旅立ち
シオリに危機を救われてから三日が経つ。チャヤの傷や痛みもほとんど癒え、今朝から軽い稽古を再開していた。
チャヤは居間で椅子に腰掛けたまま、ぼんやりとしていた。
「チャヤ、いつまで辛気臭い顔でいるのよ」
「あ……ごめんなさい、師匠」
シオリが向かいに座ってきた。彼女の声には解放された陽気さがあった。
彼女の娘サヤカが今日から働き始め、彼女自身も夫を探しに行くと決めたからだろう。
決意とやる気。
チャヤの失意とは逆に彼女はそれらに満ちている。
「あんた、マリーズちゃんたちに顔を見せに行ってないでしょ。心配してたわよ」
「……顔を合わせにくくて……亀鬼に一方的に負けて……あんな姿も見せて……」
「一度の失敗を気にし過ぎよ。真面目ね」
言われ、チャヤは小さく長く息を吐いた。
満足にモンスターを足止めできず、挙句に糞尿まで漏らして負けては、あの三人も自分のことを見限っているだろう。
そう自分の弱さを悔やんでいると、珍しく呼び鈴が鳴った。チャヤに代わり、シオリが席を立った。
「チャヤ。あんたにお客さんよ」
「え」と驚いて振り返ると、居間に入ってきたのはあの三人組だった。
マリーズにテランス、そしてエタン。
マリーズはローブの上から腰に手を置き、胸を反らしている。テランスは快活そうに笑い、エタンはややぎこちなく笑みを向けてくる。
「
「ちゃんと礼を言えてなかったから、モヤモヤしてたんだぜ」
「チャヤさん……体調は大丈夫?」
チャヤは呆然として三人を見つめている。間抜けに口も開いていた。
「貴女の負傷はリーダーである私の責任でもあるのだし。それに、貴女も汚名返上の機会が欲しいと思っているでしょうし……今後もいかがかしら?」
マリーズの偉そうながらやや口ごもった言い方にチャヤは目をしばたいた。
「素直に『パーティから抜けないで』って言えよ。――ま、女に助けられたままってのは、男が
テランスは力強い目を向けてきた。
「二人とも本題も言いなよ……。あのね、チャヤさん。僕たちにも、シオリさんの旦那さん探しを手伝わせてくれないかな?」
そして、エタンが来訪の目的を告げると、チャヤは目を見開いた。
三人は、シオリから事情を聞き、今後を話し合ったそうだ。
故郷を旅立った根無し草。時間だけはたっぷりある。
しかし、旅費、危険度、シオリの夫が存命の可能性――。懸念すべきことはたくさんあった。
だが、結論の決め手になったのは、結局チャヤへの恩。
『自分たちはチャヤが時間を稼いでくれたから助かった』。――その一点だった。
「どう、チャヤ? 頼もしい限りでしょ?」
感謝を伝えて、三人をそれぞれ抱きしめたシオリが言った。三人はシオリの豊満な胸を押し付けられ、顔を赤くしている。
――あれ? なんだろう? 心強い……。
チャヤは胸に軽く手を当てた。
この、背中を三人の決意が押してくれているような感覚。
先のクエストでの失敗さえも、今後の糧にできるような前向きな気持ち。
それらを感じながら彼女は三人へ向き直った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
長身の体を折り、火照った顔を隠すようにお辞儀をする。
一週間後、五人は出発した。
目指すは西――。かつてパテュースが向かった『遺跡都市ダナデア』。
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