第七話 仏壇





 次に探す場所に決めたのは、仏壇のある和室だった。

 別にブローチがここにあると考えたわけではなく、ただ単にリビングの隣の部屋が和室だったからという単純な理由である。

 リビングのフローリングとは違い、畳の感触は柊にとっては慣れないものだった。


「何だかおばあちゃんの家って感じがします」


 独特の匂いというものを感じながら、彼女は仏壇に真っ先に視界を奪われた。

 彼女の背丈ぐらいの大きさ、細工の細さで値段が相当なものだと分かる。

 線香には火がついていて、白石の思いの強さというものを感じさせた。

 仏壇には花奈の写真が置いてあり、そしてその上には、男女の遺影があった。

 その顔は、先程アルバムの中で見たものだった。

 白石が両親だと紹介した人達。


「白石さんは、この家に一人で住んでいるんですね」


 それはトイレでの出来事を更におかしくさせる事実だが、何故いないのだと言う話でもない。


「一人で住むには大きすぎますよね。寂しくないんでしょうか」


「思い出が残りすぎていて、手放せないんじゃないか」


「……その方が、ずっとずっと寂しいです。思い出があったとしても、結局は一人じゃないですか」


 柊はまだ、自分に近い人が亡くなったことが無かった。

 そのため、一人で住み続けている白石の気持ちが分からない。


「自分で分かっていてもな、どうしようもない時があるんだよ。お子ちゃまには分からないかもしれないけどな」


「師匠も、その気持ちが分かるんですか?」


「……さあな」


 はぐらかしていたが、その声は何か特別な響きを含んでいた。


 和室には仏壇の他に、タンスがありその上にはガラスケースに入ったフランス人形が置かれていた。

 他には掛け軸や獣のはく製があり、柊が言う通り祖父母の家を思い出すようなラインナップだった。

 そこまで雑多というわけでもないので、探すのには苦労しなさそうだ。


 ガラスケースに入ったフランス人形は温度の無い目をしていて、まるで監視されているかのような気分になる。

 そっと人形から視線をそらした柊は仏壇の前に座り、探すより前に手を合わせた。

 線香は白石に聞いてからあげようと決める。


「お邪魔しています。勝手に家を探し回ってすみません。でも白石さんのためにブローチを見つけたいんです。ここも探させてもらいます」


 本気で相手に届けるつもりは無かったが、それでも一応の礼儀として伝えた。

 そんな彼女の様子を眺めていた鳥居跡は、何も言わずに隣に座って手を合わせる。

 しばらくそうして、そしてどちらかともなく立ち上がった。

 そして二つあるタンスをそれぞれ調べ始める。


 柊が調べている方は着物が入っており、年代を感じさせるものなので母親の持ち物なのだと分かった。

 和紙に包まれているそれを丁寧に探していくが、着物に挟まっているなんて展開は無い。

 着物は畳むと薄いので、タンスの中に何枚も入っている。

 そのせいで丁寧に調べていくと、それだけで時間がかかってしまった。


「師匠の方はどうですか?」


「収穫なしだな」


 鳥居跡が調べている方のタンスには、父親の衣服が入っていた。

 どうやらここは両親の寝室だったようである。

 タンスを終えると、また別のところに手を付ける。

 押し入れの中には布団があり、扇風機などの季節限定の家電。その他に、花奈や白石が幼少期に作ったのだろう絵や工作などがしまわれていた。


 思い出の品を出すのは心苦しい気分になりながら、柊は取り出して床に広げる。

 幼稚園の頃に書いたのだろう絵には、ひらがなで大きくしらいしはなと書かれていた。

 子供が書いたから当たり前だが、あまり上手とは言えない。

 丸に点と棒しか無いような絵だけど可愛さがある。


 そっと絵を撫で、そして思い出に浸っている暇は無いと次々とめくっていく。

 花奈、白石、二人の名前を見ていきながら、きちんと保管されていることに両親の愛情が感じられた。

 通信簿まで出てきたので、失礼とは思いながら柊は好奇心が抑えきれずに中身を見た。


 名前は白石雛と書かれていて、そしてその評定は全てオール5、ということはなく3や4の方が多く、5をもらっているのは体育だけだった。

 白石のイメージに合わず、柊は首を傾げた。


「昔はお転婆だったみたいなことでしょうか」


「何がだ」


「これ白石さんの通信簿なんですけど、私が持っていたイメージと少し違っていて」


 人に見せるのはどうかとも思ったようだが、結局鳥居跡に通信簿を渡した。

 開いて目を通した彼は、何も言わずに彼女に返す。


「まあ高校生の頃から、性格が変わることもありますし。そこまで変なことじゃないですね」


 一人で納得すると、積み重ねていた山の上に置いた。


 思い出の品の中にもブローチがまぎれこんでいるということはなく、次の探し場所として仏壇を選んだ。

 和室で一番可能性が高いと思っていたが、それでも申し訳なさが上回ったため、最後まで手をつけるのをためらっていた。


「すみません。探しますね」


 一言断りを入れて、そして探していく。

 扉を開けたり、隙間に落ちていないかと見てみるが、それらしきものは無い。


「ここも収穫無し……あれ?」


 仏壇にも無いと判断して彼女は捜索を終了しかけたが、下部分にへこみがあるのに気がついた。


「何だこれ」


 それは両脇にあり、指を引っ掛けられるぐらいの大きさだった。

 特に考えず指をかけると、そのまま引っ張った。


「わっ」


 何かが起こると思ったわけじゃなかったため、引き出しが出てきて驚く。

 引き出しにしては薄いが、それでもずっしりとした重みがあり中身が詰まっていた。

 まるで隠し扉のようでワクワクしながら、中身を取り出す。


 一番上にあったのは芳名帳で、さすがに中を見るわけにはいかず別によけた。

 その次にあったのは何かの書類らしく、こちらも見てはいけないとよける。

 それが何通か続き、見つけたはいいがもう何もないと諦めていると、一番下に封筒がまぎれこんでいた。


 封筒の表には雛へ、と書かれている。

 中身は一度開けられていて、駄目だと分かっていたが取り出して読んだ。



『雛へ


 この手紙を読んでいるということは、私はもう死んでいるのかな。

 病院で宣告された時は、まるでドラマでも見ているように、全く自分のことだと思えなかった。

 痛む体を気のせいだと後回しにしていた罰が当たったのね。

 髪の毛が抜けたり弱るのが嫌で治療をしないと伝えた時、雛はどうしてと怒っていたけど私は選択が間違えていなかったと、そう思っているわ。

 治療をしたところで苦しい時間を延ばすだけ。病院のベッドの上で生き続けるのが、私は嫌だったの。そのことをどうか雛だけには分かってほしいの。

 私がガンになったと分かってから、いつも明るかったはずの雛が落ち込んでしまったのが、とても辛かった。

 あなたのせいじゃないのに、自分のことを責めているのも知っていた。

 私はきっと治ることは無いから、あなたの気持ちが少しでも楽になればいいと、この言葉を残そうと思う。

 私はとても幸せだったわ。思い残すことは全く無いとは言えないけど、それでも十分楽しんだから、私の死をいつまでの悲しまないで。前に進んで。

 いつものように元気な声を出して、私の大好きな笑顔をしてていてくれれば、それだけでいいから。

 あなたは幸せになって。

 大好きよ、雛。


 花奈より』


 それは花奈から雛への最後の手紙だった。

 柊は自分のことのように胸が痛みながら、涙がこぼれそうになるのを、何とかこらえた。


「花奈さんは、雛さんのことをとても好きだったんですね」


 感動しながら手紙を戻そうとしたが、中にまだ何か入っているのに気づき取り出した。

 それは一枚の写真で、写っているのは一人の女性だった。


「……誰だろう?」


 それは花奈でも白石でも母親でもない。

 女性にしては短めの髪をした人が、豪快に顔を開けて笑っている。

 何故封筒に見知らぬ女性の写真が入っているのか分からず、柊はそれを戻すことが出来なかった。




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