第十一話 作戦開始





 花奈の部屋から出た鳥居跡と柊は、白石のいるリビングに行った。

 紅茶を飲んで落ち着いていた白石は、二人が入ってくるのに気がつくと、柔らかく微笑む。


「ブローチ見つかりませんでしたか?」


 ブローチが見つからないことに焦っている様子はないが、柊は笑顔を向けられて思わず肩が跳ねてしまった。


「残念ながらブローチは見つかりませんでした」


「ブローチは、ということは何か他に見つかったんですか?」


 白石は、鳥居跡の言葉の中に含まれた意味に気が付く。


「そうなんです。でもその前に、お茶をもらってもいいですか」


「え? はい。分かりました」


 鳥居跡は別に喉が渇いているわけではなかった。

 ただ時間稼ぎをするために、あえて白石に頼んだ。

 まさか頼まれるとは思わず一瞬呆気にとられていたが、すぐにお茶を用意しに行った。


「……師匠、大丈夫でしょうか」


「作戦通り、落ち着いてやれ」


「はい」


 小声で指示され、まだ少し震えていたが覚悟して頷いた。


「先ほど気に入っていたようなので、同じ紅茶にしました」


 すぐにお盆に紅茶を乗せた白石が帰ってきて、そしてテーブルに座るように促す。

 二人は何も言わずに座ると、紅茶に手をつけた。


「それで、何が見つかったんですか?」


「その前に聞きたいことがあるんですけど、そちらの話をしてからでもいいですか」


「……分かりました。それじゃあ先にしたい話は何でしょうか」


 本題に入らない鳥居跡に対して、少し白石は苛立ち始める。

 しかし彼はどこ吹く風とばかりに、マイペースに進め出す。


「お姉さんのブローチなんですが、いつ見たことがあるんですか?」


「それは、何の関係があるんでしょう。それを話して見つかるんですか?」


「大事なことです。お答えください」


 何故そんな質問をされるのか分からず、彼女は訝しげな表情を浮かべる。

 しかし大事なことだと言われてしまえば、答えるしかなかった。


「姉が昔つけていたのを見たことがあったんです」


「写真は無いんですか?」


「大事な時につけると言っていたので、探したんですけど見つかりませんでした」


「そうですか。聞きたいことは以上です。話を戻しましょう」


 そらした本人が言うことではないが、誰からも文句は無かった。


「お姉さんの部屋を探していて、こちらを見つけました。ぐちゃぐちゃになっていますが、これは机の引き出しの奥で巻き込まれていたので、見つけた時からこの状態だったんです」


