第三話 依頼人の元へ
翌日、学校が休みの柊が出かける準備をしていると、それを見ていた母親から声をかけられた。
「もしかしてデート?」
「そ、そんなわけないでしょ! バイトだから! 今日、いつもと違う仕事をするの! デートとかそんなんじゃない!」
「あら、そうなの。残念ね。でも大丈夫? 事務所の所長さん、あまりいい噂聞かないけど、ちゃんとしている人なの?」
「まあ、見た目は完全に不審者だからね。色々と噂をされるのは仕方ないかも。高校にもクレームの電話が来るぐらいだし。でもいい人だよ。ちゃんとお給料も払ってくれるって約束してくれたし。今日も特別手当出してくれるって」
「それならいいわ。人は見た目じゃないものね。中身が大事よ。仕事とはいっても、夕飯までには帰って来るでしょ? もし遅くなるようだったら連絡ちょうだいね」
「はーい」
2人共天然なのか危機感が足りないのか、似た者親子なので世間では爪はじきにされているような鳥居跡に対しても、変な人というぐらいの印象しか持っていなかった。
だからこそ柊が働きたいと言った時、全く反対せずに、むしろすぐに受け入れた。
今も出かけるという言葉に対して、何か邪推することもなかった。
「柊が出かけるのなら、お母さんは買い物にでも行ってこようかしら。ちょうど欲しいものもあるし」
「そうしなよ。たまにはゆっくり好きな物でも見てきな。私の方も、もしかしたら遅くなるかもしれないし。一人で暇でしょ」
「うふふ。それなら遠慮なく、いっぱい買っちゃおう」
「ほどほどにね」
まるで子供の様に笑い、そして自身も出かける準備を始める。
動くたびにスカートの裾がひるがえり、年齢よりもずっと幼く見せた。
柊と出かけると姉妹に間違われる時もあるぐらいなので、本人は認めたがらないが童顔である。
天然でぽやぽやとしているから、悪い人に騙されそうで心配になり、娘である柊の方がしっかりしていた。
その姿を眺めながら、柊も遅れないようにと身支度を整える。
しかしボタンを留めている途中で、手が止まった。
「そういえば、お弁当とか作っていった方が良いのかな? それともどこかに食べに行くのかな?」
「さあ、どうかしら。柊のご飯はおいしいし、作っていってもいいと思うけど。やっぱりデートじゃないの?」
「だから違うって!」
母親の答えは参考にならず、彼女は途方に暮れるしかなかった。
しかしデートという言葉には、完全に否定した。
♢♢♢
「すみません。お待たせしました」
「いや、時間通りだが……」
学生の柊は現地集合というわけにはいかず、車の免許を持っている鳥居跡に、白石の家まで連れて行ってもらうことになっていた。
そのため事務所のあるビルの前に集合したのだが、荷物を持って現れた彼女の姿を見て、鳥居跡は目を細める。
「……遠足にでも行くつもりか? それとも旅行か?」
「えーっと、何を用意しておけばいいか分からなくて、全部持ってきちゃいました。やっぱり多いですよね。事務所に置いていった方が良いですか?」
彼が呆れたのは、彼女が持ってきた荷物の量の多さだった。
体の半分ぐらいあるのではないかというぐらいの大きさのリュックいっぱいに物が詰まっていて、歩き方が少しおぼつかない。
お弁当、お菓子、ハンカチ、ティッシュ、もしもの時の着替え、色々な事態を予測して詰めたせいで、ここまでの量になってしまった。
母親が止めるわけがなかったし、事務所に行く途中の視線を柊は全く気にしなかったから、何も考えずに無事に辿りついた。
彼女はリュックを背負いなおすと、照れたように頭をかく。
「車に置いておけばいい。後部座席に詰め込め。今更どこかに置きに行く方が時間がかかるだろう」
「分かりました。思っていたよりもはしゃいじゃって……本当にすみません」
「何が起こるか分からないから、用意しておくことも大事だ。持ってきすぎて動くのに支障が出るのも、どうかと思うがな。今回は初めてで時間もなかったし、俺の説明不足の部分もあるから多めに見る」
「今度は何を持っていけばいいか教えてください! ちゃんと用意しますので」
「……今度があればな」
「? 何か言いましたか?」
「いいや、何にも」
首を振って、彼はすぐ近くにある車の扉を開けた。
それは街中で何台も走っているような国産車で、選んだ理由は燃費が良いから、それだけである。
色も突飛なものではなく、白色。
特にこれといって変わったところもない。普通の車だ。
ピカピカに磨き上げられたその車を見て、彼女は顔を輝かせた。
