純愛 / return
玄武に呑み込まれてしまたツキヒメ。隣にいたアンチンはオトヒメへ走り出す。今ならまだ玄武を消滅させれば助かると思い、一心不乱に携えた刀を抜きオトヒメへと向け猛進する。それをウラシマが持っていた杖で受け止める。
「寿命まじかのクソジジイ、さっさとくたばれ」
アンチン・ウラシマが刀と杖で鍔迫り合いする。杖頭が抜け刀へと様変わりした。ウラシマが持っていたのは仕込み刀であった。
今まで瞼が落ちるほど目を覆い、細目だったものが見開いてアンチンと互角の鍔迫り合いを繰り広げる。
その中、アンチンは回想していた。
「ガキ、これ持ってろ」
「クソババア、アンタの刀だろ」
北部地帯へ向かう道中で野宿したときの会話。ツキヒメは持っていた刀をアンチンに譲り渡した。刀の名は、名刀正宗。万物を斬れない物はないという凄まじい刀であった。それを易々と譲り渡すツキヒメ、太っ腹だと思っていたが。
「丸腰だと役立たずだからな」
「喧嘩売ってんのか、クソ姫!」
メンチ切るアンチンだったが、焚火が揺ら揺らとツキヒメの表情を映す。その顔は悲壮とも儚げ、何とも形容しがたい。朧げにも微笑んでいたように見えた。
「それは其方を“生かす”刀だ。失くすなよ」
寝返ったと言えども、もしかしたら裏切るかもしれないアンチンへ贈られた刀。少し癪だと思ったがツキヒメへ礼を言おうとしたら、ツキヒメは寝てしまっていた。アンチンは刀・正宗をきつく握りしめた。
「チッ。寝てんじゃねえよ、クソ姫。お前の剣になってやるよ」
ツキヒメの愛らしい寝顔に向け、アンチンは誓いを建てたのだった。誓いを建てたアンチンは只今、鍔迫り合い中。万物をも斬れるはずだろ、嘘つきやがったな。と心の中で愚痴を溢す。
「若造、良い刀をもっておるな。この天下五剣、三日月を受け止め続けるとは」
「クソジジイ、どこにそんな力残ってやがった」
「まだまだ現役よ」
キンッと金属を鳴らし刀身を跳ね返すアンチン。ウラシマとアンチンは互いに見合い鞘に収め、足を肩幅に広げ柄を握りしめ構えた。
抜刀術【居合切り】で勝負をつけるつもりらしい。辺りは静けさが増し潮風が止んだ。刹那のなかアンチンは、ウラシマの首を刎ねる計画を立てた。静寂が続くなか、松の葉が舞い落ちカサッと音を立てる。そのとき2人は柄を引き抜こうとする瞬間。
「ン、グギャアアアアァ」
玄武は絶叫を上げピシッ、ピシッと甲羅に亀裂が走る。徐々に鈍い音を立て亀裂が無数に入り、甲羅が崩れ落ちる。甲羅の隙間から巨大な刃がウラシマへ迫る。ウラシマは三日月で応戦するもスケール違いの攻撃、手から刀が吹き飛ばされる。もう1波がウラシマを襲った。姫の力【巨刃】でウラシマの左肩から腕は無くなっていた。
ウラシマは左肩を押さえるも出血が止まらない。ここまで一瞬の出来事。アンチンは呆然と立ち尽くしていた。
「ガキ、生きてたのか。死んだと思ってた」
佇んでいたアンチンの顔は、ウラシマの返り血で赤い液体を頭から被ったように滴っている。血が頬を伝う顔でツキヒメを見る。ツキヒメは傷一つなく飄々と玄武の甲羅から這い出てきた。「亀くさっ」と身体の臭いを嗅ぎアンチンに近づく。
「なんだ、もう終わってたのか」
ツキヒメがそう告げると、アンチンはウラシマ・オトヒメへと視線を移した。ウラシマは地面を這いつくばり移動している。その先には三日月が胸に突き刺さっているオトヒメが居た。おそらく【巨刃】で三日月が手元から離れた二次災害だろう。
「トドメを」
「しなくていい」
「は?でも!」
ただ眺めていたアンチンは絶好の機会だと刀を抜きオトヒメたちの所へと行こうとするが、ツキヒメに止められる。ツキヒメはオトヒメを指さす。
「もうじき死ぬさ」
ガサガサ、地面を這う音が響く。潮騒も波打つ音さえ聞こえないなか、玄武の召喚が解除され霧散する。霧散した玄武は正体不明の破片となり砂が舞い落ちるような音を立てた。
「オトヒメ・・・さま。」
ウラシマが地面を這い続ける。その姿はみるみると若返っていき青年へと変化していく。血で這いつくばった線が出来上がる。ウラシマが目指した先には笛様な音を発し呼吸が浅くなっていくオトヒメがいる。ウラシマが顔を覗き込むようにオトヒメを見つめると、ウラシマは白髪から黒髪へと変わった。
「あァ・・・ウラシマ。そのお顔、ずっと見たかったですわ・・・ァ・・・」
「これはオトヒメさまがやったことじゃないですか」
ウラシマがオトヒメの隣に横たわる。2人は手を繋ぎ、ウラシマはオトヒメの耳元へと顔を寄せた。2人は息をするのも、命からがらに言葉を交わした。オトヒメは「そうでしたわァ」と消えそうな声で返事をした。
「またきっと、会えます。その時は、年寄りにはしないでください」
「またその時考えます・・・わ」
オトヒメが最後まで話そうとすると吐血した。それを見かねたウラシマは「大丈夫、大丈夫」と耳元で囁いた。オトヒメは言葉を続けた。
「わたくしが、次は姫でない平凡な家の娘に産まれて。貴方は海で釣りをしているの、漁師かしら・・・ね。出会って、恋に落ちて、幸せに暮らしましょう?次は一緒に年寄りになるまで・・・」
「ああ、オトヒメ。一緒に年を取ろう」
ウラシマの目からは大粒の涙が流れる。鼻をすする音を聞いたオトヒメは微かに明るく笑った。
「フフッ。泣いていらっしゃるの?」
「いいや、泣いてないさ」
ウラシマは健在の肩で涙を拭く。「泣くのはわたくしの専売特許ですわよ」「フフッ、そうだったね」なんて言葉を交わし、最後の力をふり絞るように話し掛けた。
「ねえ、わがままを聞いてくださらない?わたくしの名前を呼んで欲しいの」
「乙姫?」
乙姫が着物の懐から小さな箱を取り出すと、弱々しい手でウラシマに渡そうとする。
「浦島太郎さま、ずっとずっと愛し続けます。必ずまた出会いましょうね」
今にでも落としてしまいそうな箱を浦島太郎は手ごと握りしめる。2人の握った手は地面へと落ちていく。地面には互いに握りしめた手と転げ落ちた箱。箱は開かれ、中からは砂が零れていた。
乙姫と浦島太郎は徐々に握る手はシワが形成されていく。皮膚からは水分が抜かれたか乾燥していき、全身が老けていくと最後に髪まで白く染めあがってしまった。老人となった姿で2人は幸せそうな表情で絶命していた。
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