22ndキネシス:夢も悪夢も主観的な見方の違いだがいずれにせよ実際にヒトを殺しはしないという
.
黒いコートにフードで頭部を覆う陰キャ超能力、
月明かりを反射していたのは、無造作に地面に落ちていた白いガワの
合成皮らしき黒いケースを付けているが、使用中だったのか開いたままの状態になっている。
だから液晶面に微かな月光が反射したのだろうが。
(スマホ……。先輩のならいいような悪いような)
周囲に持ち主らしき人影も、それ以外の人間の姿も見えない。
となるとタイムリミットも不明とあって、理人には急ぐ以外の選択肢が無かった。
フードにコート姿の陰キャは、拾い上げた
フラッシュバックするように、理人の意識に浮かび上がる断続的な視界。
それに河流登真昼の、『追われてる』『前からも来た』『警察』『捕まりたくない』という必死な思考が感じ取れた。
だがここから先が分からず、他に手がかりなり痕跡なりがないものか、と周囲を見回すと、
「あ、あんたッ……そのハンマー返しなさい! その辺のモールで買える様な物じゃないのよ!!」
『断る! 今忙しいんだ返して欲しけりゃ邪魔するな!!』
息せき切って追いかけて来た金髪ポニテの姉さんが、陰キャ超能力者の
取り戻して何に使うかなど相手の頭ぶん殴る為と分かり切っているので、理人は力強くこれを拒否。
ハンマーを高速回転させて女の手を弾こうとするが、
「ふぬぅッ!!」
『チッ…………』
ここでも金ポニ姉さんは力技で、ハンマーの柄を掴み
これで温厚な陰キャも、流石に(馬鹿力め)とやや忌々しく思ってしまった。
素手で
パッと見それほど筋肉ダルマでもないのに。
『もうそれ持って帰ってよ……。こっちは忙しいんだ。これ以上邪魔するなら
「あの男の手駒が
ベガスが終わったばかりなのに仕事熱心なことね。
でもこんなに急ぐって……もしかして『マスターマインド』が関わっている??」
また襲い掛かって来られては面倒臭い、と陰キャが身構えていたところ、得物を取り戻したハンマー女が異なことを言う。
などと一瞬思った理人だが、実はそれも心当たりのある発言だった。
ハンマー女子が身を乗り出して覗き込む、池の水面。
その下には、月明かりを透かして水底とは明らかに異なる、全く違う世界が映し出されていただから。
全校的アイドルの時といい、まさかねぇ、とは思ったのだが。
最初に河流登寺に来た際に感じた、アンダーワールド特有の空気は理人の勘違いではなかったようである。
(先輩は下……と考えるのが妥当なんだろうなぁ。
知り合い絡みで偶然アンダーワールドに入ることが二度も、とか、そんなことある!?)
よっぽどこういうのに縁があるのか、と我が事ながら唖然としたい陰キャ。
だがこうなれば、理人の取るべき行動など、たったひとつ。
知り合いの後輩として、
と思い、
「ぐふッ!? な……なに!!?」
「見たところ、ここオフィスの管理外のアンダーワールドでしょ? しかも大して立ち入りを制限されているようには見えない……。
つまり、日常的には事故が起き辛い、出入りに条件があるタイプね。
あんたにとっても想定外の事態みたいだけど、ここを出入りする条件は分かっているんでしょうね?」
「あ…………」
おんぶの様に背後からしがみ付かれてそんな事を言われ、理人も
確かに、アンダーワールドの中には特定の条件が揃った時のみ、入り口が開くタイプの場所が存在する。
そこのところを見誤ると、閉じ込められたまま出られなくなる危険もあった。
アンダーテイカーオフィスに管理されると、その辺の条件が
オフィスの重要な役割のひとつだ。
「あっきれた……。それでもあの男の弟子なの? ていうか、この様子じゃマスターマインドは関わってないみたいね……。
で? ここに何が?」
『…………このアンダーワールドが開く条件って、なんだと思う?』
「はぁ? 知らないわよそんなの……。でもまぁ、月でしょ? ほら、ちょうど月が天頂だし。月の魔力をカギにする儀式は世界に五万とあるわ。
