第3話 春はまだ遠く
よくフラれる。
それも向こうから言ってきたくせに。
モテるという自慢ではない。むしろ汚点だ。人とまともにコミュニケーションが取れていないのが原因だろう。わかっている。
が、そもそも、あちらが誘ってきたのだ。それも過大な期待と妄想を携えて。
私は、多分、見た目と中身が乖離しているのだ。黙っていれば大人しげで儚げなのだろう。最近でこそ標準体型だが、もともとかなり細かった。燃費が悪いのだ。食べるそばから暑くなる。平熱は37.2℃、真冬でも午前中は5分も歩けばブラウス一枚でも汗だくだ。故に、どうしても体重が増えなかった。今は昔だ。一昨年あたりから体重が減らない。己の体質に甘えた結果だということは存じている。運動しよう。
そんなこんなで、私は成人女性にあるまじきレベルで体重が軽かった。鎖骨なんて女優並みに浮いていた。顔は……触れずにおいていただきたい。平均中の平均の顔である。子供の頃はあらゆる場所で誰かに間違えられた。どこかで見たような顔なのだ。
派手ではなく、線も細く、動きはゆったりである。貧血だから。
故に、とてもお淑やかだと思われるらしい。初見が大人しいのは、ただの人見知りである。
さらに、正直言って、他人にほとんど興味がない。その上、接客業上がりである。興味がない人に対する態度が、接客モードなので、ものすごく愛想がいい。自動切り替えなのだ。自分の話す声が接客時と同じなので「あ、私、この人に興味がないんだな」と知る。
そんな相手でも、接客なので、楚々として微笑みかける。それ故に、誤解されるのだ。「なんて大和撫子な子なのだろう。さあ、僕とお茶に行きませんか」
しかしながら、私の中身は粗暴である。野犬である。こちとら気の短い江戸っ子でえ。売られた喧嘩は高値買取、返品不可、だがしかし、負ける喧嘩は買わない。
加えて、男ばかりの職場で働いていたせいで、口調が雑だ。ごめんなさい、嘘だ。それは昔からです。基本的に怒らないけど、腹が立つとすぐに「うるせえなあ」と言ってしまう。オマエとテメエは流石に言わない。
そして。浅はかな知識でマウントを取ってくるタイプが死ぬほど嫌いだ。
ググればわかる知識、出典の知れるビジネス書からの引用、Yahoo!ニュースに載ってるやつ、それを鼻高々に「教えてやるよ」という態度で来られると、大人気なくマウントを取り返す。感じが悪い。私が、だ。
こちとら周りに、海よりも深く山よりも高く、樹海よりも入り組んだ知識をもつ様々なジャンルのオタクの友や、職場の同僚がいるのだ。彼らの話を聞き慣れていると、その辺の小学生でも知っている内容でマウントを取られることが、ひどく時間の無駄に思えてくる。
なぜ、自分の得意ジャンルで戦わないのか。そもそも戦う気じゃないのか。だが、相手が一度でも牙を向いたら最後、私は喉笛に噛みつこうとする。
そこまで荒事にならなくても、仕事の話をされると、若干私は熱くなる。別に壮大な野望や、美しい理想があるわけじゃない。単に仕事が好きなのだ。遊びのひとつだと思っている。だからつい、好きな漫画を語る勢いで、仕事を語ってしまう。
もうひとつ、我慢ならないのが、平日昼間の「どうして返事くれないの」というメールだ。仕事してんだよ。楽しく夢中で仕事してんの。Twitterは見られても、返事をゆっくりしたいメールは今見てねえんだよ。
そして私は、メールの返信が、絶望的に遅い。友人に再三怒られたのでどうにか当日返せるかな、くらいには改善された。家に帰ってスマホ見たくないことなんて、あるじゃん。
挙げ句の果てにやってくる「趣味と僕のどっちが大事なの」。比べるものでもないと思うが、どうしても比べたいと仰るので比べますけどね。比べるまでもなく、趣味ですけど、何か⁈ せめて、僕と趣味とどっちが面白い、て聞いてくれませんかねえ。趣味だけど。て、売り言葉に買い言葉でキレますよ、みなさん、わかるでしょ?
と思わず誰かに同意を求めてしまうほどに、ちょっとイラッとする。
その結果。
数週間後に言われるのだ。
「思っていたのと違かった」
おい、ちょっと待て。思っていたの、ってなんだよオマエ。オマエとテメエは言わないんじゃなかったのか。テメエは流石に言わないけど、オマエはいうかもしれない。確か、エレベータで痴漢にあった時、痴漢の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけながら「おい、オマエ、ふざけてんじゃねえぞ」って言った。そうだ、テメエは言っていない。
「なんか、職場の同僚と話してるみたいで……」とすまなそうな顔で言われるのだ。知ってる。だって、職場の同僚と話してるつもりで楽しく話していたんだもん。
どうやら私の中で、己の性別の区切りが曖昧なのだ。身体や心が、というやつではない。単にニュートラルな状態で育ってしまったが故なのだ。楽しければ楽しいほど、性は曖昧になっていく。恋より先に友情が芽生えてしまう。そもそも、恋心なんて抱いたことがあっただろうか。
人として好き、の先に、この人がすごい好き、はあるのだが、それが恋なのかはよくわからない。今までの経験上、そこに至るまでの道は、果てしなく遠い。1年は待ってくれ。可能であれば3年欲しい。
でも、人はそこまで時間がない。すぐに見切りをつけて次に行く。せっかちな私だが、人付き合いに関しては、途方もなく気が長い。きっと私は他の人より、寿命が長いのだ。
だから、まだ、青い春はこれからやってくるのである。もう10代は遥か彼方後方に霞んでいるけれど。
春よ、こい。
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