第四話 依頼の前に
二人が案内された先は、リビングだった。
置かれている物はほとんどがパステルカラーでまとめられていて、家具も可愛らしい形で柔らかい印象がある。
花瓶には季節の花が生けられ、部屋に入った瞬間にいい香りが鼻に入った。
幸せを形にしたような部屋。それが、最初に柊が抱いた感想だった。
テーブルの上には、すでにお茶が用意されており、言っていたお茶菓子も品のある皿の上に乗せられていた。
おもてなしの気持ちが凄い。
白石の気遣いに柊は感動する。
「すみません。紅茶しかないんですが大丈夫ですか?」
「はい。紅茶は大好物です。美作も飲めるだろう」
「はい! 何でも飲めます!」
鳥居跡と柊がソファに隣同士に座り、その向かいにテーブルを挟んで白石が座る。
席に座った途端、二人共遠慮なく紅茶に手を伸ばした。
彼らの辞書の中に、遠慮という文字は無い。
むしろ喜んで食べるのが一番だと思っている。柊はこの前の事務所での件があるので、余計に用意されたものは手をつけた方が喜ぶと考えた。
そのため下品にならないぐらいの勢いで、紅茶とお茶菓子を口に入れていく。
用意された紅茶とお茶菓子はどちらも絶品のため、食べる手が止まらなかった。
「どんどん食べてください。私だけでは食べきれないので。もしよろしければお昼もご用意いたしますけど、どうしますか? 好きなものを頼みますよ」
二人のその勢いを見て、空腹なのだと思い白石は提案した。
勢いよく食べていることに関しては、いい印象を抱いているようだ。
むしろどんどん食べてもらいたいと、戸棚から他のお菓子も取り出した。まるで久しぶりに来た孫をもてなすかのように、さらに食べさせようとしている。
「あ、今日はお弁当持ってきたんで大丈夫です。いっぱい作ってきたので、師匠の分もありますよ」
その提案を飲みたいところだったが、柊は車に置いてきた荷物の中にあるお弁当の存在を思い出し、泣く泣く断る。
量が一人では食べきれるものではなく、お弁当箱というよりも重箱になっていた。
何を用意したらいいか分からず、あればあるだけ困らないだろうと作りすぎてしまった結果だ。
母親も微笑ましげに見て、全く止めなかったのも原因の一つである。
基本的に放任主義なのだ。
「そうか。それじゃあ申し訳ないですけど遠慮しておきます」
「分かりました。それにしてもお弁当を作って来るなんて、柊さんは家庭的なんですね」
断られたことに対し、白石は不機嫌になった様子もなく、むしろ柊のことを褒めた。
彼女も柊に対して、好意的な印象を抱いているようだ。
鳥居跡に関しては、まだ完全には信じきっていない。
「そんなことないですよ。簡単な物しか作れませんし。本格的なものは無理です」
「……なんだか心配になってきたな」
「味の保証はしますから安心してください!」
褒められて嬉しくなってしまった柊が謙遜すると、鳥居跡が嫌味に近いことをぼそりと呟く。
その小さな声を聞きとって、彼女は言い返した。
そして白石を前にしていつものように言い争いをしていれば、白石が口元に手を当ててくすくすと笑い出す。
「お二人は、とても仲が良いんですね。羨ましいです。姉がいた頃が懐かしくなります。最近、この家はとても静かったので賑やかになりました」
「は、はしたないところを見せてしまってすみません。……お姉さんは、どういう人だったんですか?」
「とても綺麗な人でした。可愛いらしくもありましたし。名前は
笑われたことで顔を赤くさせながらもお菓子を食べる手は止めることなく、白石の姉について柊が聞く。
すると表情がパッと輝いて、いそいそと立ちどこかに消えた。
そしてすぐにアルバムを手に持って戻って来た。
持ってきたアルバムは、厚さが二センチはあるのではないかというぐらいのもので、テーブルに乗せた時に重たい音が響いた。少しふちが黄ばんでいて、年数を感じさせる。つまりは中の写真も多そうだ。
それを察し、余計なことを言ったかもしれないと柊は引きつった表情を浮かべてしまったが、慌てて笑顔を浮かべる。
「す、凄いですね」
「それじゃあ見てください。まずは生まれた時の写真で、まるで天使のように可愛いんですよ」
「は、はい」
そうして見せられたのは、花奈という女性の産まれてから成長していくまでの過程を残した写真だった。
産まれた時から、幼稚園、学生、そして大人。
白石が美しい女性だとしたら、花奈は可愛らしい女性だった。
大きくてたれている目が優し気で、どの写真も笑顔で写っている。きっと性格も優しかったのだろうと、柊は予想する。
早送りで進んでいく、一人の女性の一生。
すでに亡くなっているという結末を知っているせいで、柊は微妙な気持ちになってしまった。
一応白石が産まれた時の写真も何枚かあったが、メインは花奈の写真だった。
初めて産まれた子供の写真は自然と多くなってしまうという、あるあるのせいだろう。
「これは一緒に旅行に行った時。これは誕生日の時の。あ、両脇にいるのが父親と母親です」
白石は嬉しそうに写真一つ一つの説明をしていく。
一つも飛ばすことなく、全部話す気でいるようだ。
そのせいで、軽い休憩のはずだったのにもかかわらず、思っていた以上に時間がかかっていた。
半分を過ぎた頃からなんとなくそんな予感がしていたため、柊はお菓子を食べつつ軽い気持ちで聞く。
全てにいちいち反応していたら体力が持たない。
鳥居跡にいたっては、自分は関係無いといったようにお茶菓子を食べていた。
「大きくなってからも一緒に旅行に行くなんて、本当に仲良しだったんですね」
聞いていないと思われて機嫌を損なわれたら困るので、所々に質問を挟んで聞いているアピールをしている。そういう真面目なところが、貧乏くじをひかされる理由だった。
「ええ。いつも一緒にいました。同じ服を着て出かけたこともあります。美人姉妹って言われるのが、何よりの喜びでした」
「そうなんですね。……あの、あまりこういうことを聞くのは駄目かもしれませんが、お姉さんはどうして亡くなられたんですか?」
「良いんですよ。知っていたら、探し物を見つける手掛かりになるかもしれませんものね。隠すことでもありませんから。……病気でした。ガンで、気づいた時には進行していて、見つかった時にはすでに余命宣告という感じでした……」
「すみません。辛いことを聞いてしまって」
「気にしないでください。物凄く悲しかったですけど、段々と現実を受け入れていっています。病気が分かってからも、姉はとても明るかったので、いつまでも悲しんでいたら怒られてしまいますし。でも思い出の品として、どうしてもブローチを手元に残しておきたいんです」
「白石さん……」
そっと目を伏せた白石に、柊は話を聞き流していたことを申し訳なく思う。
どんなに時間がかかったとしても、きちんとブローチを見つけて、笑顔で終わらせることが出来るようにしよう。そう決意を固めた。
「絶対に見つけます。だから安心してください」
その気持ちのまま彼女の手を握り、力強く頷く。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
柊の言葉に目元に涙をにじませながら、彼女は微笑んだ。
その場に感動の空気が満ち溢れる。
そんな2人の様子を何も言わず見ていた鳥居跡は、大きなため息を吐いた。
「……馬鹿」
お菓子をかじりながら呟いた言葉は、残念ながら柊の耳に届くことは無かった。
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