航海 / nightmare

 真っ暗な空間にツキヒメは横たわっている。


「ツキヒメ、妹を殺した気分はどうなのです?」


 あの日殺した清姫が、横たわるツキヒメを見下ろしている。その手には正宗を手にし、刃先をこちらへ向けている。その姿は生きているのか疑わしいほど、首の皮1枚で垂れ下がっており腹部からは臓物が引き摺り出している。


「ツキヒメツキヒメツキヒメツキヒメ。チカラ、弁償してもらうのです」


「ツ・・・」


 清姫の声と共に謎の声が聞こえるが聞き取れない。


「わたくしが弁償してもらうのよォ?」


 浦島太郎と撃破した乙姫が歩み寄り、その手には三日月を握りしめている。地面をカツン、カツンと刀で鳴らし続けている。その姿は老婆となっており胸部から多量に出血し歩くのもぎこちない。



「ツキ・・・」


 乙姫の声と同時に謎の声が聞こえる、名前を呼んでいるのかもしれないが最後まで聞き取ることができない。



「いいえ、あたしが全てのチカラを貰うに相応しい器です」


 先ほど撃破した琴姫が現れる。全身は焼けただれ、片手に自らの首の髪を鷲掴みし、もう片手には鬼丸を携えながら歩く。首元からは出血止まらず歩くたびにベチャ、ベチャと地面を汚していく。


「「「キャハハハハ!!月姫姉ひみぎみさまもこちらに来て下さい」」」


 見るも無惨な3人が同時に話すとツキヒメをなぶり殺すかのように、刃で叩きつけ、ノコギリの要領で腕を切断、腹部を何度も突き刺される。


「~~~~~~~!!!」


 言葉にならない叫びを上げると妹・3人はケタケタ笑い四肢を切断していく。ダルマになったツキヒメは転がるも腹部を突き刺され身動きできない状態になってしまった。


「お姉さまに斬られた首、とても・・・とてもとてもとてもとてもとっても」


 琴姫の切断した首が話しだす。目線は回転してこの世の物とは逸脱した形相となっている。


「イタカッタデス」


 3人は同時にツキヒメの首を目掛け刀を振り落とす。首を真っ二つに割り、転がっていった顔には目もくれず妹たちはツキヒメの身体に噛みつくと肉を剥ぎ骨を分かち、臓物を引き摺りだした。


「あヒゃはギゃ!!!!!」


 自らの首の口腔内に臓物を無理やりに詰める妹、骨をガリガリと貪る妹、血を頭から水浴びの様に浴びる妹。

 ここは地獄なのかもしれない。



「ツキヒメ!!!」


「オエッ、アぁ、ワタシ、ワタシワタシは」


 謎の声に叩き起こされると胃の内容物が無い為か、胃液を吐き出す。全身冷や汗まみれで衣服や髪がベタついて気持ちが悪い。息が上がり全身の振戦が止まらない。ガタガタと奥歯を震わせ、精神状態も最悪なツキヒメは口角から涎を垂らしながら辺りを見渡す。

 見慣れないベッド上に側臥位になっており、ベッド横からツキヒメを不安そうに見ているアンチンの姿があった。ツキヒメの肩を力強く掴んでおり若干痛みが伴う。


「こ、コ、ココは・・・」

「船の静養室だ」

「船?」


 確かに身体が揺れ波打つ音が聞こえ、磯の臭いとカモメが鳴く声が聞こえる。壁伝いにある窓から外を覗くと甲板にはオロチが休んでおり、ツキヒメは身体を起こす。


「オイ、まだ寝てろ」

「オロチの様子を見に行かないと」

「大丈夫だから――って、クソ姫」


 アンチンの静止を突っぱねると静養室の扉を開ける。燦々と照らしてくる太陽が目を刺すような痛みを与えてくる。ふらつく身体、もたつく足元に、揺らす船体が攻撃してくるようだ。フラフラと不安定な歩行に危なっかしくもオロチの元へ向かう。


「オ、ロチ――」


 消えそうな声でオロチの名を呼ぶ。波打つ度、上方へ強制的に引っ張られるような感覚、内臓が持ち上がるような不快感がある。

 10メートルほどある廊下が遥か遠くに出口があるように感じる。壁にもたれながら歩行する、足が重く言う事を聞いてくれない。倦怠感が襲うも足取りを止めることはない。

 ようやく辿り着いた鉄製の扉を体重任せにギシッと音を立てて開く。


「ツキヒメ・・・?」


 オロチはムクリと蛇頭を上げツキヒメへ向くと、蛇行しながら近づいていく。ツキヒメも近づくなか体勢を崩し座り込む。ツキヒメが手を伸ばすなかオロチは指先を舌先で舐める。


「ツキヒメ、もう大丈夫なの?」

「ああ、もう、大丈夫だ。其方こそ大丈夫なのか?」

「うん!全然平気だから!この通り!」


 トグロを巻きシュルシュルと舌を出す、オロチなりの元気アピールなのかもしれない。心配が晴れ、胸を撫で下ろすと力が抜けたツキヒメは甲板に大の字になって倒れた。照らす太陽が憎らしい、ひめぎみなのに見下ろしてくる。



「いやー目覚めましたか!良かったです良かったです」



 大の字で倒れたまま見上げると、そこにはコノエの姿があった。とてつもなく嫌な顔をするツキヒメにオロチは苦笑いをする。コノエはその視線で感じている。


「ああ、そんな目で見て下さりありがとうございます!!

「チッ。なんで其方がココにいるんだ?」

「そもそも、この船は琴姫さまの所有物です」

「は?」



 コノエから説明を受けたことを整理する。

 樹海が燃え盛りアンチン・コノエがいた神社さえ火の手が回りはじめ帰り道を失ったところ、オロチが駆け付けた。オロチに命を救われた2人は琴姫共に倒れているツキヒメを回収し裏山を越えた岬に停泊してあった琴姫の私物・中型船に乗り山火事を逃れ、航海し続け丸1日経った頃だろうということ。

 アンチンがコノエを岬上で殺そうと思ったらしいが中型船を操縦することが出来るのは、アンチン・オロチ・コノエ。見て分かるようにコノエ1人だけだったので生かされた。


「あれ程、忠義尽くしていたのに死のうとは思わなかったのか?」

「私は、誰かに手を下して貰わないと感じませんので」

「あっそ」


 下らない返答をしてくるので適当に返事しておいた。そのあと自動操縦を見ておくように任されたアンチンは、システムが意味不明だと船上放送でブチギレたのでコノエは操縦室へと戻っていった。

 かくして不覚にもコノエが仲間になり、何ともむさ苦しいツキヒメ一行となった。オロチはオスだと言い張っているが良くわからないのでノーコメントでいこうと思います。



 青い空に透き通る程の青い海、遠くに見える島の中心にはやや膨らんだ三角形の山が見える。小さな孤島から伸びる赤い橋の先には小さな鳥居が見える。赤い橋を渡り諸島本土には鉄製の柵で区切られた道が長く続いていく。


「あれが?」

「そうです、あの島です」


 コノエに案内され航海を続けて何日経ったか数えるのも馬鹿らしくなったのでやめた。クルーズツアー中、様々な島や海洋生物を見てきたが半日で飽きた。何度も海へ落下してしまいそうなオロチを叱り付けたかさえ覚えていない。

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