追従 / gratitude

「そこでやめて、もう移動したほうが良いんじゃない?」


 オロチがツキヒメに話しかけ。丁度ツキヒメは安倍晴明だったものを蹴るのをやめた。


「誰か来たら皆殺しにすればいい」


 ツキヒメが言うと力強く屍を蹴り飛ばし、若干屍が女児の方へと移動する。血を浴びた女児たちは立ち上がり逃げるのかと思った。しかし、奇怪な行動をとる。

 女児たちは安倍晴明の屍を見下ろし、ツキヒメがやっていた一連の流れの蹴りを繰り返す。


「教育上よくないよ」

「五月蠅い。もう過去の事だ」


 ツキヒメとオロチは度肝を抜かれた。女児たちは屍を蹴りながらケタケタ笑い続けている。その表情は笑いながらも涙を零していた。


「よくも、よくも。クックック」

「死んだ、死んだ、ジジイ。死んだ」

「気持ちの悪い年寄り。地獄に堕ちろ、フッフ」

「ヒッヒ。気色悪いんだよ」


 女児たちは屍の股間をしきりに踏みつぶしている。グチャ、グチャと睾丸が割れる音がした。


「・・・何かされたのかな?」

「どうせロクでもないことだ」


 オロチはその光景に絶句していたがツキヒメに話しかけた。ツキヒメは冷静な目で女児たちの行動を眺め、一番年上の女児を制止した。


「其方たちはコイツに何かされたのか?」

「毎晩・・・、ジジイがわたしたちに乱暴してきたの」

「・・・腐ってるな」


 その女児の表情は壊れている。その理由は安倍晴明が毎晩、女児たちを犯していたらしい。身寄りのない子たちを、私欲のために扱うなんてモノノケよりたちが悪い。 


「其方たちはもう自由。ゴミみたいなヤツに気を付けて生きるんだ、じゃあな」


 ツキヒメは女児たちに告げると部屋を後にした。安倍晴明が行ってきたことを振り返ると腸が煮え繰り返りそうだ。何が清廉潔白だ、ふざけるのも大概にしろと思っていた。

 ここまでツキヒメはどう潜り込んでいたかというと、神社には誰もおらず易々と侵入できた。


「陳腐な結界ごときで惑わすことが出来ると思っていたのなら逆に天才だな」

「なんか呆気なかったね」

「だが、力は全て取り戻すことは出来なかった」


 安倍晴明を倒すことが出来たが、収穫は【武器の換装】のみで妹たちの居場所はクロヒメしか分からないのであった。ツキヒメは教区教会の砦を突破する方法を模索したが、地上も上空も忌まわしき大砲等で難しいと考えた。こんな時に【瞬間移動】があれば・・・。


「姫君さま・・・」


 振り返ると先ほど事情を話してくれた女児が佇んでいた。なぜ姫君と分かったのか、格好つけて安倍晴明を撃破したときに言ったからだと考えるのが妥当なところ。

 女児は服を握り締め、か弱い声でツキヒメに向かって話す。


「ジジイの執務室は向こうにあるよ」

「そうか、ありがとう」


 女児は廊下の先を指さした。一方、オロチは「ツキヒメって感謝するんだ」って思っていたのであった。その時オロチは踏みつけられてしまった。


「なにするのさ!」

「女の勘だ」


 靴跡を付けられたオロチ、ツキヒメが足を上げると平面になるのは避けられた。女児が指さした方向へ歩みを進め、床が軋む音や虫の鳴き声がする。執務室へ行けば多少の情報は得られるかもしれない。

 ツキヒメ・靴跡付きオロチはデカデカと「執務室」と書いてある扉を見つけた。


「こんなデカく書いておくなんて、とんだマヌケか?」

「自分はここです、ってすぐバレちゃうね」


 しかも施錠せずといった不用心。泥棒が入れば盗み放題という具合だ。今更だが晴れて泥棒となったツキヒメたちは執務室へと侵入した。執務室は予想外にも綺麗に片付けられており、スッキリしている。

