第二話 美しき依頼人





事務所の扉を叩いたのは、鳥居跡の予想通り依頼人だった。

恐る恐ると言った様子で中に入ってきたので、ここの評判を少しは耳にしているのかもしれない。


「探し物を見つけて欲しいんです」


 自らを白石しらいしひなと名乗った女性は、憔悴しきって様子だが容姿が整っているせいか、くたびれているのではなく儚い印象に見えた。

顔は青白いが、真っ赤に引かれたルージュが目につく。しかし変ではなく、彼女にとてもよく似合っていた。


 柊がアルバイトの初日に教えられたことを思い出して、なんとか淹れることが出来たお茶は彼女の目の前で湯気を漂わせていて、しかし今のところは一度も手を付けられてはいない。

 せっかく淹れたお茶を飲んでもらえず、柊はお盆を持ったまま少し落ち込んでいた。

 しかし無理やり飲ませるわけにもいかないので、何も言わずに鳥居跡の脇に控える。

ソファに座らなかったのは、自分の立場を考えた結果であった。


「探し物ですか。それはどういったものですか」


「……死んだ姉が私に残してくれた大事なブローチです」


「なるほど、ブローチ」


 いつものやる気のない姿はどこへやら、鳥居跡はきちんと白石の話を聞いている。

話し方もいつもの粗野なものではなく、少し丁寧なものだ。

 初めて見る様子に、柊はこの人もちゃんとした大人なんだと少しだけ見直していた。


「はい。色はシルバーで、真ん中に青い石が嵌めこまれていました。確か石の名前はラピスラズリだったと思います」


 頬に手を当てて説明をしている彼女は、今にも倒れてしまいそうなほど弱っている。

彼女にとっては、それぐらい大事なものなのだろう。

あまり評判がいいとは言えない、ここに頼ってしまうぐらいには切羽詰まっているわけである。


「眠れなくなってしまうほど大事なものなんですね。それは早く見つけた方がいい。どこにあるか心当たりはありますか?」


 怯えさせないためか、鳥居跡はいつになく優しい。

 しかし見た目にそこまで変化が無いせいで、逆にそのうさん臭さが倍増していた。

白石も本当に信用していいのかと、その体から緊張が抜けていない。

 鳥居跡の見た目のせいで、久しぶりの依頼人が帰ってしまうのではないか。そんな不安が、彼女の胸をよぎる。


「姉が私に用意してくれた思い出のブローチなんです。たぶん家にあるのだと思いますが、どこを探しても見つからないんです。死ぬ前に置いた場所を聞けば良かったのに、忙しさから後回しにしてしまって」


