第十四話 答え合わせ





「さっき病院から連絡があった。かなり衰弱はしていたが怪我は無かったし、命に別状は無いとのことだ。心の方は、まだどうなるか分からないらしいけどな」


「監禁されていたから仕方が無いですよね。一体どれぐらいの期間、あそこに閉じ込められていたんでしょう」


 柊は女性の姿を思い浮かべる。

 そのうつろな表情は、監禁生活の辛さを感じさせた。


「職場からの話だと、一ヶ月前に体調不良でしばらく休むと連絡があったきりらしいから、そのぐらいだろうな」


「一ヶ月、そんなにですか」


「食事は与えられていたそうだが、毎日のように暴言を浴びせられていた。最初の内は逃げようとしたせいで手錠を付けられて、もしも逃げたら殺すと脅されていたらしい」


「酷い」


 鳥居跡から語られる生々しい犯行の話に、柊は思わず口を覆った。


「本人はまだ口が利ける状態じゃないから、警察の方で証言しているの話から分かったことだけどな」


「……あれ? ちょっと待ってください」


 聞き流してしまいそうになった柊は、思わず止めてしまった。


「田中翔子? 白石雛の間違いじゃないんですか?」


 自分が聞き間違えたのではないかと思い、恐る恐るといったふうに確認する。

 尋ねられた鳥居跡はというと、訝しげな表情を浮かべた。


「いや、合っている。……もしかして勘違いしてないか?」


「勘違い?」


「美作、ここに依頼に来たのは誰だ?」


「何でそんなことを聞くんですか? 白石さんですよね?」


 今更なぜこんな簡単なことを聞くのかと、柊は不審に思いながらも答えた。


「やっぱりか」


 しかし彼女の答えに対し、鳥居跡は首を横に振った。


「あれは白石雛じゃなく、田中翔子だ」


「どういうことですか? 田中翔子さんは白石花奈さんの親友で、あの助け出した女性ですよね?」


 未だに理解することが出来ず、彼女は首をひねる。

 この事務所に来たのは白石雛だったはずだった。

 本人がそう名乗っていたのだから、白石雛だと柊は思っていた。


「ああ、そうか。警察の取り調べも俺が行ったから知らないのか。悪い悪い」


 全く悪びれた様子もなく、そして何かを納得したように鳥居跡は頷きだした。


「納得してないで私にも分かるように、ちゃんと教えてください!」


 一人で納得して答えてくれないので、彼女は思わずといった様子で机を叩いて抗議した。


「そんなに怒るなって。時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり説明していく」


「ちゃんと説明してくださいね。私だって当事者だったんですから。きちんと知りたいんです」


「分かっている。ちゃんと順番に説明していくから、そう興奮するな」


 鳥居跡はまるで暴れ馬を落ち着かせるかのように、両手を上げて対応する。


「話してくれるのなら、私だって怒りませんよ。鳥居跡さんが変な風に遠回しにするから、ずっとモヤモヤしてイライラしてしまうんです」


「悪かったって。それじゃあ、何から話そうかな」


 腕を組んだ彼は、少しだけ考えて話を始めた。


「白石花奈が死んだのは半年前らしい。そして犯行が始まったのは一ヶ月前。五ヶ月の期間をかけて、田中翔子は白石雛に成り代わるための準備をしていたそうだ」


「成り代わる……」


「近所の住人の話だと、少し前から田中翔子の姿を見かけるようになったらしい。姉を亡くしてふさぎ込んでいる白石雛の身の回りの世話をする目的で来たと言っていたそうだ」


「念入りに準備していたんですね」


「そうらしい。俺達が行っていなかったら、もうしばらくは犯行はバレなかったかもしれないぐらいにはな。下手をすれば、誰も知らないままだった可能性だってある」


 もしも犯行が露見しなかった場合、白石雛だった女性はどうなっていたのだろうか。彼女は考える。

 あの部屋に監禁されたままだったのか、それともどこか別の場所に連れていかれたのか。

 そのまま衰弱して死んでしまった可能性だってあった。

 ありえたかもしれない事実に、思わず身震いする。


「白石雛の元に来て、何を言ってこの家に入り込んだのかは知らないが、恐らく白石花奈が死んで辛い。少しの間だけ、思い出に浸らせてくれないかとか、そんな感じだろう」


 まるで見ていたかのような言い方である。

 彼にとって行動を予測することはたやすいようだ。


「人が良い白石雛は、喜んで受け入れてしまった。初めは警戒されないように、大人しくしていたはずだ。逃げ道を防ぐ前に気づかれたら、計画が台無しになってしまうからな。そして準備が整ったら、実行に移った」


 鳥居跡は、飲んでいた紅茶のカップを見る。


「珍しい紅茶が手に入ったと言って、睡眠薬入りのお茶を飲ませ眠らせた。これと同じものでな」


 その言葉はただでさえ飲みづらくなっていた紅茶を、完全に飲めなくした。


「目が覚めたら、自身の部屋で手錠を付けられて監禁されていた。これが監禁までの流れらしい」


「どうして、こんなことをしたんですか。おととい言っていたように、雛さんを憎んでいたから……?」


「それもあるが、一番の理由はブローチだ」


「ブローチ? 見つけてほしいと依頼してきたものですか」


「そうだ。あのブローチを自分のものにするために家に入った。そして自由に探し回るには、好き勝手出来るようにしなければならなかったから、白石雛を拘束したわけだな」


「そんな勝手な」


「勝手なのは分かっていただろ。それでも欲しかったということだ」


 花奈が残したブローチを手に入れたいから、それだけの理由でここまでの事態を引き起こした。

 それは柊にとって信じられない思考であった。


「でも全く見つからないから、依頼することにしたらしい」


「見つからなかったら、どうするつもりだったんでしょうか」


「さあな。タイムリミットがあったから、諦めた可能性もある」


「タイムリミット? 仕事場に休みが長すぎてバレるとか、そういうことですか?」


 タイムリミットという言葉に、柊は首を傾げた。


「違う。本当なら後一週間で帰ってくるはずだったんだ」


「誰が?」


「白石雛の両親だ」


「へ?」


 思わぬ言葉に彼女は首を傾げたまま、口を大きく開けるという変な状態になってしまった。


「両親? あれ? どういうこと?」


 完全に混乱していて、左右に何度も首を揺らしている。


「私の勘違いじゃなければ、仏壇のところに遺影がありましたよね」


「あったな」


「でも本当は生きていた」


「夫婦で世界一周旅行に言っている最中だったそうだ。それから帰ってくるのが一週間後だったらしい」


「生きているってことは、あの遺影は誰が用意したんですか?」


「まあ田中翔子だろうな」


 雛の両親は生きていた。

 その事実を知り、今までで一番彼女の背筋が凍る。

 両親がいないということの辻褄を合わせる意味があったとはいえ、そんなものまで用意した翔子に恐怖しか感じなかった。


「両親の方には警察から連絡して、今日帰国して白石雛の病院にすぐ行ったそうだ。家族からのケアで、少しは回復しやすくなればいいんだけどな」


「きっと大丈夫です。生きてさえいれば、いつかは元気になります」


「そうだな」


 力強く断言した彼女に、いつもは現実ばかり突きつけるような鳥居跡も同意した。


「まだ、気になっていることがあるんですけど……あの日のことで」


「分かっている。その前に紅茶が冷めたな。おかわりいるか?」


「えーっと、私はいつもの緑茶を飲もうと思います」


 まだ話は終わっていないのだが、一旦お茶を淹れ直すために中断された。





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