第十二話 部屋の中の女性





「翔子さんですよね?」


 柊が名前を呼んでも、部屋の中にいた女性は返事はおろか反応すらしなかった。


 ただ立っているだけで、その視線は生気というものがともっていない。

 柊がまた名前を呼ぼうとした時、後ろから肩に手を置かれた。


「……師匠。白石さんの方は大丈夫ですか?」


「ああ、暴れるから軽く拘束しておいた」


「……それは大丈夫なんですかね……?」


 拘束という言葉に彼女は心配になったが、それでも今の状態なら仕方がないと目をつむった。


「師匠、彼女は」


「ああ、分かっている」


 鳥居跡に手伝ってもらい立ち上がると、女性のことを紹介しようとした。

 しかしすでに知っていると言われ、紹介を止める。


 立ち上がった柊よりも女性の方が背が高く、百七十センチは超えている。

 鳥居跡が現れても反応が無く、ただ立っていた。


「あの、どうしますか?」


 閉ざされた部屋の中から、女性を助け出したのはいいが、ここからどうすればいいか困ってしまい、柊は鳥居跡の判断を待つ。


「そうだな。とりあえず」


「とりあえず……?」


「一階に行って、話でもするか」




 ♢♢♢




 ふらふらとする女性を介助しながら、三人は下に降りた。

 そして白石が待っているリビングに入った。


「……開いたんですか」


 女性を引き連れているのを見た白石は、ため息を吐いた。


「開けないと思ったんですけどね。少し考えが甘かったみたい」


 そして、悪びれた様子も無く笑う。

 軽く拘束をしておいたという鳥居跡の言葉通り、椅子に座らされて、その手首にテープが巻かれていた。


「翔子さんに対して酷いと思わないんですか? あんな風に閉じ込めて」


「酷いって言われても……今更ですよ。やると決めた時点で、後悔はしないって覚悟しているんです」


 あまりにも酷い白石の態度に柊は怒るが、全くその言葉は届いていない。


「どうしてそんな酷いこと!」


「美作、落ち着け」


「でも! ……分かりました」


 今にも殴りかかるのではないかというぐらいの勢いだった柊を、鳥居跡がなだめた。

 それでも納得が出来ないようで反論しかけたが、強い視線を向けられ大人しくなった。


「しつけがなっていなくて、すみませんねえ」


「いえ。何も知らない真っすぐさは良いと思います。好ましいです」


「それがとりえです」


 褒めているのかけなしているのか微妙なラインだが、鳥居跡は誉め言葉として受け取る。

 連れてきた女性をソファの端に座らせて、鳥居跡、柊の順に座った。

 ちょうど白石と鳥居跡が向き合う位置である。


「さっさと私を警察につき出さないんですか?」


「用が済んだら、そうします」


「あら残念。見逃してくれないんですね」


 警察という言葉を自ら発し軽口を叩く姿に、柊の怒りは再燃したが拳を握り抑えた。


「今更話をして何になりますか? もう分かっているはずですけど、私がそこにいる人を部屋に閉じ込めていた。それだけのことです」


 言い訳も弁解もする気は無いようで、潔く罪を認めている。

 しかし、それだけでは鳥居跡は満足出来なかった。


「俺が知りたいのは、ここまでした動機です」


「動機? それを知って何になるの? 私の罪が軽くなるわけじゃない。教える必要は無いでしょう」


「俺がただ知りたいだけです」


「そう。悪趣味なのね」


 悪趣味と評価しつつも、特に気分を害している様子は無い。

 むしろ楽しんでいるようだ。


「そんなに知りたいのなら、教えてあげましょうか。どうせ警察でも同じことを聞かれるでしょうけど、予行練習だと思えばいいし」


 白石はそっと息を吐くと、ぼんやりと遠くを見ている女性を睨みつけた。


「昔から大嫌いだった。いつも花奈の傍にいて、邪魔だったのよ」


 心の底から憎しみの感情を抱いている。

 自分に向けられたわけではないのにも関わらず、柊は自分の体を抱きしめた。


「ガンだって分かった時もそう。私が花奈の心の支えになりたかったのに、しゃしゃり出てきて、後は自分がやりますからって。何様のつもりよ。ふざけるんじゃない。そのせいで私は死に目に立ち会うことが出来なかった」


 話しながらその頬に涙が伝うが、手首を拘束されて拭うことが出来ないからか、そのまま流し続けていた。


「花奈のお葬式の時、そいつ私になんて言ったと思います?」


「さあ。なんて言ったんです?」


「生前の花奈が弱った自分の姿を見せるのを嫌がっていたから、どうか顔が見ないでやってくれって。それで頑なに拒否されて、私だけ最後の顔を見ることさえも叶わなかった。燃やされていく棺を眺めるしかなかった私の気持ちが分かる? 分からないでしょう?」


 その時の光景を思い出しているようで、椅子が倒れるのではないかというぐらい彼女は身をよじって、内に秘めていた怒りを吐き出した。


「それなのに花奈は大事にしていたブローチを、そいつに残したんです。私の方が一緒にいたのに! 花奈のためなら何でもしたのに! おかしいでしょ!」


 白石の悲痛な叫びに、柊は同情してしまいそうになった。

 花奈をとても大事に思っていたことは、今までのことから十分伝わっていたので、自分が同じ立場だったらどうしていたかと考える。

 ここまでの事態を起こさなかったとしても、憎んだ可能性はあった。

 完全に許していいわけではないが、情状酌量の余地があるのではないか。

 思わず憐みの目を向け、そして向けられた感情に気づいた白石は花奈で笑った。


「だから全部私のものにした。いいえ、違う。本当は私のだったから、取り返しただけ。何も悪くないわ」


 笑う白石は、今までで一番美しかった。


「だからね許してもらわなくてもいいし、罪を償う気なんてさらさらないの。ただ……」


 そして覚悟を決めた目をしていた。


「そいつが死んでくれたら、それだけでいい!」


 体を揺さぶっている時に、手首を拘束していたテープを緩ませていた彼女は、隠していたナイフを持ち女性をめがけて振り下ろした。

 ナイフが迫ってくるのにも関わらず、女性は逃げることも悲鳴を上げることもせず、ただ無感情に見つめるだけだった。


 ナイフが女性の体を突き刺す。

 そんな最悪の結末を見ていられず、柊は悲鳴を上げた。




 ♢♢♢




 パトカーと救急車を見送り、野次馬の視線から逃げるように柊と鳥居跡は車へと乗りこんだ。


「……これで終わったんですよね」


 心身ともに疲れ果てていた彼女は、背もたれに深く体を預ける。


「今日はよく頑張ったな。でも残念ながらまだ終わっていない」


 そんな彼女をいたわりつつも、鳥居跡は現実を突きつけた。


「まだ何かあるんですか?」


 もう何もかもこりごり。

 彼女はそう思ったが、まだあるという事実を知らないままではいられなかった。


「今日は遅い。今度のアルバイトの時に説明する。家まで送るから、今はゆっくり休め」


「……はい」


 体力の限界だったこともあり、目を閉じてすぐに眠りに着いた。

 そんな彼女の姿を鳥居跡は横目で確認すると、起こさないように細心の注意を払いながら車を発進させた。




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