休息 / rule

 オトヒメ、ウラシマを撃破したツキヒメ・アンチン。玄武の自重で地面が抉れ、石床が砕けていたり倒木があったりと辺りは戦いにより見るも無残な姿になっている。

 アンチンの容姿は噴霧器で血を浴びたかの様、乾燥血痕により血糊が剥がれている。一方のツキヒメは無傷と言えば無傷だが、身体中が亀臭くて仕方ない。


「お前くっさ!近寄るんじゃねーよ」

「は?それが助けてもらった人に物言う態度か?」

「俺一人で何とかなったわ!速攻喰われたくせに」

「五月蠅いな、ここで其方も始末するか?」


 横たわる骸前でも変わらぬ調子の2人。死んだ妹を見て自責の念で己を恨んでいると予想、またはツキヒメの精神状態を案じたアンチンなりの優しさだったのかもしれない。

 どれだけ遺体を見つめる時間に費やしたか分からないがオトヒメの手中から落ちた箱中の砂が潮風により空へと舞い上がり、流され海へ還っていく。


 一瞬悩んだがオトヒメに突き刺さっている三日月宗近は有難く頂戴することにした。三日月を引き抜くと“謎の光物”が傷口から溢れ出す。光物はツキヒメの身体に染み込み消えていった。失くした姫の力が再び行使できるような感覚がある。実感したツキヒメは話す。


「あの2人は家に帰ったんだ、ワタシたちも帰ろう」

「帰る場所なんて無いでしょうが、あとクソ蛇忘れてるけど?」

「あ、忘れてた」


 ツキヒメは素でオロチが流されていった出来事を忘れてしまっていたようだ。手間かけさせやがってと愚痴りながらも、オロチを探しに行こうと歩き出した。

 数歩進んだ先でツキヒメは苦しみだし崩れ落ちる。腹部を押さえ嗚咽を漏らす。

 

「アが、ウッ、ワタシの身体どうしたんだ」

「どうした、ツキヒメ!?」


 複数回嗚咽を漏らしたあと地面に手を付くと、ギラギラ光る油のような物を吐き出す。吐き出したものが未知の液体で2人は驚愕する。口からピタピタと唾液が垂れ落ちるとツキヒメは横たわり失神した。


―――――――――


 楽しい、幸せな時間はすぐ終わる。それは無慈悲、冷酷、残酷にも。哀れむ気持ちが欠け、気持ちを汲んではくれないだろう。始まりには終わりが付き物だ。命宿し産まれたときから死が付属されているみたいに、この世に定義されているのだ。 


「あぁ、生き返る・・・」


 ツキヒメの幸せな時間は入浴タイムだった。

 オトヒメ撃破後に意識を失ったツキヒメは、アンチンによって海岸へと運ばれたのだ。この少年にどんな力が隠されているのかは知る由もない。

 見つけたのは淡いグリーン色をした天然温泉100%。


 泉質はナトリウム塩化物泉・弱アルカリ性低張性泉で、温度も適温のため、ゆったりと長くつかることができる。慢性皮膚病切り傷やけどなどに効果があると言われている、らしい。全て看板に書いてあったことだ。


 目覚めたツキヒメは恐るべき嗅覚で温泉が沸き立つ場所を探し当てた。海の磯の臭いとよく嗅ぎ分けられたなと、やはり姫は末恐ろしい生き物だと実感したアンチンだった。そのアンチンは見張り役として岸壁を背に入浴を覗かないようにした。


 湯をはじく音とツキヒメの深く息を吐く音が折り重なる。濡れたアッシュグレーの髪色に、水弾く透き通る美しい肌、滑らかに凹凸した胸の谷間に雫が流れ落ちる。ほどよい肉付きのおみ脚を伸ばすと大腿部から流れ落ちる湯がヒタヒタと音を奏でた。


 岸壁に背を任せるアンチンは今日遭った出来事を考え込んでいた。ツキヒメは謎の物を吐き出し意識を失った。姫の力を取り返した副作用か?それか未知の病か、などと普段使わない頭脳をフル回転させているとツキヒメの入浴シーンを思い浮かべる煩悩さえ吹き飛んだ。何度考えようとも正解に辿り着かない、考えるのを諦めようとしたとき多量の雫が滴り落ちる音がした。


「どうかしたのか?」


 ツキヒメの声が聞こえ振り向くとツキヒメが立っていた。何やら肌色の面積が多いなと目線を落としてしまったが最後、ツキヒメは全裸だった。突き出る鎖骨に、身体とは不似合いな育った胸部にアンチンは目を背けた。


「服を着ろクソ姫!!!!!」


 轟く声に羽ばたく鳥の音が響く。ツキヒメは何が駄目だったのか小首を傾げると、鳥の鳴き声と波打つ音だけが虚しく聞こえるのだった。

 その日はのん気に入浴しているものだから日も落ち、その場で野宿することになった。

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