初クエスト、初戦闘

 『ヌンベル沼周辺のパトロール』。

 それがチャヤたちのパーティが受けた初のクエストだ。

 東の森の中にある沼の周辺を確認し、もし有害モンスターがいれば適宜駆除する、という内容だった。

 もしモンスターが全くいなくても基本報酬は受け取れるが、かなり安い。モンスターを倒して素材を納めれば、追加報酬ももらえるが、割りが良いとは言いにくい。運が多分に絡むため、ベテラン冒険者たちには人気の無いクエストだった。


 川伝いの道をしばらく進み、四人は昼食のため座り込んだ。

 せせらぎの音が心地よく、大きな魚が跳ねた。

 

「三人で村を出て、隣町でジョブの訓練をしたってわけだ。一年と少しの間だな」


 主に話題を振るのは《剣士》テランス。

 金属の胸当てと、四肢には革鎧。荷物も誰より多いのに、苦にせず歩いている。


「テランスは練兵所の教室、僕とマリーズは聖魔術院に通ったんだ」


 《修道士》エタンが話を補足し、三人の中に新規加入したチャヤを気遣ってくれる。新米ということもあり、彼の白い道士服はまだ新しい。

 

貴方あなたたち、女子が入ったからいつもより口数が多いじゃない。こんなことなら、デカ女じゃなくて男子を入れればよかったわ」


 そして、口の悪い《魔術師》マリーズが嫌味を言い出す。


「ご、ごめんなさい……」


 ローブ姿の背中に謝ると、エタンが苦笑いをする。


「気にしないでよ。マリーズは大兄妹の末っ子だからね。構ってほしいんだよ」

「ち、違うわ!? ばかエタン! リーダーを子ども扱いしないで!」


 怒声のマリーズをエタンとテランスが笑った。チャヤも釣られて笑うと、マリーズが赤髪を振ってこちらを睨んだ。すぐに笑みを消した。

 テランスが笑い終えると、口を開く。


「なあ、チャヤちゃん、シオリさんの弟子になってからどれくらい経つんだ?」

「えと、六年……」

「長いな! 確かにかなり鍛えられてるな。触っていいか?」


 チャヤが許可を出すより早く、テランスに二の腕を掴まれる。男子に体を掴まれるのは孤児院以来だ。くすぐったくなって、「あふ」と声を漏らした。


「硬いな。どれ」

「え……はきゃんッ!?」

「なんで女の子のお腹触ってんのよ!? 何が『どれ』よ! 変態っ!」


 突然腹肉を押されたチャヤはびっくりし、マリーズは怒声を上げた。エタンの耳は少し赤くなった。

 テランスはなぜそんなに怒られたか分からず不思議がる。


「母ちゃんも姉ちゃんも腹を触らせてくれたぞ。あと、店の女の子も」

「うるさい、マザコンシスコン! 色情魔! これ以上喋ると、舌を焼き切るわよ!」


 マリーズがキーキーと怒鳴ってテランスを蹴飛ばし始めた。

 ふと疑問に思ったチャヤは、顔まで赤くなり始めたエタンのほうを向いて――。


「エタンさん、『店』ってどんな店ですか?」


 エタンは目を泳がせ少し考えて、無垢なチャヤに「酒場じゃないかな?」と教え、彼女を満足させた。



 ◇


 昼食を終え、さらに進むとやっと目印の案内板を見つけた。

 道を逸れて森へ入り、三十分ほど進んでようやくヌンベル沼があった。

 全員の予想以上に時間が掛かり、「道理で人気が無いクエストのわけね」とマリーズが背嚢を下ろしながら毒づいた。


「さて、木が多くて歩きにくいし、隊列を組みましょう。わたくしが中央、エタンが殿しんがりとして……」

「俺が先頭だ。好きでもない女の尻は追いかけないタイプだからな」


 マリーズに「キモ……」と呟かれながら、テランスが先頭に決まった。チャヤは先頭から二番目だ。


 ヌンベル沼は静かで、見渡したところ、水鳥が泳いでいる以外特にモンスターの影はない。

 四人は、沼を右手に時計回りでパトロールを始めた。

 テランスが両刃の剣で邪魔な枝を払い、チャヤが沼側、マリーズが森側、エタンが時折後方を確認しながらゆっくり進む。

 

 チャヤが真後ろからの刺々しい視線を感じていると、マリーズから声を掛けられる。


「今さらだけど、よく裸足で歩けるわね。防具も『それ』しかないし」

「えと……《まわし》に加護がありますから」


 《力士》がよく言われる内容だった。

 東方の神々の加護を受けた《まわし》の着用者は、身体能力が上がり、特に耐久力は激増する。しかし代わりに、武器と防具が装備できなくなり、衣類にも制限が掛かる。結果、裸足で軽装になってしまうのだ。