 鳥居跡が先程柊が見つけた手紙を、テーブルの上に置いた。


「お姉さんの親友である翔子さんに宛てたものみたいですが、見覚えはありますか?」


「……いいえ。こんなものを残していたんですね」


 じっと手紙を見つめる白石の表情は、下を向いているせいか読めなかった。

 ただ、その声が少しだけ震えているように聞こえる。

 そしてゆっくりと手を伸ばしたのだが、届く前に鳥居跡が自身の方に引き寄せた。


「……何ですか?」


「いえ。これは翔子さん本人が見た方がいいと思いまして。この通り、封も開いていないようですし」


 鳥居跡に視線を向けた白石の表情は、苛立ちを完全に表に出していた。


「私が責任を持って渡します。だからこちらにください」


「翔子さんに、今連絡を取ることは出来ますか?」


「忙しい方ですから、今は迷惑になってしまうと思います」


「本当ですか?」


「本当って、まるで私が嘘をついているみたいな言い方をしますね。早く渡してください」


 手を差し出し、有無を言わさないように命令しているが、鳥居跡が怯むことは無かった。


「直接本人に渡したいですから、こちらでお預かりしておきますよ。次回来る時にでも、呼んでください」


 むしろ挑発的な態度で、手紙を懐にしまおうとする。


「無理です。連絡が取れません」


「どうしてですか?」


「それは……」


 言葉に詰まってしまった白石は、視線をそらす。


「それを教えてくれるか、連絡をとってもらえるまで渡すことが出来ませんね」


「……そこまで言うのなら依頼を取り消します。そうすれば手紙を渡さなかったら、盗難になるでしょう」


 挑発をしすぎたせいで、最終手段ともいえる態度をとられる。

 柊は動揺してしまったが、鳥居跡は全く変わらなかった。


「それは隠したいことがあると言っているのと、同じだと思いますけどね。教えられない理由があるのは分かりました。……美作」


「はい!」


 彼が柊の名前を呼ぶのは、作戦決行の合図だった。

 緊張しながらも、ポケットの中から塩を取り出し蓋を開けた。

 そして白石に向かって、勢いよく振りかけた。


「きゃっ!」


 鳥居跡の方に集中していたせいで、完全に無防備だったおかげもあり、その攻撃は目に直撃する。

 白石はあまりの痛さに目も開けられていられなくなり、顔を手で覆いながらうずくまった。

 柊はそんな彼女の元へ駆け寄ると、彼女の服を探ってそこから鍵を見つけ出した。


「師匠! ありました!」


「早く行け!」


 鍵を掲げてアピールした彼女に対し、鳥居跡は叫んだ。

 その言葉に弾かれるように、彼女は飛び出す。


「止めてください!」


 背後から白石の悲痛な叫び声が聞こえてきたが、止まることは無かった。

 まっすぐに花奈の部屋へと走ると、ドアノブの方の鍵穴に差し込もうとした。

 しかし、全く合わない。


「こっちじゃなければ……」


 合わないということにパニックになることなく、彼女はしゃがみ込んだ。

 そして下にある鍵穴に差し込めば、今度はすんなりと入る。

 回せば開く感触がして、彼女はのんびりしている暇はないと、ドアノブを掴みながら立ち上がった。


「中から鍵が!」


 ドアノブの方の鍵もかかっているみたいで、扉が開かない。

 鳥居跡が足止めをしているとはいえ、いつ白石がここまで来るかは分からなかった。

 下の鍵は後付けのものだとして、ドアノブについている方は元からあったものである。


 中から鍵をかけるタイプ。それならば中から開けてもらえばいい。


「いるんですよね? 鍵を開けてください!」


 そう考えた彼女は、扉を勢いよく叩きながら声をかけた。


「お願いします! 私はあなたを助けにきたんです!」


 必死の呼び掛けに、なんのリアクションも返ってこない。

 扉の向こうに本当に人がいるのかと心配になるほど、全く気配が無かった。


「誰だか知らないですし、私のことも知らないでしょう! でも信じてください!」


 下の方が騒がしくなる。

 鳥居跡が抑えきれなくなっているようで、悲鳴のような声まで聞こえてきた。

 この声を聞いて不審に思った近所の住人が、警察に連絡してしまえば不利になるのは鳥居跡や柊の方だ。

 そうなれば、二度とこの家に入ることは叶わなくなる。

 柊は焦りながらも、向こうにいる人を怖がらせないように言葉を投げかける。


「お願いします! お姉さんに、花奈さんに頼まれたんです。妹を助けてくれって……だから開けてください! どうか、どうかっ」


 最後には扉にすがりつくように、体を預けた。

 誰かが階段を上がる音が聞こえてきて、彼女はタイムオーバーだと諦める。


 そんな彼女の耳に届いた鍵が開く音を、最初は空耳と思ったようだ。

 しかし扉が内側に開いたことで、バランスを崩して床に倒れこんだ時に、ようやく状況を把握した。


 すぐ目に入ったのは、白い女性の足。

 まさかまた花奈の幽霊かと思い、恐る恐る顔を上げた先にいた人物に目を見開いた。


 写真で見た時よりも少し髪が伸びていて、そして目の下にくまがあり、今にも倒れそうな姿。


「しょ、翔子さん……?」


 名前を呼んだ柊を、ぼんやりとした目で彼女は見つめた。




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