第4話 15人目
ある男がいた。
男は学生だった。
男は運動が好きだった。
そんな男は親しい友人からある頼まれごとをした。
14人しかいないラグビー部が試合に出るために人数合せとしてかりだされる。
選手として名前をかし、ユニフォームをきて、試合前の整列まで他の他のメンバー達と行い、後は試合が終わるまで自陣の奥底の隅っこで待つ。
ラグビー部が練習しているのをたまに見ていた。
彼らは激しい練習を行っている。彼らは体を激しくぶつけ合う。彼らは激しくお互いを叱責する。そこだけを見ればなんて野蛮なのだろうと思うかもしれない。しかし、練習以外の彼らは大きく笑いとても朗らかで気持ちのいい人間たちだった。
試合が始まる。男を抜いた14人で彼らは戦っている。相手は15人。こちらは14人。明らかに人数はこちらが少なく、不利であることは絶対だった。しかし、試合は均衡している。
男はそれを後ろからただ見ている。こちらのチームは相手より激しく見えた。その激しさが1人分というビハインドをカバーしているように見えた。その激しさは時間とともに増していく。少ないにも関わらず相手をどんどん押し込んでいく。目には見えない気迫のようなものを感じた。
前半も後半に差し掛かったころ、男は相変わらず自陣のそこで試合を見ている。少しずつ少しずつだか、相手に押し込まれるようになってきた。相手がなにかしはじめたのか素人目にはわからなかったが、こちらのチームの動きが少し鈍くなっているように感じた。激しさは変わらない。15人で行うことを14人で行う。その分消耗するのは体力だった。なんとなく手が届かないという印象だった。相手が体をぶつけてくる。こちらも体をぶつける。相手が集まってくる。こちらも集まってくる。ボールを争奪する。だが少し届かない。相手にボールが渡る。相手が今度は外側にボールを運ぶ。こちらはそれを止めるために外側に向かって人間が走る。しかし、少し届かない。そんなことが続くようになってきた。
そして気がつけば相手が自分の目の前に迫っていた。つまりはピンチである。男は自陣の奥底にいる。その男の目の前に相手がいるということは、こちらが失点してしまうピンチであった。まさに男の目の前だった。相手チームの中でも特に大きな選手が突進してくる。男は思わずたじろいだ。しかし、自分の目の前にいた自分よりも小さな人間がその大男のビザ元に突き刺さった。男は聞いた事のない音を聞いた。擬音では表せない音。人間と人間がぶつかる音。本気の人間と人間が自分の全てを投げ打ってぶつかり合う音。その轟音が鳴ったあと、男たちは一瞬止まった。そして次の日瞬間、仲間達がここぞとばかりに集まり大男に群がり大男を乗り越えていく。まさに危機一髪だった。仲間たちは大男からボールを奪い返し、そのボールを一旦外へ蹴りだし前半は終わった。
ハーフタイム。
明らかに彼らは消耗している。後半に向けて情報交換をしながら各自がそれぞれの方法で回復につとめている。先程の激しさとは打って変わって冷静さを感じる。相手の何番の選手にはこんな特徴がある。相手はフィールドのこの場所ではこんな攻撃をしてくる。相手の守備にはこんな特徴がある。常に情報が新しいものに更新され、練習では想定しきれない部分に対応し、それを利用しようとしているのがわかる。
ハーフタイムは一瞬で終わった。
選手たちはフィールドに向かって歩いていく。男は前半とは反対側の自陣の底へ歩いていく。後半がはじまった。前半との違いは明らかだった。それは勝負する場面と捨てる場面があることだった。こちらの特徴を生かし、勝てそうな場面では勝負をしかける。なけなしの人数をかける。しかし、こちらが勝てなそう、相手が勝っている点では最低限のことしか行わない。そして、次の行動に備える。まさに、洗練されていた。
いける…。男はそう感じとっていた。仲間たちには勢いがあった。このまま相手を押し込めれば…。得点することができる。もしかしたら、そのワントライを守り通せば勝てるかもしれない。
しかし、ほんの一瞬だった。相手も馬鹿ではなかった。カウンターのチャンスをうかがっていた。あとは物量だった。こちらにはかけられない人数をかけてきた。仲間たちはなだれ込む相手にめくられていた。ボールが相手に取られてしまった。もう少しのところだったのに、届かなかった。
しばらくの間試合は均衡状態だった。
しかし、後半の後半、前半の後半のようにだんだん押し込められてきた。じわじわと相手が男に迫ってくる。そんな時だった。プレーが止まった。どうやら仲間がミスを犯してまったらしい。ミスを犯してしまった人間は悔しさと申し訳なさそして怒りが混じった顔をしていた。この後どうなってしまうのか男にはわからなかった。フィールドは静寂していた。ここからまた相手チームの進軍が始まってくるのだろう。男はそう思った。しかし、違った。相手はボールを地面に置いた。そして、自陣にそびえ立つH型のポールに向かって狙いを定めているようだった。ボールが蹴られた。蹴られたボールはH型のポールの上を通過している。なんだか拍子抜けだった。相手は真剣にプレーをして、真剣にボールを蹴るという選択をしたに違いなかった。しかし、ボールがポールの上を通過した。そこには先程の激しさはなくあるのは静寂だった。正直何がなんだかわからなかった。
ゲームはリスタートの準備にかかった。スコアボードをみると0-3と表示されている。嘘だろ…。男はそう思った。負けている。どうして、、、。味方が1回反則を犯し、1回相手がボールを蹴り、ボールは自陣のポールの上を通過した。そして0-3。負けている。信じられなかった。
男は試合が再開されるまえに、キャプテンのもとに駆け寄った。男はいった。
「俺に出来ることはないか?」
キャプテンは一瞬考えたが
すぐにいった。
「すまないが、出来ることはなにもない。それにお前には危険すぎる。ありがとう。」
そう言われて男は自分の立ち位置に戻っていった。
その後残り少ない時間”彼ら”は相手陣地に差し迫った。男には何も出来なかった。ただ、”彼ら”に向かってがんばれと祈り、それだけじゃ足りず、叫んだ。
「がんばれ!」
ノーサイドの笛がなった。
″彼ら”は少し届かなかった。
試合が終わった。
スコアは0-3。”彼ら”は負けた。
彼らの表情は悔しそうだった。恐らくだれも14人であることは敗戦の理由にしないだろう。そのままフィールドにしゃがみこみしばらく動けない選手もいた。
”彼ら”はなんとか整列し、挨拶をし、相手チームの選手に握手をし、何かを語り合い、引き上げていた。男も”彼ら”と同じ場所へ帰った。ベンチは静かだった。淡々とユニフォームを脱ぎ、体を冷やし、荷物をまとめている。
男はただその光景を某とみていた。
するとキャプテンがこちらに気が付き、重い腰を上げ歩み寄ってきた。キャプテンは言った。
「今日はありがとう。」
そういいながら手を差し出してきた。
握手だった。
男は躊躇った。男にはその手を握る資格があるのだろうか。彼らが全てを投げ打って戦ったその手を握る資格は男にはなかった。
男は無意識でただっ手を前に出した。キャプテンはその手を強く握りしめた。
男はただ自分の無力さを痛感することしか出来なかった。
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