蛇頭 / spell

 落下したオロチには目もくれず、目の前にある鳥居を見上げる。両部鳥居、2本の本柱の前後に控え柱を設け、本柱と控え柱に上下2本の控貫ぬきを固定したもの。海、風で倒壊しないほど頑丈に作られている。満ち潮では鳥居さえのみ込むのか、柱には黒ずんだ痕がある。今日が引き潮で運がよかった。


 もう一度言うが、落下したオロチには目もくれず。突き進んでいくツキヒメ。永遠に浜を歩いたことを除けば難なく侵入でき、本殿へと辿り着いた。しかし本殿の御扉を頑丈に施錠されているが強引に開ける。その中はもぬけの殻だった。


「チッ。外れか」

「ここまで来ておいて、居ないなんて使えないクソ姫」

「其方を先に始末しようか?」


 今にも殴り合いそうな剣幕でまくし立てる2人。互いの額を擦り合わせメンチを切るツキヒメ・アンチン。


「ガキ1人、指先1つで事足りるんだからな」

「よく言うね。不完全なクソ姫君ババアに遅れを取るとでも?」


 遠くの方から「あなたたちィ」「おーーい、聞いていますのォ?」「無視しないで頂きたい、許せないですわァ」とオトヒメがこちらに叫んでいる。オトヒメの後ろにはシワだらけで白髪、仙人のような長い髭を伸ばした老人がいた。完全に声が耳に届いていないツキヒメ・アンチン。未だにメンチを切り続けている。


「わたくしが話してるのですよォ!!!聞きなさいよォーー!」


「「五月蠅い、いま忙しい!」」


 我慢ならなかったオトヒメだったが、2人にあしらわれてしまった。そこで堪忍袋の緒が切れたオトヒメ。老人に「やりなさい」と命令すると、祓詞を発する。


「掛けまくも畏き、伊邪那岐大神。第五の句。えーーっと、何じゃったかの?」


 老人は呆けて、召喚する祓詞を忘れてしまったようだ。すかさずオトヒメは老人に向かってポカポカと殴り掛かっている。損なことは露知らずツキヒメ・アンチンは取っ組み合っていた。


「ウラシマァ、わたくしの侍従なんだからしっかりして下さいィ!!」


 オトヒメがウラシマの頭を殴りつけると「ああ・・・、思い出した」と続けた。


「御禊祓いたまえ、生り坐せる大水神たち。ゲホッ、諸々の禍事・罪・穢、祓いたまえ。聞こし召せとかしこみ、カーッペッ、かしこみ申す。伊邪那岐大神よ、我がウラシマの言葉を成し遂げたまえ 」


 ウラシマはむせたり、痰を吐き捨てたりと散々な詠唱だった。ツキヒメがアンチンに馬乗りになり顔面を殴ろうとした、その時。詠唱完了し、地に幾何学な紋様が浮かび上がる。紋様が光り、地から這い出てくるのは大きな亀の身体に蛇頭をした生物。召喚された物をツキヒメ・アンチンは振り向き見やった。ツキヒメとアンチンは立ち上がり事の重大さをようやく理解した。

 ウラシマの詠唱ミスにより奇襲を失敗したオトヒメ。しかし、こちらにはオロチはいない。


「あらァ、お姉さまァ。可愛い御蛇さまはどちらへ?もしかして、死んでしまわれたのですかァ?」

「死んでねーよ。オロチが居なくても其方は殺せる」

「へェ、力を失ったお姉さまは全然怖くありませんわァ」

「便所擬音装置(オトヒメ)のくせに」

「なんですかァ!その無礼な呼び方ァ!」


 完全にオトヒメをナメ切っているツキヒメ。だがオトヒメは冷静になり「フンッ」と鼻で笑った。アンチンが横から肘打ちしながら「絶対見下してますよ、あの態度。クソムカつく」と話す。だがツキヒメは余裕だった。

 次にオトヒメは命じた。


「ゲンブ、やってしまいなさいィ」


 召喚された亀蛇頭は玄武という名。ドシン、ドシンと地を歩き、蛇頭がツキヒメへと伸びる。大きな舌を覗かせながら、シュルシュルと舌なめずりする様な動きをしている。玄武は大口を開け、ツキヒメをひと呑みしてしまった。


「アーハッハッ!お姉さまがやられてしまいましたわァ。これで悲願が達成されますわァ!」

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