再パトロール
チャヤは大きくあくびをしながら、四番手の見張りを続ける。
彼方の稜線から朝日が昇り、目の前の森へ赤い光を射していく。
「……おはよう、チャヤちゃん」
「……おはようございます」
「昨日はごめんね」
「い、いえ」
最初に起きてきたエタンに謝られると、寝不足のチャヤはぎこちなく首を振った。二人はすぐに無言になり、エタンは顔を洗いに川へ向かう。
朝食の用意が終わる頃、マリーズとテランスも順に起き出してきた。
◇
昨日とは反対回り、つまり反時計回りでヌンベル沼のパトロールクエストを再開した。
前と同じ隊列で進んだが、有害・無害含めてモンスターの姿はなく、寂れた沼には水鳥の鳴き声がするだけだった。
そして、遠くに昨日のものと思しき大岩を見つけ、次いで岸辺に三体の
「マリーズはもっと近づいて魔法の矢を撃てよ。そっちの方が威力がでかいぜ」
「……テランスさん、あの子たちは見た目より重かったです。ヌルヌルしていて皮も硬くて。気を付けてください」
「チャヤちゃんも落ち着いていけば問題ないよ」
「エタンは最初から二人の援護に回ってくれるかしら? わたくしの護衛は要らないわ」
小声で戦法を相談し合った。
どのタイミングで強襲するかはマリーズに一任され、しばらく様子を窺っている時に状況が変わった。
一体が集団を離れ、餌を摂るためか沼に入って泳ぎ始める。
「行くわよっ」
リーダーの号令の下、四人が立ち上がって駆け出す。今回はマリーズがローブを翻しながら先頭を走る。
気付いた二体がギーギー鳴きながら慌てて立ち上がり始める。
「不死鳥の火の粉よ。形を成し、わたくしの杖に灯れ。その形は『矢』……」
呪文を唱え始めた彼女の速度が落ち、三人が追い越していく。
――落ち着いて。冷静に。冷静に。
チャヤは自分に言い聞かせる。軽装のチャヤが、防具の多いテランスと小柄なエタンより突出する形となっていく。
直後、右翼のテランスの隣を炎の矢が直進し、亀鬼童一体の左腕に直撃して焼いていく。沼の空気に独特な臭気が混じった。亀鬼童の粘液を焦がす臭いだろうか。
「燃えてるやつは任せろ! お前たちは残ってるやつを!」
「はいっ」
「気を付けて!」
左腕に火が点いている個体の悲鳴を右耳で聞きながら、チャヤは相手を正面に捉える。
「『
間合いに入ると、左の掌で敵の目元に打撃を仕掛ける。広げた掌で相手の視界を遮りながら、そのまま目元を
直撃し、亀鬼童がギゲエッとうめく。そこへ右掌で脇腹にも一撃。
遅れて駆け付けたエタンは、錫杖の先端で敵の反対の脇腹を突く。
金属部がめり込み、亀鬼童が崩れ落ちた。唾液を口から垂れ流し、四肢が痙攣しているようだ。
「とどめは任せろ」
担当した亀鬼童の首から剣を抜いたテランスが、こちらに向かってくる。
「もう一匹が戻ってきてるわ! 沼に入った子!」
チャヤたちが倒した相手の首にも剣を刺そうと振り上げたところで、マリーズの大声が聞こえた。舌打ちしたテランスが駆け寄り、二匹目の首を突き刺す。
四人が水上の一体に目をやると、迫っていた個体が水を吸い込み始める。
敵の意図を察したエタンが、チャヤとテランスの前に出る。
「敬愛する明けの光神よ。僕の手に盾を」
『光の盾』。
エタンの習得している『光の結界』の縮小版だ。
防御面積・耐久力ともに『光の結界』に劣るが、短い祈りで発現でき、使いやすい防御の加護だ。
「ぐっっ!」
錫杖の先端から薄い光の幕が現れる。彼の小柄な体の前面をほぼ覆い、遅れて飛来した水の弾を弾く。当たった瞬間、光の幕が虹色に揺らめいた。
水撃が失敗したのを悟った亀鬼童は、一人離れているマリーズのほうを向く。
再び水を口に含んで、彼女へ水の弾を放つ。
「きゃあああっ!」
マリーズは逃げ惑い、木陰に隠れて事なきを得た。
杖を握った手を怒りで震わせ、呪文を唱え終えると、反撃の炎の矢を放つ。だが、亀鬼童の三メートル手前に着弾し、大きな水柱を立てて敵の頭を濡らすだけに終わった。
しばし四人を見つめていた亀鬼童は、やがて泳いで離れていった。
チャヤたち三人はマリーズに駆け寄る。
「わたくしは大丈夫よ。それより全員まだ戦えるかしら? 追うわ」
「倒したやつらはどうするんだよ? 何かを剥ぎ取らないと、討伐の証拠にならないだろ」
「後にしてくれる? 今はあの子が遠くに逃げないうちに追うのが先よ」
◇
亀鬼童が上陸した岸の周りを四人は慎重に調べた。
すると、沼から二百メートルほど離れたところで、小さな崖が切り立っていた。その下に小屋を見つけた。
小屋の中を調べるか、と全員で目配せしていると、チャヤの目に動くものが映った。
「あ、あそこです! 穴に入っていきます!」
チャヤの指差す先。小屋の背後、崖の麓に洞窟のような横穴が開いていた。入り口を木材で補強している穴は保管庫のようで、そこに逃げる亀鬼童が入っていったのだ。
「不死鳥の火の粉よ。形を成し、わたくしの杖に灯れ。その形は『灯』。街灯の内の松明。灯が照らすはわたくしの進路」
マリーズが杖の先に炎を灯し、松明の代わりにする。その松明を挟む形で、両側にチャヤとテランスが立つ。マリーズが「入るわよ」と告げ、四人は真っ暗な横穴に足を踏み入れていく――。
時を同じくして、ギギィと音を立てて小屋の木戸が開いていく。
ズシリ。
『何か』が小屋から出て、若草を踏み潰した片足が地面に沈んだ。
左太ももに走る刀傷は塞がらず、歩くたびに伝わった血が足指から滴る。
『何か』は爛々とする眼光を横穴へ向けた。
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