野営の夜空

「テランス、あのへっぴり腰は何かしら!」

「お前こそ魔術の矢を大外ししたろう!」

「あ、あれは……そう、牽制。牽制よ! 貴方あなたたちに見せ場を作るためのね」

「嘘をつくな! あれが当たってれば、剣の間合いを読み違えるなんてミスしなかったぞ!」


 森の中でテランスとマリーズがまた口論する。チャヤは慌ててエタンを見て、仲裁役のエタンは「いつもあんな感じだよ」と言って肩をすくめた。

 増援の亀鬼童タトラス・キッドに形勢不利を察し、尻尾を巻いて逃げ出してきたチャヤたち四人。

 来た道を引き返し、木陰で初戦を振り返っている。


「転んだとはいえ、一番の戦果はチャヤちゃんだったね。初めてのクエストで相手を押し倒せるなんてすごいよ」

「そ、それほどでも、ないです……」


 エタンに褒められ、嬉しくなるチャヤ。恒例の口喧嘩を終えたマリーズたちも話に加わってくる。


「いや、チャヤちゃんは頼もしかったぞ。あの後、俺がとどめを刺せていればなぁ……あ~、くそ」

「貴方はそんな機転は回らないでしょう。わたくしが指示すべきだったわ」


 テランスとマリーズが反省を口にする。素直さを見せた二人にエタンが微笑み、チャヤに「ね? 仲いいでしょ」と囁いて安心させた。


「ああ、それより」

 エタンがチャヤの剥き出しになっている腕や足に目を向けてきた。


「転んだ後、起き上がるまで時間が掛かったけど、怪我はしてない? 我慢してない?」


 思い掛けない労わりを向けられて戸惑った。

 毎日の稽古では、擦り剥いたり痣を作ったり、時には鼻血が出たり。それが当たり前となっていて、不意に優しくされるとどう反応してよいか迷って、チャヤは目を逸らした。


「怪我はしてないはずです。時間掛かったのは、《まわし》の加護のせいで……。倒れると、体が少し痺れて、立ち上がるのに時間が掛かるんです……」

貴女あなた、そういう大事なことは先に言いなさい!」



 ◇


 日も落ちてきたため、四人は再戦を一旦諦め、明日の朝から沼のパトロールクエストを再開することにした。

 森を抜けて川辺まで戻ってくると、そこで野営を始めた。春の一番星が光を増す頃、チャヤの料理が完成した。


 火を囲みながら、四人は根菜のシチューを口にする。


「デカ女、いえ、チャヤ。貴女、お料理上手なのね……」

「うまいっ。でも、ジャガイモはもっと大きく切ったほうが好きだ」

「とっても美味しいよ」

「……ありがとうございます。よく作ってるので。師匠の……娘と」


 料理の味を気に入ってくれたようだ。マリーズにようやく名前を呼んでもらえて、認められたようでチャヤはホッとする。テランスとエタンも、スプーンを動かす手が昼食の時より早い気がする。


「シオリさん、娘がいるのか。相撲拳闘術の使い手なのか?」


 テランスが咀嚼しながら聞いてくる。


「はい。体も師匠並みに大きいです。……年下なのに私より強いし……」


 うつむきながら答えた。チャヤの雰囲気の変化を察したのか、三人は言葉を継ぐのをためらった。

 沈黙を作ってしまったと気づいたチャヤが、慌てて話題を変える。


「みなさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか? マリーズさんは村長の娘さんなのに……」


 マリーズが先ほど追加した薪に火が点き、火勢が増した。


「よく言われるわ。……嫌だったのよね。ただ大人になって、ただお嫁に行くだけの人生が。それなら自由にしてみたいって思ったの」

「お嫁……ちゃんと考えたこともなかったです」

「マリーズみたいなじゃじゃ馬をもらう男がいるのかは疑問だけどな」

「黙ってくれるかしら、テランス!」


 「へいへい」と笑ったテランスが、空っぽの器を下ろし、空に手を突き出した。


「俺は広い世界が見たいからだな。うちで採れた麦が運ばれていく先はどんな所なのか? どんなやつらが食べてるのか? そう思ったのが最初だったな」

「たしかに気になりますね」

「そうか。マリーズと違って見る目があるな」


 最後にエタンを見る。彼は一呼吸の間、目を閉じてから口を開いた。


「二人は僕の親友だからさ……。二人が何をするにしても、無事でいてもらいたいから」

 そう言って、錫杖をくるりと回した。先端の金属部が炎の色を反射して煌めいている。


「回復職の《僧侶》になったんだ。二人とも無鉄砲だし」

「……素敵、です」

「貴方は恥ずかしいことを平然と言うんだから……」

「照れるじゃねえか。なあ、エタン」


 テランスが照れ隠しに鼻を掻いて、エタンの肩を軽く小突いた。


「怪我してもエタンが治してくれる。明日も気合入れていこうぜ!」



 ◇


「エタンさん……」

「わっっ!? チャヤさん?……寝付けないの?」


 マリーズの寝息が気になってなかなか眠れないチャヤは、女子用の天幕テントから顔を出し、最初の見張り役のエタンに声を掛けた。


「火に当たるかい?」

「はい……」


 星空の下、密着着レオタードと裸足でたき火へ向かう。《まわし》を外しているため、足裏が冷たい。

 エタンの向かいに座ると、炎に足を向ける。


「ぅう、温かいですね」

「ああ、《まわし》がないと寒いんだ?」

 

 彼が薪を一本足した。


「マリーズの寝息は静かだし、慣れるよ。テランスは……ほら」


 たき火を挟んで反対側にある男子用の天幕から、ゴゴ、と唸り声のようないびきが聞こえてきた。思わず苦笑いをすると、彼は肩をすくめた。

 無言で火に当たっていると、「そういえば」と彼が言った。


「僕らが冒険者になった理由は言ったけど、ごめん、チャヤちゃんのを聞いてなかったね」


 チャヤは少しためらい、口を開いた。


「えと……師匠に教えられた相撲拳闘術を活かしてみたくて。それで冒険者がいいな、って」

「……本心、かな?」

「え」


 どきりとした。心音が大きくなった気がする。


「そんな気がするんだ」

「……」

「昔の僕に似ている気がして、放っておけないんだ。ごめんね?」

「似ている? どういうことですか?」


 エタンはやや目を伏せ、逡巡しているようだった。


「実は僕、実の親がもういなくてね。ああ、隣の家のおじさんたちが迎えてくれたんだけどね」

「孤児、でしたか」

「うん。それで……君がシオリさんに向ける目が、昔の僕を見ているように感じてしまったんだ」


 チャヤは火を見つめてから、「はう」と声を漏らした。


「……私、孤児院にいました。その時、森でモンスターに会ってしまって。師匠たちに助けられました」

「それで憧れて弟子入り、ってこと?」

「どうなんでしょう。その時は純粋に『強くなりたい』って理由だったと思います」

「まっすぐだね」


 二人が黙ると、川のせせらぎとテランスのいびきが大きく聞こえた。エタンは見渡して見張りの任をこなし、また薪を追加する。


「チャヤちゃん……シオリさんにことってある?」


 一瞬意味が分からなかった。が、真剣な表情で見つめられたため、思い起こしてみる。


「……無いかもしれません。でも、私は娘じゃなくて弟子だから……それに師匠は今それどころじゃなくて……っ!」


 師匠の夫が行方知れずという内情までうっかり話しそうになり、口をつむぐ。師匠の許しもなく誰彼構わず言えることではない。軽率な自分が嫌になりそうだ。


「今のチャヤちゃん、とっても寂しそうな目だったよ」

「そんなこと……ないです」

「もしかして、本当はシオリさんの『』になりたいんじゃないかな?」

「!!」


 視界の炎が大きく揺れている。違う。座っている地面が揺れているような錯覚を覚えている。

 動揺しているのだ。

 チャヤは思わず立ち上がった。


「やめてください……私を裸にしないでっ……」

「ごめん、そんなにつらい思いをさせるつもりじゃ……」


 逃げ出し、天幕に入り込んだ。


 ――これしきで逃げるなんて……。

 ――もっと強くなって、師匠のためにパテュースさんを見つけないといけないのに……。


 自分に必死に言い聞かせた。

 だが、『師匠を喜ばせたい』、『師匠に褒められたい』、そして何より『師匠に抱きしめられたい』という欲望が心をかき乱し続けていた。

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