「この車、可愛いですよね。少し丸っとしていて」
リュックを後部座席に詰め込みながら、遠慮なく中を観察する。
事務所は彼女が掃除しなければ汚すのに、車の中は物が置いておらず整理整頓されていた。
「別に形なんて、走ればみんな同じだろう」
「好きな形ならテンション上がりますよ。師匠が何かにこだわっているところ見たことないですよね。何が好きなんですか?」
「権力」
「そういうことじゃなくてですね」
「金」
「それなら、もっと真面目に働いてください!」
言い合いをしつつ荷物を詰め込み終えると、彼女は今更ながら鳥居跡の格好に注目した。
「あの……一つ聞いてもいいですか? 今日って、依頼人のところにいくんですよね?」
「それ以外、どこに行くんだ」
「それなら、もっとちゃんとした格好は無いんですか? どうしていつもと同じ服装なんですか。それ以外、持っていないとか言いませんよね」
「ご名答」
「さすがにありえないです。よく今まで文句を言われませんでしたね」
「言うような奴は依頼に来ない」
「……そうですか」
見慣れた喪服のような黒スーツ。
薄いサングラスももちろんかけているので、事務所で見ている時以上に、不審者度が増している。
これじゃあ依頼人が増えるわけが無い。
内心でそう思いながら、柊はため息を吐いた。
車に乗り込むと、鳥居跡はついているカーナビを操作することなく発進させた。
目的地へのルートは、すでに頭の中に入っているようだ。
見た目とは裏腹に、その運転は安定感がある。
「白石さんの家まで、ここからどれぐらいですか?」
「道が混んでなければ、三十分もあれば着く」
「探し物、見つけられますかね」
「分からん。見つかりたがっていれば、自然と見つかるんじゃないか」
「何ですかそれ。まるでブローチに意思があるような言い方じゃないですか。向こうから出てきてくれたら、一番楽なんですけどね」
「……そうだな」
家族以外の車に乗るのが初めての柊は、落ち着きなく景色を眺める。
まるで本当に遠足に行くかのような姿に、横目で見ていた鳥居跡は小さく息を吐いた。
「これから行く先、何が起こるか分からない。遊び気分でいたら痛い目見るぞ」
「またまた。痛い目見るって、探し物を探しに行くだけですよね? ……え、危険なことが起こるんですか? 怪我とかしませんよね? し、死んだりとか……?」
「分からん」
「分からんって? え、え、嘘ですよね? 嘘だと言ってください! わわわ私かかか帰ります! 特別手当入りません!」
「もう無理だ。高速に乗った。二度と帰れない」
「い、いやああああ!」
彼女の叫びもむなしく、車は無情にも目的地へと向かっていった。
♢♢♢
「お待ちしておりました。道、混んでいませんでしたか?」
「大丈夫でしたよ。少し早くついてしまって、申し訳ないぐらいです」
「それは構いませんが……えっと柊さん大丈夫ですか?」
白石の家は、住宅街にある一般的な一軒家だった。
玄関の前に立っていた白石が出迎えて、そしてぐったりとしている柊にすぐに気が付いた。
「大丈夫ですよ。ナーバスになっているだけみたいです」
実際はナーバスになっているのではなく、何が起こるのか分からない恐怖に怯えているだけだった。
しかしそれに気づかずに、白石は心配そうにペットボトルの水を渡した。
「ありがとうございます。大丈夫です。白石さんも大丈夫ですか?」
「ええ。依頼をしたから少し気が楽になったのか、昨日は久しぶりに眠ることが出来ました。今日は体も軽くて、お二人のおかげですね」
白石の言葉通り、昨日は濃かった目の下のクマが少し良くなっている。
それに合わせて顔色も回復していた。
「自分一人で探そうとしていたから、気持ちが参っていたみたいです。誰かに頼ることも必要だと感じました。出来れば見つけてもらいたいですけど、無理はしないでください」
「絶対に見つけます!」
水も飲んで優しさにも触れて回復した柊は、ガッツポーズをして気合を入れた。
「ありがとうございます。疲れたでしょうから、少し休憩してから探すのをお願いしてもいいでしょうか。ちょうど美味しい茶菓子をもらったんですよ」
「お構いなくと言いたいところですが、お言葉に甘えて」
「さあ、どうぞ。中へ入ってください」
「お邪魔します」
白石は玄関の扉を開けて招き入れる。
中に入る瞬間、鳥居跡は一瞬顔をしかめたが気が付くものは誰もいなかった。
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