だとしたら、ここが開いているのはそう長い時間じゃないわね。今入って入り口が閉まったら、次に開くのはいつになることやら――――」
理人の背中に乗ったまま、上の月を見上げ、次に下の水面を見下ろしていたポニテハンマー。
そこで不意に、無重力感に襲われる。
次に感じたのは、水に落ちる感覚と、そこから上がる感覚。
そうして気が付くと、ポニテのハンマー女子は紫の空が広がる川の縁に降りていた。
鼻腔をくすぐる、裏世界特有の空気。
当然のように、ポニテハンマーは裏返った声を上げる。
「ちょっと……!? あんた私の話聞いてた!? オフィス管理外の条件も曖昧なアンダーワールドに入るとか何考えてるの!!?」
『あんたオレの背中から降りそうもなかったしさ……。何度も言うけど急いでいる。ヒトを探しているんだ……。
ここから出るには……上か』
相手の文句を聞き流す陰キャは、フードの奥から自分が落ちてきた空を見上げた。
その50メートルほど上には、河流登寺の池の水面と、やや傾いた満月の姿が見られる。
つまり、あの月が水面に映っている間が勝負か、と理人は見当を付けた。
『自力で出るか、オレが探しているヒトを見付けて帰ってくるのを待つんだな。
言われなくても一番急いでいるのはオレだから』
すぐさま
間もなくそれらしい
「ちょっと待てぇ! 私を置いて行くな!!」
と、金髪ポニテのハンマー女が、全力ダッシュで追いかけてきていた。
◇
「た、たた、たすけ……ば、バケモノ! バケモノがカンジを……!!」
理人が見付けた手がかりこと紫ジャージの若い男は、葉の落ちた木に登り、幹にしがみ付いていた。
それなりに体格が良く暴力にも手馴れていたのだろうが、今は上と下から様々なモノを漏らして震えている。
憐れではあるが、やった事を思えば同情する気は起きなかった。
『オマエらが追い回していた女子のヒトはどうした? どこに行った』
「は? あ?? なん……なんだよお前ぇ!? なんで浮いて……! なんで頭に声が……!? ば、バケモノだぁああ!!?」
『やかましい。オマエらが追い回していたお寺のヒトはどこ行ったか聞いているんだよ』
「ぐひぃいいい!!!?」
5メートルほど浮き上がり、
それに驚く紫ジャージが話にならなかったので、脅しついでに
『あの寺のお嬢さんをオマエら追い回してここに落ちたんだろう! こっちは、その後どうしたって聞いてる!!』
「し、知らないぃ! い、池に入っていくから捕まえようと思ったら、な、なんか落ちた!!
そしたらこんなところに! ブッ、ば、バケモノが出て、み、みんな逃げた!!」
『どっちに!?』
「だから知らねぇって! た、多分川沿いに逃げた! でもカンジをよぉ! なんかバケモノが襲ってきて川に引き摺り込んだんだってぇ!!」
もっと詳細な話を聞きたいというのに、大の男のヒステリックな悲鳴混じりな声が耳につく。
また、勝手に付いて来た金ポニテが何事か騒ぎ出したので、目を向けざるを得なかった。
「ファージが湧いたわよ! あんたも片付けなさい!!」
「ぅギャァアアア出たあああああ!!」
どっちかというと紫ジャージの絶叫にビックリする陰キャ。
下を見ると、ポニテのハンマーがダークグリーンの何かを殴り飛ばしている最中だった。
腕や脚が骨と皮ばかりで筋張って細長い、身長2メートル超えのヒト型。
皮膚は粘液でテラ付いており、水中から出てきたか全身のほか足下の地面まで濡れている。
胸には肋骨が浮いているのが見えるが、背中は全体を覆う甲羅により見えない。
頭部は、ギョロ付いた大きく丸い目に、クチバシのように突き出た口。
ところどころに長い毛のように水草を張り付かせている緑の身体。
それは、
「か……カッパ? え? これ河童??」
特徴だけ見れば
でも自分の知っている愛嬌のある外見とはかけ離れていたので、やや呆然と
とはいえ理性があるような相手には見えず、またファージが襲ってくるという状況はアンダーワールドでは当然起こることなので、すぐに迎撃を開始。
複数のカッパ型ファージを
