第4話 道を示せ、されど何処にも行けぬ
方向音痴なのである。それも典型的な。
どれくらいかというと、幼少期は自宅のある団地で迷子になった。
まっすぐな道で店に入ると、右と左のどちらから来たのか分からない。商業施設のお手洗いで出口を見失う。居酒屋で個室に戻れない。駅から出た瞬間に逆方向に向かって歩き始める。会社の通勤路で、一本違う横道に入ると迷う。徒歩で行ける道も、自転車になると分からない。
このご時世、スマホの地図アプリを見れば迷わないだろう。
そう鼻で嗤う方もおられるだろうが、そうは問屋が卸さない。迷うのだ。持ち物だって飼い主に似る。私のスマホは方向音痴だ。いや、あまりに右往左往するからか、GPSが付いてこない。
文明の力が指し示す道標に従い歩いていたはずなのに、あいつら突然、ういういういー、っと迷った後で「居場所、違いますけど?」とこともなげに真逆に軌道修正をしたりするのだ。そんなことをされたら、もうお手上げである。信じていた母に、突然突き放された幼児も同然、ぽかんと口を開けて立ち尽くしかない。
その上、というかだから迷うのだが、私は電車の乗り換えが激し目に苦手だ。通い続けている美容室にも、毎回路線案内を見なくては辿り着けない。
あまり自信がない道だと「こんなに歩いただろうか? ここいらで、曲がっておくか」と謎の判断を下して曲がってしまう。電車でも同じだ。この辺で乗り換えても良いはず。良いはずがない。
同じ方向音痴の友にも不思議がられるのだが、一番私が困惑するのが「行けるけど帰れない」だ。そもそも店を出た瞬間に、もうどちらへ向かえば良いのか分からないのだから、仕方がない。店に入る前と、店から出てくる私とは、すでに違う私なのだ。何言ってんだ、こいつ、と思うだろうが、行きと帰りとでは進行方向が違うのだ。判るわけがないだろう!
そもそも右とか左とか言われても、実は咄嗟に左右がわからないのだ。そっと心臓を探り当て、こっちが左、と確認している間に、道案内は終わり、曲がり角は行き過ぎる。そうして私は、文字通り、路頭に迷うのだ。
そんな私にも、唯一迷わない方法がある。番地を見ながら行けば辿り着けるのだ。
ここが4丁目5番ならば、目的地はあとどれくらい。
しかしながら、最近、あの番地を記したプレートが見当たらない。しゅんとする。仕方がないので、空を見上げる。なんとなく、あっちだ。
何の根拠もなく、自信満々に私は歩き始める。そうしてまた、この果てしのない地球の上で、彷徨うのだ。
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