自慢の父ちゃん

@tsaf4ucx

第1話 父を求めて

 AC1100年――曙光都市エルジオン。

 旅の途中、必要な物資の補給を整えるため、青年アルドはこのエルジオンの街に立ち寄っていた。


「よし、これで必要なものは一通りそろったかな」


 シータ区画にある道具屋で十分な身支度を整え、アルドはその店を後にする。

 さて物資の補給も整ったし、さっそく出発しようか、などと考えていた矢先、


「……いい加減に考え直しなさい! この先は危険よ!」

「いやだ! おれは絶対に探しに行くんだ!」


 店の入り口のすぐ近くで、何やら激しい言い争いをしている声がアルドの耳に届いた。


「……ん?」


 思わず声のした方向へ視線を向けると、ひとりの少年が母親と思しき年上の女性と何やら激しい口論をしている様子が視界に映った。

 女性の方は少年の腕を必死に掴んで何かを訴えかけているようだ。

 

 そんな二人の様子が気になったアルドは、彼らの元に近寄ると、訊ねた。


「……どうかしたのか?」


 言い争いをしていた少年と女性が、ハッとした様子でアルドの方へと振り返った。

 街中で口論をしていたところを見られて恥ずかしく思ったのだろう、女性の方がいたたまれないような表情を浮かべると、すぐさま立ち去らんと少年の手を引っ張った。


「いえ、お気になさらないでください……大した話ではないので……」

「大した話じゃない⁉ 父ちゃんが危険な目に遭ってるかもしれないのに、母ちゃんは父ちゃんのことが心配じゃないの⁉」

「――、父ちゃん……?」


 女性の手を跳ねのけて少年が発したその言葉に、アルドは思わず眉をひそめた。


「危険な目に、って……キミのお父さんが、どうかしたのか?」

「それは……」


 アルドの言葉に、少年は目を伏せた。しばらく押し黙った後、震えるような声音でその少年は言った。


「…………父ちゃんが……いなくなったはずのおれの父ちゃんが、この先の廃道にいるかもしれないんだ……!」


「……えっ?」


 少年のその言葉に、アルドは驚きで目を見開いた。


「いなくなった……? それは一体、どういう……?」

「昨日見回りから帰ってきたハンターの方が家に来て言ったんです。廃道の奥で、以前合成人間に襲われて行方不明になったこの子の父……テオに似た人影を見た、と」


 そう答えたのは、その少年の母だった。

 少年が事情を説明してしまったため、もはや隠し事はできないと考えたのだろう。

 母親は事のあらましについて、アルドに語り始めた。


「私の名前はアディア。そしてこの子はカイルと言います。そして私の夫・テオは、このエルジオンでハンターの仕事を営んでいました」


 自分たち家族のことを簡潔に紹介した後、少年の母・アディアは物憂げな表情を浮かべると苦々しそうな口調で続けた。


「今からおよそ一か月前、テオは、エアポートで物資輸送用のカーゴシップを護衛する任務に就きました。比較的安全な区画での護衛だったので、任務は無事に終わるものだと思っていました。ですが……」

「突然、合成人間の奴らが集団であらわれて父ちゃんの護衛してたカーゴをおそったんだ!」

「なんだって……⁉」


 言葉に詰まったアディアの代わりに答えたカイルのその言に、アルドは驚きの色を隠せなかった。


「彼らはカーゴに搭載された物資には目もくれず、乗っていた人を襲ってさらおうとしたらしいです。それを夫は身を挺して守りました。そのおかげでカーゴに乗っていた人たちはほとんど無事でした。ですが、何人かの乗客と共に、夫は合成人間に連れ去られ、そのまま行方不明に……」


 嗚咽交じりにそう語るアディアに、アルドは思わず眉を曇らせた。


「そうだったのか……。けど、合成人間は何のために、そんなことを……」

「……わかりません。ですが、襲撃してきた合成兵士を統率していたのはヨアヒムという名前の合成人間だったようです」

「ヨアヒム……?」


 聞き慣れない合成人間の名に、アルドは首をかしげた。

 そもそも合成人間はガリアードたちのような特殊モデルを除いて名前などは持っていないのが普通のはずだ。

 アルドのその疑問に、アディアはかぶりを振った。


「詳しいことは分かりません。ただ、襲撃してきた合成人間がその名前を口にしているのを、生き残った当時の人が聞いていたそうです。『またヨアヒム様の研究に付き合わされる』、と」

「研究……?」

「きっと、そいつが父ちゃんをさらった親玉だよ!」


 アルドとアディアの会話に、カイルが割って入ると言った。


「それでたぶん、父ちゃんはそいつのとこから逃げ出して、そこをハンターの人が見かけたんだ」

「カイル……ならお父さんは、どうしてエルジオンの街に帰ってこないの? お父さんが無事なら、真っ先にこの街に帰ってくるはずでしょう。おかしいと思わないの?」


 爛々と目を輝かせながら自信満々に話す息子に、諫めるような口調でそう諭すアディア。しかし、カイルはそんなアディアの言葉にムキになったかのように反論した。


「なんで……なんで、母ちゃんはそういう考え方しかできないのさ! 父ちゃんはおれの憧れの……強くて自慢の父ちゃんなんだ! そんな父ちゃんが死ぬなんて、絶対にあるはずないっ!」

「カイル……」

「父ちゃんは生きてる! 絶対この先の廃道に、父ちゃんはいるんだ!」


 そう言うと、カイルはエルジオンの西にある廃道の方へと視線を巡らせた。


「だから、おれが探しにいかなくちゃっ! 早くしないと、父ちゃんが……!」

「……っ、駄目よ、カイル! 廃道はあなたが一人で探しに行けるような場所じゃないわ……!」


 廃道の方へ向かおうとするカイルの腕を掴み、アディアが懸命に食い止めた。

 しかし、それは親として当然の行いだと言えた。


 カイルの父……テオを見たとされる廃道は、合成人間のアジトである工業都市廃墟へとつながる、合成兵士らの徘徊する危険なナワバリだ。

 大の大人でさえ、準備もせずに踏み入れば帰ってこられる保証はない。そんな場所に、戦う力のないカイルが一人で行くのはまさに自殺行為だと言えた。


「お母さんが捜索に向かってくれるハンターの人を今から手配して、探しに行ってもらうから……。だから、あなたはそれで我慢して。ね?」

「いやだ! 他のハンターを集めるのを待ってたら、絶対父ちゃんを見失っちゃうよ! 今すぐ探しに行かなきゃいやだ!」

「……カイル……」


 アディアの腕を振り払ってでも廃道に行こうとするカイルに、アディアが困り果てたような表情を浮かべる。まさに取り付く島もないといった様相だ。

 そんな親子の姿に、


「――なあ、キミ。お父さんを探してるんだろ。その捜索、俺に任せてくれないか?」

「えっ……?」

「俺の名前はアルド。こう見えて腕には結構自信があるんだ。成り行きで合成人間のリーダーと戦ったこともある。どうだ、キミのお父さんの捜索、俺に任せるつもりはないか」


 そんな提案を、アルドは少年に行っていた。

 

「俺一人なら、今すぐにここを出発してお父さんを探しに行ける。キミのお父さんを見かけたその廃道には、俺が代わりに探しに行くよ」

「え……じゃあ、俺も一緒に……!」

「それは駄目だ」


 一緒についていく、と言おうとしたカイルの言葉を遮り、アルドはカイルの肩に手を置いた。


「キミはここに残って、お母さんと一緒にお父さんが来るのを待っていてくれ」

「で、でも、おれだって父ちゃんが心配なんだ! 街で待つなんてそんなこと……っ!」

「けどもしお父さんが帰ってきたとき、キミにもしものことがあったら、せっかく帰ってこれたお父さんが悲しむだろ。それだけじゃない。キミのお母さんも、だ」

「だ、だけど……」


 それでもまだ納得しきれていないといった様子のカイルの手を、アディアが掴んだ。


「ほら、アルドさんもそう言ってくれてることだし、お父さんを探すのはこの方に任せましょう?」

「…………」


 アディアの言葉にカイルは不満げに頬を膨らませ、目を逸らした。

 そんな不満げなカイルの手を引っ張っていきながら、アディアはアルドに感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます、旅のお方……けれど、本当によろしいんですか」

「ああ、大丈夫。俺もそのテオさんっていう人が心配になったからさ。それにさっきも言ったけど、腕には自信があるんだ。任せておいてくれ」

「本当に、ありがとうございます……」


 アディアはもう一度礼を言うと、カイルを連れて自分たちの家に向かって帰っていった。

 アルドはその二つの背中を見送ったが、親子の人影はすぐにエルジオンを行きかう人の群れに紛れて見えなくなった。


「さて。テオさんを見かけたのは、廃道の奥って話だったよな」


 二人を見送るとアディアの言葉を思い出しながら、アルドは廃道の方へと視線を向けた。


「よし……ひとまずそこへ行ってみるか」

 

 そう呟くと、アルドは目的の場所へ向かうべく、エルジオンの街を後にした。

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