『フリック……!!』
それらを大きく引き離して距離を取ると、猛スピードで互いを激突させた。
「ギャッ!!?」
「グゲー!!!!」
何体ものカッパ型ファージが地面に落ち、倒れたまま動かない。
アンダーワールドの生き物は、表側の世界とは組成が異なる。溶けて消えるモノがあれば、生身の屍を晒すモノもあった。
共通するのは、どちらのパターンもファージを形作る中枢結晶を残す点である。
通称、クリスタル。
アンダーワールドを満たす
対ファージ武器やアンダーワールドで用いる機器に加工できるのだとか。
つまり、カッパを解体して
「死んでも崩壊しない……。既に種として安定しているのね。結構古いアンダーワールドかも」
舌を垂らして倒れるカッパを、ポニテのヒトがスレッジハンマーで
鈍器と馬鹿力の直撃を受けたようで、カッパはピクリともしない。
ファージは時間を経た
とはいえ、このカッパはそれほど恐ろしい相手ではなく、またファージには古くとも幽霊のように存在が曖昧なモノもいるので、ポニテのが言ったのは
ただ、安定していないファージのいる安定していないアンダーワールドは時間と空間の連続性すら怪しくなるので、その辺を見極める重要な目安ではあった。
「それで? 誰が迷い込んだか知らないけど、探しに行くの??」
「あんたの…………」
『あんたの知ったことじゃないと思うが? 狙いはオレの
「
何を考えているか分からない金ポニテなので、なんにせよ邪魔はしないで欲しいと思う陰キャ超能力者。
その旨相手に伝えたら、思いのほかドスの効いた声色で真っ当に怒られてしまう。
今までと違う種類の覇気に、生来気の強い方ではない理人もちょっと腰が引けた。
◇
フード付きコートの超能力者と、丸太に乗ったハンマー持ちの金髪ポニテが、川の上流へと飛んで行く。
理人が
だが他にも色々と驚かされるモノが見えたので、理人は文字通り飛んで急行することに。
ハンマー姉さんも付いて来ると言うのだが、
川の流れの大本にあったのは、遠景から見ると大きな幅広の館のようだった。
しかし近付いてみると、それが膨大な数の平たい石を積んだだけの構造物であるのが分かる。
屋根など無い。
それでも広大な城ほども規模があり、通路と壁のような体裁も整えられていた。
カッパがこれを作ったか否かは不明だ。
迷路のような内部構造になっていたが、ここで馬鹿正直に正確な道を探す必要は無かった。目的地は分かっているのだから、上を飛んで行けばよい。
3メートルほどの石積みの壁を飛び越えていくと、構造物の中央に
その中心にある水溜りのような場所で、ズブ濡れの先輩の姿を見つけることができた。
周囲にカッパファージがいるのもお構い無しに、フード付きコートの超能力者がそこに降り立つ。
すぐに襲い掛かってくるが、理人は容赦なく相手を空高くに打ち上げた。
その後地面に落ちようが、知った事ではない。
「せんぱ…………」
『大丈夫ですか? 立てますか?』
理人はカッパを
軽くキレている。
「あえー? らいりょうぶれふ。どにゃたかはろんじあげまへんが…………」
目の前に立つフードを被ったコート姿の誰かを見上げ、呂律の回らない口でそんなことを言う河流登真昼。
顔は真っ赤で目の焦点も合っておらず、明らかに普通の状態ではない。
なんだこれマズイ状況なのか、と無言のまま慌てる陰キャであるが、
「なに、その
背後から覗き込むようにしてきたポニテハンマーは、中分けの和風美少女が重度の酩酊状態であるのを察していた。
「下ごしらえのつもりかしらね。ここはダイニング兼キッチンってところかしら」
促されて、陰キャもフードの奥から周囲を見てみると、そこにはヒトのモノと思しき骨の残骸が残されていた。
ほとんどが古いモノだが、幾つか赤みの残されている新鮮なモノが見られる。もしかして
理人が間に合わなければ、恐らく先輩もこうなっていたという事であろう。
手のかけ方からして、メインディッシュだったものと思われる。
『……さっさと行こう。
