第五話 いざ探し物





「あんなこと、簡単に言うもんじゃない」


「はい?」


 アルバムをすべて見終わり、ようやく捜索が開始された。

 白石からは彼女の部屋以外を任され、二人はとりあえずリビングから手をつけ始めた。

 彼女はもう一度自分の部屋を探すと言い、この場には鳥居跡と柊の二人だけになっていた。


 白石からブローチの大きさを尋ねていて、ちょうど親指と人差し指で作った輪ぐらいの大きさだと教えられ、タンスやソファの下の隙間に落ちているかもしれないと柊は四つん這いになって探している。

 写真が残っていなかったため、とりあえずの大きさと色で判断するしかないので、捜索は極めて困難なものだった。


 それでも見つけると勢い込んで、スマホのライトで照らしながら、目を凝らしている時に、鳥居跡が上記の言葉を投げかけたのだ。

 彼女が変な体勢のまま返事をすると、彼もそのまま話を続けた。


「さっき、依頼人に絶対見つけるって言っただろ。あんな簡単に安請け合いするもんじゃない」


 それは先程の、白石と柊が行った会話に対する説教だった。

 隣で聞いていて、彼は彼女の言葉の危うさに気づいていた。

 だから忘れてしまう前に、注意しておきたかったのだ。


「でも、白石さんが悲しそうだったので、私の言葉で少しでも元気になってくれたのなら良いと思ったんです。それって駄目なことですか?」


 まさか怒られるとは思わず、彼女は顔を上げて自分の考えを口にする。


「確かに喜んでいたかもしれないな。ただお前の無責任な言動のせいで、見つけられなかった時に面倒なことになるだろ。それは分かっているのか」


 しかしそんな彼女の言葉は、彼の耳には言い訳にしか聞こえなかった。


「面倒なことって……どうしてそんなことを言うんですか」


「それじゃあ、もし見つからなくて責められたらどうする」


「し、白石さんはそんなことで責めるような人じゃないですよ」


 やはり、ちゃんと考えていない。

 後先考えずその場のノリに任せて言ったのだと分かり、彼は頭痛を感じこめかみを軽く揉んだ。

 これはそのままにはしておけない。彼はさらに説教を続ける。


「分からないだろう。絶対に見つけると言ったくせに、どうして見つけられなかったと責められたら、どうするつもりなんだ。美作は責任とれるのか」


「それは……」


 柊は言葉に詰まった。

 責任がとれるかと聞かれれば、とれるわけがない。

 すでに追い詰められていたのだが、鳥居跡はさらに追い打ちをかけた。


「ほら、どうしようもないだろう。責任も取れないなら、簡単に絶対なんて言葉を使うんじゃない」


「……はい。すみません」


 反論をしようとしていた柊は言い負かされてしまい、力なく返事をするしかなかった。

 鳥居跡の言う通り、無責任な言葉だったと自覚し肩を落とす。


「あそこまで言い過ぎなければいい。冷たくしすぎても良くないからな。上手く調整出来るようになれ。分かったな」


 あまりにも彼女が落ち込んでしまったからか、鳥居跡はフォローの言葉をかけた。

 表情もどことなく気まずそうだ。

 彼にとって女子高生という存在は、どう扱っていいのか分からないせいで、ついキツイ口調になってしまった。

 ここで泣かれてしまったら困ると、さらにフォローする。


「とりあえず今回は、見つけられれば怒られる心配をしなくていい。今日見つからなくても時間はある。自分の言葉に責任を持って、隅から隅まで探せ。必ず見つけ出せよ。それなら大丈夫だ」


「……はい! 頑張ります!」


 それはフォローと言えるようなものではなかったが、柊のやる気には火をつけた。

 彼女は下の隙間をくまなく見終えると、今度は早くそして丁寧に引き出しの中身を確認し始めた。

 彼女の精神が戻ったのを見て、鳥居跡は小さく息を吐く。


「……こういう柄じゃないんだけどな」


 どう扱ったものか。

 考えてはいるが、全くもって慣れることはないので、彼の心労はこれからも増え続けるだろう。

 しかし柊は柊で、普通の女子高生よりは打たれ強いので、案外いいコンビになれる可能性も秘めていた。

 今はまだ上手くいく気配はなさそうだが。




 ♢♢♢




「うーん。この部屋には無いんですかね」


 一時間ほどかけて、リビングを隅から隅まで調べ終えたのだが、収穫無しだった。

 柊は変な体勢を繰り返したせいで痛む体を伸ばしながら、鳥居跡に声をかけた。


「そうだな。次の場所に移動するか。出来る限り、たくさんの部屋を調べておきたい」


 引き出しから出していたものを元の場所に片付けていた彼は、きちんと収まったと満足すると引き出しをそっとしめる。


「すぐに見つかるとは思っていなかったですけど、やっぱり少しへこみますね」


「労力に結果が見合わないことなんて、よくあることだ。それでいちいち落ち込んでいたら、この先やっていけないからな」


「別にそこまで落ち込んでいませんよ。ただブローチなんて小さいもの、どこにでも紛れ込めそうだから苦労する予感しかないですよね」


 ストレッチを終えた彼女は、ポンと手を叩く。


「ブローチって銀で出来ているんですよね。それなら金属探知機とかで探すこととか出来ないんですか? こうビビビっと」


「無理だろ。色がシルバーとは言っていたが、素材が銀だとは限らない。仮に銀で出来ていたとしても、金属なんて他にもたくさんあるんだから探すのが楽になるとは思えないな」


「あー、残念ですね。なんか魔法みたいに出てくればいいのに。それかテレビでよくやっているような、ダウジング? でしたっけ。超能力でビビっと見つけられれば楽ですよね」


 世間話のように話しているが、彼女は超能力があるのなら、本気で今使いたいと思っていた。

 そんな甘い考えを聞いて、鳥居跡がたしなめるように言う。


「何馬鹿なこと言ってんだ。そんなふうに見つけられたら苦労はしない。テレビの見すぎだな」


「そうは言いますけど、ああいうのって実際のところどうなんでしょうね。本当だったら凄いですけど、自分の目の前で起こっているわけじゃないから、どうしても作っているんじゃないかって思っちゃいますね」


 柊はそういった本当か嘘か分からないようなテレビ番組を見るのが好きなため、幽霊の存在も実はいるのではないかと心のどこかでは思っている。

 UFOや悪魔、妖怪だっていないという確実な証拠はないのだ。

 それでも実際には見たことがなく、盲目的にその存在を信じているわけではなかった。


「基本的には作り物だろ。最近はCGも進歩しているし、心霊動画はそういうのを作る専門のやつがいる。たまに騒ぐぐらいが楽しいから、いつになってもそういったものは残り続けているんだろうな」


「でも霊能力者やお祓いをする人はいますし、昔だって陰陽師がいましたよね? 存在を全て否定したら、そういう人達もインチキだってことになりますよ」


「そんなの大半がインチキだ。死んだ人の声が聞こえるとか、考えていることが分かるとかは実際には心理学を応用していることが多い。あとは口が上手かったりな。それに陰陽師だって、映画やドラマで見るような感じじゃないからな。そこらへん、ちゃんと区別付けておいた方が良い」


「え? 式神作ったり、札で封印したり、呪文を唱えたら悪霊退治出来るとか、そういったことをしたんじゃないんですか?」


 彼女が観た映画の中では、陰陽師とはそういう存在だった。


「実際は占い師や神主みたいな仕事をしていたんだよ。妖怪退治をした者もいるというが、眉唾ものだろう。結局はフィクションだ」


「そうなんですか……それじゃあやっぱり地道に探していくしかないってことですね……師匠は目星とかついていないんですか?」


「今のところは無い。でもこの家にあるのは確かだな」


「お姉さんがよくいた場所とか、置きそうな場所、を白石さんに聞いたところで、そういうところはすでに探しているはずですもんね」


「そうだな。そろそろ次の場所に行くぞ」


 話している間に大分休憩が出来たので、次の場所を探そうと鳥居跡が促す。


「はい。……でもその前に」


「その前に?」


「……お手洗いに行ってきます」




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