 しどろもどろでマリーズに説明すると、他の二人も納得してくれた。



 しばらく進み、小屋ほどもある大きな岩が前方に見えるようになった。

 すると、テランスが振り返った。


「止まれ」


 小さく、しかし鋭い声で注意を促された。

 大岩の前に、人間の子どもほどの背丈の何かが立っている。

 マリーズが取り出した手帳をめくった。


「……亀鬼童タトラス・キッドね。シオリさんの講義で教えてもらったわ」


 ――師匠、そういうことを教えていたんだ。


 チャヤも手帳を覗くと、モンスターの特徴がびっしりと書き込まれていた。紙面を見ていると、気付いたマリーズに「見ないで」と恥ずかしそうに言われた。

 

 亀鬼童。

 亀鬼タトラス――東方でいう河童かっぱの近縁種――の幼体だ。

 幼体のうちは動きが鈍重で危険度は小さい。が、成体となると狂暴性が増し、かつ膂力が段違いに増す。幼体の内に駆除すべきモンスターだ。

 亀鬼は遥か上流の川岸に卵を産み、秋の嵐で卵が多く流される。目の前の個体以外にもこの辺りにはいるかもしれない。


 マリーズが手帳をしまい、杖を構えた。テランスは抜刀し、エタンは周囲を警戒する。チャヤは緊張の面持ちでキョロキョロ見回してからテランスと並んだ。

 マリーズが大きく息を吸い始めると、テランスから声が掛かる。


「チャヤちゃん、行くぞ」

「は、はひっ!」


 チャヤは声がひっくり返った。

 直後、二人は分かれ、駆け出す。気付いた亀鬼童がギーギーと木戸が軋むような鳴き声で威嚇してくる。


「不死鳥の火の粉よ。形を成し、わたくしの杖に灯れ。その形は『矢』。百本の内の一本。矢が向かうは眼前の敵」


 マリーズが、ベテランならば省略する箇所も教科書通りに唱え、杖を向ける。先端から火の矢が走り、前衛二人の間を抜けて亀鬼童へ向かう。

 が、わずかに逸れ、敵の背後の大岩に直撃し、ドォンと爆音を上げて矢が四散した。


「下手くそ!」


 先に到着したテランスが罵声を上げて斬りかかる。盾を前面に構え、袈裟切りで肩へ振り下ろす――。

 だが、肩より張り出している甲羅に剣先が接触してしまう。肉を切れず、甲高い金属音を沼の水面に響かせた。


「か、硬っ……ぐはっ!?」


 甲羅の硬さで指を痺れさせたテランスが二撃目をもたつくと、亀鬼童に頭突きを仕掛けられた。腹に直撃し、彼は尻餅をついてしまう。


「テ、テランスさんっ!? ……く、『轟車ごうしゃ押し』!」


 遅れて迫ったチャヤが、わざわざ技名を口にして体勢を低くする。足裏を地面に付けたままの『すり足』。両方の肘を脇腹に付け、掌を広げる。

 これは、衝突とともに敵を一気に押していく、いわば味方から敵を離す救援の技。

 亀鬼童の肩を手で押し、一気に押し込む。


――小さいぃ! ぬめぬめしてるぅ。


 体格と筋力ではチャヤが上。だが彼女にとって、こんなに身長差のある相手は初めてだった。緊張と焦りで、彼女は必要以上の勢いをつけてしまった。

 足をもつれさせた亀鬼童が後ろに傾き、甲羅を地面にぶつけて倒れ込んだ。――勢い余ったチャヤは腰が浮き、敵を跨いでから転がり、大岩に体をぶつけた。


「デカ女、大丈夫!? エタン、行って! 二人を援護よ」

「分かったよ……うわっ!?」


 マリーズの指示の下、エタンが錫杖を構える。駆け出そうとしたところで、足が止まった。

 なんと大岩の陰から、ひょこり、ひょこりと二体の亀鬼童が顔を見せたのだ。


「っ~~~~! 二人とも、あと二匹もいるわ! 撤退して!」


 マリーズが歯噛みしながら叫ぶ。一体でこんなに苦戦しているのに、三体となっては。

 しかし、立ち上がったテランスが剣を構え直す。


「くそっ! こんなやつらに退けるか!」


 彼は強がり、続行の姿勢を見せる。だが、チャヤが「ううぅ」とうめきながら立ち上がろうとしているのを見て逡巡した。

 彼は三体を睨み回し……、やむなくチャヤに肩を貸して敵に背を向ける。


「初っ端から敗走かよ! ちくしょう!」

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