「ホントに単なる迷子探しだったのね…………。ちょっと気になるアンダーワールドだったけど、まぁいいか」
「あーうー……ごめんなひゃいもうちょっと……もうちょっと呑ませて」
理人は
今は席を外しているようだが、見付かれば大事になること必至。
その前にさっさと逃げるべく、未だに水溜まりに未練があるような先輩を引っ張り上げ、カッパの棲み家を脱出しようとした。
「ガー! ガー!!」
「ギャギャー!!」
だというのに、石積みの上で絶叫を上げるカッパファージども。
その呼び声に応えたか、迷路の奥から何かが叫び返し、石積みの壁を飛び越え、振動で破壊しながら姿を現した。
全長6メートルはありそうな、巨大カッパ。
ファージ上位体と思しき存在。
グランファージである。
「こんな
ポニテハンマーが美貌を歪めて舌打ちしていた。
通常のファージより強力な個体であるグランファージは、誕生の為に長い時間と、母体となるアンダーワールド自体にそれなりの規模を必要としている。
河流登寺の裏のアンダーワールドは、その条件を満たしているというワケだ。
しかも、グランファージは通常アンダーワールド特有の空気が濃い場所を好む。それはいわゆる、『マナ』や『瘴気』などと呼称されるモノだ。
故に、ポニテハンマーは現在いる表と裏の世界の境界から大して離れてもいない
これが意味するところは、大カッパのグランファージがマナの密度に縛られないほど膨大な力を溜め込んでいるか、このアンダーワールドに満ちるマナが異常に濃いかの、どちらかである。
『バーンナウトッ、吹っ飛べ!!』
故に、初手、陰キャ超能力者は手加減抜きの
突き出された親指の先、大カッパが胸の真ん中で大爆発を起こしていた。
経験を重ね、実戦の中でよりイメージを強固にしてきた理人の
ドドンッ! と空気が弾け、次に莫大な熱風が中央の窪地を覆い尽くした。
当然、フードの超能力者は
地面がビリビリと震え、雑に積み重ねられただけの石壁も連鎖して崩れいてた。
「グェエエエエエエエエ!!!!」
ところが、胸部が
『ダウンフォース!』
迷わず理人は超重圧で押し潰そうとするが、6メートルの巨体は止まらなかった。
見た目よりも遥かに大きな
『ブラスト! バラージ!!』
突き出された両腕から放たれる、
単発でも普通車を吹き飛ばせるほど威力を引き上げたそれを、大カッパは全身に喰らいながらも両腕を振り上げていた。
理人は先輩を小脇に抱えて後ろ向きに即離脱。
大カッパが体重を乗せて腕を叩き付けた地面は、大きく陥没し周辺の土が隆起している。
「んぬぅうううううううう!」
そこを、横合いから金髪ポニテを流しながらハンマー女が強襲。
美麗な
ボバンッ!! と空気の詰まったタイヤが爆発するような音が響く。
鉄槌は、人間でいうコメカミあたりを直撃。
「カッ……!?」
と短く
「グギャァアアアア!!」
「ヒきゃ――――――!!?」
かと思えば、直後に黒目を取り戻した大カッパが身を
ハンマーごと地面を転がるポニテは、そのままゴルフボールのように中央の水溜りへ池ポチャに。
意識こそ保ったが、平衡感覚を無くした女は、慌ててそこの
「わらひもぉ~」
「ちょ!? ちょちょまっ……! 先輩!? 河流登先輩!!?」
それを見て何を思ったが、抱えていた先輩も水溜りの方へ向かおうと暴れ出す。
何事かと仰天しながら
すぐに先輩ごと飛び
だが、既にこの動きを読んでいた大カッパは、間髪入れずに地面を蹴って前方へ跳ね飛び、見た目に合わない瞬発力で追撃をかけると、理人と先輩を腹から喰い千切ってしまった。
これに喰い付かれる一瞬前に、フードにコートの超能力者は
手応え無く、獲物の姿を見失いその場に固まってしまう大カッパのグランファージ。
その瞬間を狙い澄まし、
『ヴォーテックス! ブッちぎれ!!』
死角となる甲羅の後ろ、真上から飛び蹴りのように陰キャが強襲。
螺旋を描いて針のように一点へ集束する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます