第八話 姉妹の部屋
「ああ、それは姉の友達です」
リビングに戻ると白石の姿があり、柊は手紙を勝手に読んだことを謝りつつ、写真の女性のことを聞いた。
すると簡単に答えが返って来て、彼女は拍子抜けしてしまった。
「お姉さんのお友達ですか。手紙の中に入っていたってことは、とても仲が良かったんですね」
「はい、確か名前は
「そうだったんですか。この手紙、お返ししますね」
写真と共に手紙を返すと、白石はそれを大事そうに懐にしまい込んだ。
「まだブローチは見つかっていませんよね」
「すみません。まだ見つかっていません」
「そうですか。疲れていませんか? 良かったら休憩でも」
「俺達はもう少し調べますので、申し出はありがたいですけど結構です」
白石の提案に、柊ではなく鳥居跡が答えた。
そのまま柊の肩を掴むと、引き寄せるようにして歩き出す。
「ちょ、師匠?」
「俺達は花奈さんの部屋を探しますね」
「は、はい。分かりました。もし休憩する時は声をかけてください。お茶を用意しますので」
「ありがとうございます。それじゃあ」
柊の言葉は無視して、花奈の部屋へと一直線に向かう。
そして部屋に入ると鍵を閉めた。
「鍵までかけてどうしたんですか? それにせっかく白石さんが誘ってくれたのに、あんな風に言うのは失礼ですよ」
「静かに」
鳥居跡の失礼な態度に柊は注意をする。
しかし彼は唇に人差し指を当てて、黙るように促した。
反射的に彼女は口を閉ざす。
静かになった部屋の中、二人が黙っていると、扉の向こう側から微かに音がした。
「誰でっ……」
声を出そうとした彼女だったが、口を押さえられてしまい、言葉を続けることは出来なかった。
口を押さえたまま、鳥居跡はスマホを取り出して操作する。
そして彼女に画面を見せた。
「……お姉さんの部屋を探して何も見つからなければ、今日は終わりにしませんか?」
「そうだな。ここも恐らく収穫は無い可能性が高い。依頼人には悪いが、一日じゃ無理だ」
「ブローチなんて小さいものを見つけるのは、やっぱり大変ですね。白石さんがまた元気を無くさないように頑張ります」
「とりあえず、この部屋を探すか」
「はい!」
二人が会話していると、部屋の扉がノックされた。
「すみません。白石です。少し買い物に行ってきますね」
言いたいだけ言うと、足音が遠ざかっていった。
完全に気配が消えたのを確認すると、鳥居跡は小さく息を吐いた。
「どうやら行ったみたいだな」
「どうして白石さんがいるのに気が付いたんですか? 全然気づきませんでした」
「表情がおかしかったから、なんとなくそんな気がしただけだ」
「それにしても驚きしました。急に口を塞がれるし、スマホの画面にセリフが書いてあるし、あんな感じで大丈夫でしたか?」
先ほどまでの二人の会話は、鳥居跡が急いでスマホに打って彼女に言わせたものだった。
どういうことだと疑問を感じながら、少し片言ではあったが何とかそれを読んだ。
「完全に大根だったけどな。扉越しだったから、何とかなったんだろう。顔を見られていたら一発でアウトぐらいは酷かった」
「あの場面では頑張った方じゃないですか」
「あー。まあ、よくやった」
「ありがとうございます!」
顔をそらしてはいたが彼からの褒める言葉に、彼女は満足げに笑う。
しかしその表情はすぐに曇った。
「私、何かやらかしましたか?」
「急にどうした」
「だって私が何かしたから、白石さんは聞き耳を立てていたんですよね。信用出来なくなるようなことを、知らないうちにしていましたか?」
落ちこんでいる姿に、鳥居跡は手を上げ彼女の頭の上でしばらくさまよわせて、結局下ろした。
「そういうわけじゃない。気にするな。向こうには向こうの都合というものがあっただけだ。それよりも美作には、やって欲しいことが二つある」
