第十話 花奈の部屋の手がかり





「時間が無いって、どうすればいいんですか? この部屋を調べたら終わりにするって、白石さんに言いましたよね」


「ああ。だから急ピッチで何とかする必要がある。鍵のかかった部屋を何とか開くんだ」


「そうは言っても……鍵を持っているのは白石さんですよ。どうやって手に入れるんですか」


「そこだよな」


 部屋の捜索をする前に、二人は作戦を練っていた。

 ブローチを見つけることも忘れていなかったが、それにしても白石の挙動や家の様子に不審なものが多かった。

 そのため同時進行で家の方の捜索することに、相談した結果決まった。

 しかし調べるためには、花奈の部屋の鍵が不可欠である。

 それが最大の難関だと悩んでいた。


「どこかで隙を見せた時に、何とか鍵を手に入れることが出来ればいいんですけど」


「……隙ねえ」


「気をそらす何かがあれば……」


 しばらく考えていたが、いい考えは浮かばなかった。

 そんな中で、柊は認めたくなかったがトイレに行きたくなっていた。

 あんなことがあったのだから、もう二度と行きたくなかったのだが、我慢出来る感じでもなさそうである。


「し、師匠」


「何だ?」


「トイレに行きたいんですけど、一緒についてきてもらえませんか?」


「骨は拾ってやるから行ってこい」


 可哀想だとは思っても、鳥居跡は一緒についていく気は無かった。

 さすがに女子高生のトイレに付き合えば、変態と言われても否定は出来ない。

 そのため見送った。

 表情が清々しいものに見えたのは、彼女の気のせいか否か。

 恨めしく睨みながらも、一人でトイレに行くしかなかった。




 ♢♢♢




「う、うう……師匠の馬鹿」


 トイレへと繋がる廊下を進みながら、柊は鳥居跡に対して恨み言をこぼしていた。

 電気がついていても薄暗い廊下に、歩く足が震えている。

 それでもトイレに行きたいので、何とか前に進んでいた。


「うう。冷酷人間」


 気を紛らわせるように文句を言い続けながら、ようやくトイレにまでたどり着くと中を確認した。

 特に変わった様子もなく、何の気配もしない。

 とりあえず安堵して中に入ったが、それでも安心出来るわけが無かった。

 びくびくと怯えて用を済ますと、急いで飛び出した。



 そして目の前に、一人の女性が立っていた。


「ひいっ!」


 何とかぶつかる前に止まることが出来たが、それは彼女にとっていいことかどうかというと微妙なところである。


「え、へ?」


 彼女は目の前にいる人物の顔を見て、大きく口を開けた。

 開いた口が塞がらない、とはまさしく今の彼女の姿を現したものである。

 目の前にいたのは、見覚えのある人物だった。

 しかし、絶対にこの場にいるはずの無い人。


「お、お姉さん?」


 そこにいたのは、花奈だった。

 ガンで死んだはずなのに、何故か柊の前に立っている。

 よくよく見てみると、その体は透き通っていた。


 とても悲しそうな顔をして、そして何かを訴えようと口を動かしている。

 その姿には恐怖を感じさせるものが無く、柊は逃げずに立ち向かった。


「何ですか? 聞こえません。何が言いたいんですか?」


 口をパクパクと動かし続け、そしてその頬に涙が一筋流れた。


「教えてください!」


『……を……て……』


 柊の必死の叫びに反応したのか、途切れ途切れの声が聞こえてくる。

 それでもよく聞こえず、彼女は耳を澄ました。



『い……をた……て』




『いも……をた……けて』





『いも……とをた……けて』





『いもうとをたすけて』




 それだけを言うと、花奈の姿は消えてしまった。

 後は姿かたちも、痕跡すらも残っておらず、先ほどと同じように幻かのようだ。


「……妹を助けて? 白石さんのことを? 何から?」


 花奈の言葉を聞き取ったはいいが、逆に分からないことが増えただけだった。




 ♢♢♢




「し、師匠!」


「おーおー。今度はどうした」


 勢いよく部屋に入るのがデフォルトになってしまった柊に対し、鳥居跡も慣れたように出迎えた。


「さささささっき!」


「どうした。まるで幽霊にでも会ったような顔をしているな」


「そそそそそそそその幽霊に会ったんです! 今!」


「そうか。幻覚でも見たのか」


「違いますって! 本当に今見たんですって」


 息を切らして興奮している彼女に対して、彼の反応は冷たい。


「今まで見たことが無いのに、そんなほいほいと見られるわけないだろう。それに何で幽霊だって分かったんだ?」


「だって、白石さんのお姉さんだったんです!」


「それは本当か?」


 幽霊という話を全く信じていなかったが、その正体が花奈だという一言で流れが変わる。


「さっき写真を見たばかりですから、絶対にそうです! 私に言ってきたんです、妹を助けてほしいって」


「妹を助けてほしいね……聞き間違いは無いか?」


「はい。この耳でしっかりと聞きました」


 彼女は自信満々に頷く。

 真剣な表情で腕を組んだ鳥居跡は、しばらく何も言わずに考え込んだ。

 そして数分後、重々しく口を開いた。


「思っている以上に時間が無さそうだ。早く鍵を手に入れるために、使えるものを探す必要があるな」


「この部屋に何かあるかもしれないですね。他のところに行けば、怪しまれる可能性がありますし。あ、そうだ。お弁当を取りに行った時に、一応これも持ってきたんですよ」


「それは?」


 柊はポケットの中を探ると、そこから小ビンに入った塩を取り出した。


「何で塩?」


「もしかしたら使うかと思って。トイレの件もあって、幽霊が出た時に除霊出来るかなと」


「食塩でか? まあいいか。ないよりはあった方がマシだ。それも何かに使えるだろう」


 清められているものではなく、調味料として使うための塩に、思わず遠い目をしてしまった鳥居跡だったが何とか受け入れた。

 現在のところ装備品は塩だけなので、花奈の部屋を探し始める。

 白石が掃除をしていると言っていた通り、部屋の中は清潔に保たれていて、無駄なものは置かれていない。


 残っているものは生前着ていたであろう洋服と、使っていただろう小物類だけだった。

 ブローチを探しやすいという利点があるが、使えるものが見つからないという欠点もあった。


 オシャレなものではなく学習机をそのまま使っていたようで、ほとんどが空の引き出しを開けていた柊は奥のほうで何かが引っかかっているのに気がつく。

 音の感じからして紙だと予想し、破かないように気をつけながら、引き出しを上にあげて引っ張り出した。

 ぐちゃぐちゃになってしまったそれは、可愛らしいデフォルメされたハリネズミのイラストが書かれた手紙だった。


 表には見覚えのある花奈の字で、翔子へ、とある。


「あの人にあてた手紙か」


 柊は写真の女性を思い出しながら、封を開けようとした。


「ストップ」


 しかしその前に、鳥居跡に手を掴まれて開けることは出来なかった。


「な、何ですか? ちょっと確認していただけですよ」


 さすがに開いていない手紙を見るのは駄目かもしれないと思っていたので、彼女はバツの悪そうな顔をする。


「誤解するな。別に責めているわけじゃない。ただ開けるのは、少し待って欲しい」


「どうしてですか?」


「これが使えるかもしれない。上手くいけば隙を作ることが出来るはずだ」


「この手紙が?」


 ぐちゃぐちゃの手紙が、まさかそんなキーアイテムになるとは思えず、彼女は疑ってしまう。


「とにかく作戦を聞け。時間が無いんだから、他に方法が見つかるとは思えない。一か八かだが、やるしかないんだよ」


「……分かりました。私は何をすればいいんですか?」


 しかし鳥居跡の言葉に納得した。


「とりあえずは……」


 白石に聞かれたらまずいと、柊の耳元に近づき、小声で作戦を告げる。


「本当に上手くいきますかね?」


 内容を聞いて不安になってしまったが、鳥居跡の言う通り他に方法はない。


「ごちゃごちゃ考えずにやるぞ」


「分かりました」


 こうなれば、もうやけくそだ。

 なるようにしかならないと、柊は震える手を押えながら勇ましく立ち上がった。





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