第九話 おかしな家





 扉から離れた柊は、鳥居跡のもう一つの頼みごとを実行することにした。


 車に置いてきたお弁当を取りに行く。

 そうすれば部屋の外を動き回っていても、何とかごまかせるのではないかと、そう鳥居跡は考えた。

 どう考えても穴だらけだが、今のところは上手くいっていた。


 白石の部屋の前から離れ、家のすぐ近くに止めた車へと行った。

 あらかじめ車の鍵はもらっていたので、扉が開かないということは無かった。

 後部座席に置いてあるカバンの中から、お弁当箱というよりは重箱の大きさの包みを取り出した。


「保冷剤、入れておいてよかった」


 季節的に駄目になることはほとんどないが、それでももしもということがあるので、柊は安堵の息を吐く。

 抱えるように持ち、家の中へと戻った。

 落とさないように気を付けて階段を上がっていると、後ろから玄関の扉が開く音がした。


「えーっと、おかえりなさい」


「あ、柊さん。ただいまです。……お弁当食べるんですか」


「はい。師匠がお腹が減ったらしくて。すみません、これを食べてから調べますね」


「いいんですよ。ゆっくりしてください。お茶、淹れますね」


「あ、気にしないでください。水筒も持ってきているので、お姉さんの部屋でも大丈夫なら、そこで食べさせてもらいます」


「全然かまいませんよ。毎日掃除していますけど、埃っぽく無いですか?」


「全く埃っぽく無いです。わがまま言ってすみません。何かあったら聞きます」


 花奈の部屋を使う許可をもらい、柊は頭を一度下げてまた階段を上がろうとした。

 しかしその前に、ふと立ち止まり、何気なく尋ねる。


「さっきお弁当を取りに行こうと部屋を出た時、たぶん白石さんの部屋から物音が聞こえたんですけど……何かペットでも飼っていますか?」


「……どうしてペットだと?」


 笑みを浮かべていたはずの白石の雰囲気が冷たいものに変わり、柊は思わず震えた。


「いえ、何かが動いたような音に聞こえて。私の気のせいですね。きっと窓でも開いていて、風で物が落ちたんでしょう」


 取り繕うように早口で言うと、この場に一秒でもいたくなくて逃げようとした。


「物音が聞こえて部屋に行きましたか?」


 しかし回り込まれるように話しかけられてしまい、逃げることは出来なかった。


「い、いえ。部屋には入らないようにという話でしたから、行きませんでしたよ」


 視線をそらすのは何かを隠しているのと同じだが、柊はそこまで頭が回らず、バレバレの態度をとる。


「そうですか……部屋に行かなかったのならいいです。実はペットを飼っているんですよ」


 柊のそのおかしな態度に気がついているはずだが、白石は指摘せず、スイッチを切り替えたかのように、また笑みを浮かべた。


「そ、そうなんですか」


 ありえないぐらいの切り替えの速さに、柊は戸惑うが、話を続ける。


「ええ。とても臆病なので、私の部屋にいてもらっているんです。もしかしたら柊さん達の声に反応して、少し怯えているのかもしれません」


 頬に手を当てて小首を傾げる白石の姿は、見た目だけは綺麗だった。

 しかしその目の奥が、何の感情も抱いていないのに気づいてしまった柊は、喉の奥で悲鳴を上げると反射的に動いた。


「お弁当が悪くなっちゃうので、もう行きますね! あんまり遅いと師匠も怒るので!」


 相手の返事を待つことなく、勢いよく階段を駆け上がる。

 彼女は気がついてしまった。

 帰ってきた白石は、荷物はおろか何も持っていなかったことを。

 一体どこで何をしていたのだろう。

 最初のイメージとはかけ離れ、得体の知れないものを感じた。

 二人で話すのはもう無理だと、お弁当を抱き抱えながら、安心出来る鳥居跡の元へと走った。




 ♢♢♢




「そうやって入るのが流行っているのか?」


 今日二度目の飛び込むように入ってきた柊に対し、部屋の床に座って待っていた鳥居跡は声をかけた。


「い、色々あったんですよ」


「例えば部屋の物音の正体を尋ねて、ペットだって言われたり?」


「そうです。……ってなんで知っているんですか?」


「扉が少し開いていたから聞こえてきた。部屋も鍵がかかっていて開かなかったんだろう」


「そうなんですよ! 師匠、耳がいいんですね」


「普通だ普通」


 話をしながらお弁当の包みを広げると、近くにあった折りたたみ式のテーブルを組みたてて、その上に準備していった。


「部屋の前にいた時、中から物音がしたんです。白石さんはペットだって言いましたけど。なんか納得出来ないんですよね。はいどうぞ」


「ああ、悪いな」


 水筒のお茶を紙コップに入れて、鳥居跡に渡せば彼は温かいほうじ茶をゆっくりと飲んだ。


「簡単なものですし、お口に合うかどうか分かりませんが、どうぞ食べてください」


 お弁当の中には、梅、昆布、おかか、たらこの入ったおにぎりと、唐揚げやウインナー、玉子焼きなどが入っていた。

 昨日の夕飯の残りや冷凍食品も入っているが、立派な出来栄えである。


「いただきます……ん、上手い」


「良かったです。いっぱいありますので、遠慮なく食べてください」


 おにぎりを片手に、鳥居跡は次々と食べていく。

 その勢いの良さに、柊は嬉しくてどんどん勧める。



 中身のほとんどを鳥居跡が平らげると、ほうじ茶を飲みながら食休みをしていた。


「師匠って意外に食べるんですね。細いから少食か偏食かと、勝手に思っていました」


「食べても肉がつかないんだよ」


「それは女子からしたら羨ましい体質ですけど、実際に考えてみると大変そうですね」


「まあな。どんなに食べても食べた気がしない」


 今までアルバイトで事務所にいても、一緒に食事をする機会が無かった。

 そのため彼がここまで大食漢だと気づかず、彼女は驚いていた。

 お弁当はざっと見積もっても、五人前ぐらいはあった。

 それを簡単に平らげたのだ。しかも、まだまだ余裕がある。


「今度アルバイトをする時、何かお菓子でも作ってきましょうか?」


「何か作れるのか?」


「簡単なもので良かったら、お金の面もあるのでたくさんは作れませんけど」


「金ならいくらでも出すから頼む」


「はい、分かりました」


 あまりにもいい食べっぷりだったので、彼女が提案すれば食い気味に受け入れられた。

 そこまで彼は空腹に苦しんでいるようだ。


「でもお腹が空いているわりには、いつも食べているわけじゃないですよね。お腹減ってないんですか?」


「減ってる。でも我慢出来ないほど子供じゃない。どうしても我慢出来ない時は、これを食べる」


 そう言って懐から取り出したのは、携帯用の保存食料だった。

 お世辞にも美味しそうには見えず、彼女は引きつった笑みを浮かべる。


「私、たくさん、お菓子作ります」


「おう」


 完全に同情されているとは思わず、そのうち作られるだろうお菓子を楽しみにして機嫌が良くなっている。


「師匠、本当にペットがいると思いますか?」


「微妙なところだな。何か隠していることは確実だろうが」


「そうですよね。あ、そういえば気が付いたことがあるんですけど、鍵が付いていたんですよ」


「そりゃあそうだろうな。開かないんだから」


「そうなんですけど。違うんです。鍵が二つあったんです。ドアノブのところと、下の方に」


「鍵が二つねえ……」


 鳥居跡は向こう側にある花奈の部屋を睨む。

 まるで中を透けさせようとするみたいに、しかし実際には出来るはずが無いので、中に何があるのか分からなかった。


「これはもう少し、調べる必要があるかもな。それもゆっくりしている時間は無い可能性がある」




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