「やってほしいことですか?」
「ああ、重要な任務だ」
♢♢♢
「……本当に大丈夫なんでしょうか……」
柊は廊下を進みながら、視線を落ち着きなくさまよわせて、弱音を吐いていた。
「白石さんにバレたら、絶対に怒られる」
彼女が鳥居跡に頼まれたことは二つ。
そのうちの一つは、白石の部屋に侵入しろというものだった。
そこに何かがある。
それが鳥居跡の考えだ。
「でも、どうして私が……師匠が行ってくれればいいのに」
最初に提案された時と同じ言葉を口にすれば、彼女の頭の中では自動的に先程の返事が再生された。
「俺では見逃しそうなことに気づけるだろうし、もしもの時の言い訳も美作が使った方が説得力がある」
嫌なことを押し付けられたわけじゃないと納得していたが、いざ実際に動くとなると、また気持ちが変わってくる。
「……本当にあの言い訳で大丈夫なのかな……駄目な気がしてきた」
花奈の部屋と白石の部屋は正反対の方向にあるので、その途中で白石に見つかったらと思うと、彼女は生きた心地がしなかった。
まだ帰ってくる気配を感じないが、どこに行ったのかは知らないのだ。
時間がかかる用事ならばいいが、もし簡単な用事であれば、すぐにでも帰ってきてしまう。
その時に鳥居跡が用意したいいわけが通用する保障は無いので、出来れば会わずに終わらせたかった。
出来る限り音を立てないように気をつけながら、それでも早く進む。
音に対して敏感になりつつ、彼女は何とか白石の部屋の前までたどり着いた。
扉にはプレートがかかっており、HINAとローマ字で書かれていた。
「……ここだ」
ドアノブを掴み、何度か深呼吸をする。
扉を開けるのでさえも、そのぐらい緊張していて、気をつけないと口から何かが飛び出してしまうぐらいのようだ。
「白石さん、ごめんなさい。少し入ります」
入らないようにと言われていたのにも関わらず、それを破る。
今まで悪さをしてこなかった彼女にとっては、あまりにもハードルの高い行動だった。
しかし戻って出来ないと言うことも出来ず、大きく息を吸うと、勢いよく扉を押した。
扉はピクリとも動かなかった。
「……あれ?」
押すのではなく引くのかと思い、今度は引いてみた。
しかし全く動かない。
ドアノブをガチャガチャと動かすが、何をしても開くことは無かった。
「鍵がかかっているの?」
ここまで開かないとなると、扉が壊れているか鍵がかかっているかのどちらかしかなく、壊れている可能性は低いので、鍵がかかっているのだと判断した。
「まさか鍵がかかっているなんて」
予想していなかった事態に、彼女はドアノブを掴んだままうなだれる。
「師匠に報告しなきゃ」
いつまでも開かない扉の前にいても意味は無い。
むしろ見つかる可能性が高くなるだけなので、さっさとその場から離れようとしていた。
しかし彼女が扉を離れようとした、ちょうどその時、部屋の中から物音がした。
「……誰?」
本当に微かな音だったが、何かが動いたような気がして彼女は扉に耳を付ける。
向こう側からは何も聞こえることなく、気のせいだったのかとすぐに離れた。
「風かな?」
気のせいか、もしかしたら窓が開いていて何かが倒れたのかもしれない。
そう考え、彼女は鳥居跡のところへ戻ることにした。
戻ることにしたのだが、彼女は一度立ち止まり扉の方を振り返る。
そしてまじまじと見て、そして口元に手を当てて考えこむ。
「扉の鍵って……普通は一つじゃないのかな?」
扉には鍵穴が二つあった。
一つはドアノブに、そしてもう一つは扉の下の方に。
あまりにも厳重すぎて、何か隠しているようだと、そう感じてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます