樹海 / madness

 翌日になり、落下した海流を辿ると河口へ辿り着く。2人は河口流で沖合まで流されたのでは?と思ったが川沿いまでくまなく形跡を探すと林内に明らか人間のではない異臭を放つ糞が転がっていた。


「クソ糞くっさ、おえっ」

「どっちが糞で、クソなのか分からないな」

「どっちもクソだわ」


 森林浴でも楽しめる気分ではなくなった2人は林から続く樹海へ消えていった。幾らか時間が過ぎており手がかりが少ないなか、目印もなく方向さえ惑わす辺りの木たちは2人を取り囲む。行先も分からない痕跡もない樹海を突き進んでいく、変わり映えしない樹海は2人の精神を蝕む。鳥の鳴き声さえ消え、風が吹く度に揺れる草木の音がそれを助長するかのように不安を煽る。


「ほんとにこっちで合ってるのか?」

「知らん、ワタシに聞くな」

「はあ・・・あのクソ蛇見つけたら殺す」


 見渡すかぎり木。徐々に樹木が顔のように錯覚する。樹木は2人をあざ笑うかのように見ている、または監視するように見ているように感じる。時折揺れる草木の音が声の様に感じるときがある。入ったら最後抜けられない森。どこかで聞いたことのある、ここは「迷いの森」なのかもしれないと思っていた。


「クソ、どこなんだここ」

「樹海です」

「そんなこと分かってるわ!」

「それならよかった。頭でも狂ったかと思った」


 愚痴を溢しながら歩くのは見慣れた風景。楽しい森林浴にでもなれば良かったものの、散々なオロチ捜索隊になりそうだ。


「アハハ、こんな所に迷い込んだ人間がいるよ」

「いるよ!」

「頭の悪そうな人間たち、どう始末してあげようか」

「あげようか!」


 取り囲み幼げな複数の声が聞こえてくる。どこから発せられているのか、上下左右から声が聞こえてくるような不思議な感覚に陥る。2人は辺りを見回すも人影1つもない。相手の技量も分からず飛び出すことも出来ず身構えている。


「そっちにはいないよ!どこ見てるのさ!」

「見てるのさ!」


 見渡すかぎりの木々を睨みつける。静寂な森に不可視から聞こえる複数の声が不気味さを増す。


「この先の神社に変な蛇が居たけど、アレも美味しそうだった。その前菜としてこの人間たちも食べてしまおうよ!」

「食べてしまおうよ!」


 不穏な発言に刀を抜くアンチン。腕を組み冷静なツキヒメにアンチンが吠える。


「お前なんでそんな冷静なんだよ!」

「モチベーションが上がらないから」

「チッ。クソ姫」


 2人が言い争うと謎の声が騒ぎ出し狂気に満ちた笑い声が何重にも聞こえてくる。


「アハエハハッハハハハハハギャハハハハ」

「ギャハハハハ」

「仲間割れ?愉快だね、もっとやりなよ。愉快で愉快で滑稽でたまらなくて、タマラナクテタマラナクテタマラナクテタマラナクテタマラナクテタマラナクテ」

「タマラナクテ」


 一瞬の静寂が辺りを包む、辺りをグルグル見渡すアンチン。


「ギャハッハハハ」


 その行動をあざ笑うかのように笑い声が聞こえる。アンチンは刀を構え臨戦態勢になるも、隣のツキヒメが歩きだすとプチンッと何かを踏み潰す音が聞こえた。


「アェ」


 ツキヒメが足を上げると真っ赤な体毛の球体に木枝の手足が生えているモノノケが数えきれない程の複数体が2人を見上げていた。踏みつぶされたモノノケの身体は靴跡が付き絶命していた。

 ツキヒメは何を思ったのか、その場でステップダンスを披露するとプチップチッと気泡緩衝材を潰すような音が何度も鳴る。


「我々を殺すとあの蛇の情報もわからな・・・ヒギッ」


 プチプチと血が舞いあがり何体も潰れていく。こちらに何か言おうとするモノノケさえ踏みつぶしてしまう始末。


「ヒャギャッハハ。これが見たかったんだよ俺は!!!」


 アンチンは狂いだしツキヒメの投刀を見よう見まねでモノノケが逃げている方向へ放つ。放たれた刀はモノノケ1匹を真っ二つにした。


「ギャハハハ!悪夢のはじまりだ!!」


 複数のモノノケがこぞって逃げていく。逃げていくモノノケを狂乱化したアンチンが血眼で追っていく。殺戮を好むアンチンは止められない、だがツキヒメは止めるつもりもなかった。


「アッハッハハハ!!!!」


 アンチンの正気ではない笑い声が樹海に轟く。刀を振るう音やモノノケが苦しむ声など悪夢が正夢になったかのように。アンチンが追跡した方向へツキヒメも歩き出した。

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