 ワニスが塗られ光沢のある机、本が大量に並べられている棚、ありとあらゆる物を漁った。


 情報を整理すると。クロヒメが治める中央の教区教会、オトヒメが治める北部地帯、オリヒメが治める東部地帯、コトヒメが治める南部地帯、キヨヒメが治める西部地帯、ユキヒメ・ベニヒメが治める諸島群。それぞれ妹たちが治めている場所が判明した。


 場所が分かればあとは攻め込むだけ、単純明快なこと。ツキヒメは最初に攻め込む場所は粗方決めていた様子。

 ツキヒメたちは拝殿で参拝し、神社を去ろうとする。


「さ、西へいくぞ。西へ」

「西部地帯はキヨヒメがいる場所だったよね。どうして?」

「五年も経って一番平和ボケして居そうだから」


 ツキヒメが語るにキヨヒメは日頃から昼寝など、なんという体たらくな事が多いと。一番に攻め込むのが丁度いい相手だと話した。

 ツキヒメは組んだ手を真上に伸びをし、参道へ続く階段まで歩いていた。すると階段の手前で女児たちが待っていた。女児はツキヒメを見る、ツキヒメは何だか嫌な予感がしていた。


「姫君さま」

「なんだ、ガキ」

「連れて行って」

「無理だ」

「連れて行って」

「はあ・・・村まで送ってやるよ」


 渋々ツキヒメは女児たちを付近にあるという村へ送り届けることになった。参道を降りるツキヒメたち、女児たちは3・4歩離れ付いて来る。参道を降り切ろうとすると鳥居を見てツキヒメが女児たちに向けて話す。


「知ってるか?鳥居の上に石を投げて乗せると願いが叶うって」

「・・・・・・。」


 女児たちは何も答えない。無表情でツキヒメを見上げている。その顔はボロボロで痩せ細り、満足な食事なども与えて貰えなかったのだろう。見かねたツキヒメは、女児たちへ強引にも石を持たせた。


「ワタシが見ててやるから投げろよ」


 女児たちは手に持たされた石を見つめている。微動だにしないツキヒメは痺れを切らした。


「投げないなら置いて行くぞ」


 1人の女児は石を握りしめ振りかぶった。投石し弧を描いて鳥居の上へと差し掛かる、笠木にカチンッと音を立てて乗せることに成功した。ツキヒメは1発目で乗せたことに驚いた。


「其方、やるな」


 鳥居に石を乗せた女児は、それでも無表情だった。ツキヒメは無理矢理にも1石投じ、乗せたことを女児たち全員乗せたことにした。全員に鳥居の前へ立たせ願い事をさせ清明神社を後にした。ちなみにツキヒメは鳥居の上に石を乗せることは出来なかった。

 ツキヒメや女児たちは暫く歩き、火が灯る雪洞(ぼんぼり)を見つけると無言で付いてきていた女児たちへと振り返る。


「あの村で助けてもらえ、理由は適当に考えろ。ワタシたちは此処でお別れだ」

「・・・・・。」


 女児たちは一言も話さず別れになりそう、と思っていた。オロチは蛇行しツキヒメの足元まで這う。ツキヒメは少し離れた村の方へと指さした。


「あそこには人が少なからずジジイと比べたら幾分かマシなヤツらがいるだろう。・・・其方たちに人と仲良くなれる、おまじないを教えてやる」


 女児たち、オロチさえも目を丸くしてツキヒメを見やった。急に何を口走るか不安なオロチ、きっと教育上よくない事を言い出しはじめるのかと思った。ツキヒメは勿体ぶらずに続けた。


「ありがとうだ」


 ツキヒメはこれを女児たちへの別れの言葉とし、西部地帯へ向かう為に歩く。意外な言葉を残し去ろうとするツキヒメにオロチは驚いていた。女児たちも村の方へとトボトボと歩く、ツキヒメは女児たちの未来を案じていたのかもしれない。

 ある意味、姫君としての成長を見たオロチは心の中で喜んだ。ツキヒメと女児たちは完全な別れだと思っていた矢先に。


「ありがとうーーーー!!姫君さまぁ!!!!!!!」


 遠くの方から女児たちの声が聞こえた。振り向くと女児たちはツキヒメに向かって感謝を叫び手を大きく振っている。女児たちは涙を溢し、先ほどより良い表情だった。

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