パーティ加入?

 街へ働きに向かう人々の群れの中、チャヤとシオリは冒険者ギルドに向かう。

 チャヤは自身のジョブである《力士》姿――裸足で、白の密着着レオタードと《黒まわし》姿――で、街を歩くことを気にしながら、シオリに尋ねる。


「あの……師匠はサヤカちゃんが働くことに賛成なんでしょうか……?」


 昨晩、チャヤは母娘を残して先に退室した。母娘はしばらく話していたようだが、まとまったのだろうか。今朝の稽古でも、二人はほとんど会話をしなかったが。

 シオリはため息を吐いた。


「採用面接だけは許したわよ。あの子、頑固だから」

「えっ、じゃあ、もし採用されたら……?」


 《白まわし》姿のシオリは口をすぼめる。


「しょうがないから働かせてあげるわよ。断れ、なんて言っても聞きそうにないし……でも、あくまでも『採用』されたら、だからね」

「そうですか……じゃあ、採用されたら先生は旦那さんを探しに?」


 チャヤが聞くと、シオリは立ち止まって西の空を見つめた。夫がクエストへ向かった方角だ。


「……分からない。もう三年だもの。生きてるとも思えないし」

「っ! そんなこと言わないでくださいっ」

 

 珍しくチャヤが声を荒げた。シオリを驚かせたが、彼女は少しして優しい表情を向けてくれた。


「気遣ってくれてありがとう。でも、私のことは気にしないで」


 その少し疲れたような笑顔に耐えられなくなり、チャヤは拳を強く握った。


「あのっ、私が――」

「私が、何?」



「――私が代わりにパテュースさんを探しにいきます!」



 意を決して言った言葉だった。

 シオリは目を見開いていた。だが、彼女はにっこりと笑って、次第に笑い声を大きくしていく。


「あんたは自分の将来だけ考えていればいいの。ほら、少しで着くわよ」


 ――本気にしてもらえてない……。


 チャヤは慣れない背嚢リュックの重みを肩に感じ、歩き始めたシオリを追った。



 ◇


 初めて入る冒険者ギルドの中は荒っぽそうな男女ばかりだった。チャヤは早速

気圧けおされてしまった。

 講師の仕事があるシオリは事務室のドアに手を掛ける。そこでチャヤへ手を振った。


「じゃあ、行ってくるわ。登録したらクエストでも見ててね……あ、前衛が少ないパーティがいたらチャンスよ! 自分を売り込むの」

「え……えぇっ」

「がんばりなさい、勇気を出すのよ」


 人見知りのチャヤに手を振って、シオリは部屋に消えた。一人ぽつんと残った彼女は辺りを見回す。

 珍しい《少女力士》に強面こわもての冒険者たちの視線が集まっていた。


 ――こ、怖いぃい……。


 チャヤは怯えた犬のようにプルプル震えてしまう。



 ◇


 結局、冒険者たちに声を掛けられないまま二時間が経った。

 冒険者登録だけは済んだが、緊張ですでに脇の下が湿っている。

 出されたコップの水を飲んだところで、奥からシオリが出てきた。安堵するチャヤが立ち上がる。


「ししょ~~~」

「何よ、情けない声出して……ははあん、さては怖くて冒険者に声掛けられなかったのね……」


 心細さから解放されたチャヤがこくこくと首を縦に振った。呆れたシオリがチャヤのテーブルまで来ると、後ろにいる三人の若い男女に手招きをする。


「そんなことだろうと思って、この子たちに声を掛けたのよ。本当にうちの弟子は頼り無い……」

「この子がシオリさんの弟子の《力士》? 本当に大丈夫なのかしら?」


 《魔術師》のローブを羽織った少女がシオリの言葉を遮り、チャヤをねめつけた。赤の長髪をなびかせ、吊り気味の目でじっと見上げてくる。


「体は立派そうだけど、ビクビクしていてまるで生まれたばかりの子牛。貴女あなた、本当に前衛職として戦えるの?」


 赤髪の少女にかなり失礼なことを言われ、チャヤは怒りを抱くより先に唖然としてしまう。

 そこへ、帯剣して円盾を持つ金髪の少年が口を挟む。


「マリーズ、そんなこと言うなよ。お前よりよっぽど素直そうで、愛嬌があるだろ?」

「ねえ? わたくしに愛嬌が無いって言ってるの?」


 少女が突っかかった。チャヤが戸惑っていると、三人目の銀髪の小柄な少年が「まあまあ、二人とも」と割って入る。上下とも白い服で錫杖を持っている。《修道士》だろうか。


「注目されてるから、少し静かにしよう。……あの、マリーズの口が悪くてごめんね?」

「え、ぁ、ううん……」


 チャヤは慌てて首を振った。穏やかそうなこの男の子が一番話しやすそうだ。

 そこへ、しばらく黙って眺めていたシオリが口を開いた。


「みんな元気でいいわね。とりあえず最初は自己紹介から。何事もそこからよ。ほら、チャヤ」

「えっ……えと、えと……チャヤ、って言います。《力士》です……さっき冒険者登録しました……あ、十五、いえ、昨日で十六歳、です」


 顔を赤くしたチャヤは、三人をちらちらと順番に見て話した。

 

 次は、剣士風の少年が鞘をカチャリと鳴らして前に出た。


「四人とも十六で同い年ってことだな。俺はテランス。ジョブは見ての通り《剣士》。俺たち三人は同じ村の幼馴染、いや、腐れ縁って言ったほうがいいな」


 快活な挨拶だった。だが、隣の赤髪の少女は思い切り嫌そうな顔をする。


「腐れ縁って貴方あなたね……貴方たちの家庭と違って、わたくしの所は村長一家なのよ」

「そうだけど、お前、末っ子の四女だろ? あんまり偉くないだろ」

「貴方ねえ! っ~~、まあ、いいわ。シオリさんの前だし、大目に見てあげる」


 「こほん」と咳払いをした赤髪の少女が薄い胸を張り、腕の長さほどの杖を掲げた。


「わたくしはフォルタン家のマリーズ。炎系統の《魔術師》であり、この村人二人のリーダーよ!」


 チャヤはこちらを向くマリーズから目を逸らしてしまった。

 リーダー。そう断言された。《剣士》テランスも否定しない。

 偉そうで苦手なタイプだ。このマリーズの下で本当に働けるだろうか。

 

 最後に、小柄な少年が冬の朝を思わせる銀髪を揺らし、チャヤのほうを向く。


「僕の名前はエタン。ジョブは《修道士》。加護の属性は『光』で、主に『結界』『回復』『浄化』、あと『洗浄』も使えるよ」


 加護を指折りながら、やや高めの声で丁寧に名乗ってくれた。チャヤが「ありがとうございます」と口にしてから、はっとして他の二人にも謝意を伝える。


「そういうわけだから……」

 マリーズが見上げてくる。


「わたくしたちのパーティは、前衛がのテランスしかいないの。貴女、暇なら手伝いなさい?」

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