう少しで殺されるところだった。おれも、もうあんな怖い思いはしたくない……」
「だったら……!」
「けど……! けど……それでもやっぱりおれ、いやなんだ……! 自分のせいで、ほかの人たちが死んじゃうかもしれないなんて……」
と、カイル。
「もし父ちゃんだったら、こんな時、絶対に人質にされた人たちを見捨てたりなんかしない! ここでおれが逃げ出したら、もう二度と父ちゃんに顔向けできないよ!」
これまでにないくらいの真剣なまなざしでカイルがアルドを見つめる。
「……それにおれ、やっぱり知りたいんだ。父ちゃんがなんで、おれにあんなことを言ったのかを……。だからアルド兄ちゃん! 足手まといになるかもしれないけど、おれ……」
「……分かった。そこまで言うなら、仕方ない」
カイルの言葉に、アルドはそう言った。
カイルの言う通り、ここでエルジオンに帰れば、囚われた人質の命の保証はない。ならば……最初からやることは決まっていたのだ。
アルドはカイルに手を差し伸べた。
「俺も、囚われた人のことが心配だしな。その代わり、絶対に俺の側を離れるなよ」
「うん! ありがとう、アルド兄ちゃん!」
カイルがアルドの手を取り、嬉しそうに返事を返した。
「よし、じゃあ行くぞ、カイル」
「うん!」
頷きあい、アルドはカイルと共に廃道の奥へと進んだ。
この先に待ち受ける大きな試練――その予感を、胸に感じながら。
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