 そっと目を伏せ、そして小さく息を吐く。

 一連の動作に色気というものを感じてしまい、柊は同性であるのにも関わらず胸が高鳴ってしまった。頭を数度振って、その気持ちをどこかへ飛ばす。


「そうですか。それで私達はどうすればいいですか?」


「出来れば、家に来ていただいて探してほしいんです」


「家にですね。分かりました。日にちはいつ頃でしょう?」


「早ければ早いほど、こちらとしては助かります。どうしても見つけたいので」


「早ければいいということなら、それじゃあ明日はどうでしょうか。……美作、明日学校は休みだよな」


「え、あ、はい」


「特別給与を出すから手伝ってくれ。なにか用事があるのなら、そちらを優先して構わないけど、どうだ?」


「わ、分かりました。明日は特に用事は無いので行けます」


「よし決まりだ」


 話が進んでいくのを聞いていたが、まさか自分も関わることが出来るとは、彼女は全く思っていなかった。

 そのため返事が遅れてしまい、視線が彼女に集中してしまう。


「あの、そういえば、そちらの彼女はどちら様でしょうか……?」


 鳥居跡は自己紹介を済ませていたが、お茶を用意していた柊は紹介がされていなかった。

 目の前まで来てお茶を渡したのに、憔悴しきっていた白石は存在を認識していなかったようだ。

 今更ながらに、事務所に似合わない女子高生の姿を見て訝しんでいる。


「私の名前は美作柊です。ここでアルバイトをしています。よろしくお願いします」


「美作は雑用兼助手なので、特別な理由が無いのであれば同行を許してもらいたいのですが。まあ無理にとは言いません」


「そうなんですか。人手は多い方が見つかるかもしれませんし構いません。きちんと彼女の分も報酬を支払わせていただきます。よければ柊さんと呼んでもいいかしら?」


 ペコリと頭を下げた柊に好印象を抱いたのか、鳥居跡の提案をすぐに受け入れた。

 更には柊に対し、柔らかく笑いかける。

 美人の笑みを向けられ、柊は心臓が高鳴るのを感じながら、胸を張った。


「はい!」


「決まりですね。現地集合で、時間は九時ぐらいでどうでしょうか」


「はい、大丈夫です」


「それじゃあ金額などの話に移りたいのですが……美作、新しいお茶を淹れてくれ。すっかり冷めてしまっている」


「あ、すみません。せっかく淹れていただいたから、こちらを飲みますよ」


「いえいえ。すぐに美味しいお茶を淹れてきます。少々お待ちください」


 白石は冷めたお茶を飲むと言ったが、客人にそんなものを飲ませるわけにはいかない。

それにわざわざ鳥居跡が頼んできたということは、彼女の存在が邪魔になりと伝えていた。

それを察した柊はひらりと身体を翻して、そしてポニーテールを揺らしながら、給湯室へと消えていった。

 完全に扉が閉まったのを確認すると、鳥居跡は白石に向き合う。


「それじゃあ価格なのですが……」




 ♢♢♢




「それじゃあ、明日よろしくお願い致します」


「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」


 扉を出てから深々と頭を下げた白石を見送り、柊は湯呑みを片付けていた。

 二度目に淹れたお茶は全部飲まれていて、自然と顔がほころぶ。

 美味しいと声もかけてくれたので、彼女の中での白石の評価は一時間ほどしか関わっていないのに、随分と高くなっていた。


「とてもいい人でしたね。白石さん」


 簡単に洗い物を終えて鳥居跡の元に戻ると、パソコンの画面とにらめっこしている彼に話しかけた。


「んあ? そうか?」


 せわしなくキーボードを打っていた鳥居跡は、顔を上げて柊を見る。


「そうかって何ですか? あんなに綺麗なのに性格まで良いなんて、完璧じゃないですか?」


白石を気に入ったせいで、彼女の声には熱がこもっている。


「完璧ねえ。完璧な人間なんて、この世にいないだろう」


「師匠ってひねくれものですよね。人のことを素直に信じた方が、人生楽しいですよ」


「その内、高い壺か絵を買わされそうだな」


「馬鹿にしないでください。私だって、そこまでじゃないですよ」


「どうだかな」


 何かを知っているかのような態度で切り捨てると、話は終わったとばかりにまた視線を画面に戻し、そして口を閉ざした。

 鳥居跡の言葉に納得出来なかったが、柊はもう話しかけられなかった。

 その代わり押し殺した気持ちを示すために、熱湯に近いお茶を淹れて近くに置いた。


「あつっ!?」


 彼女の思惑通り湯飲みを持った途端、あまりの熱さに彼が叫んだ。

 その声に少しだけ胸がすっとしたような気分になって、しかしすぐにやりすぎたかと後悔した。

元々、悪人になれないような性格なのである。




 ♢♢♢




 アルバイト終了の時間になり柊が帰った後、事務所の一室に住んでいる鳥居跡はパソコンの画面を閉じて、大きなあくびをする。

 熱いお茶を飲んだせいで舌がまだ火傷していて、感覚がおかしいのか顔をしかめた。


「明日どうすっかな。連れて行くって言ったけど、早すぎたか?」


 眉間を揉みながら、彼は一ヶ月前から働き始めているアルバイトの少女の姿を思い出す。

 アルバイトを雇う気は全く無かったはずだったが、彼女の熱意に押されて従業員にした。

 仕事を手伝わせると決めたのも、彼のただの気まぐれだった。

 依頼人が来る前に文句を言われて、面倒だったからかもしれない。


「まあ実際に見て、潰れたらその時だな。本人が最終的には行くと決めたんだし、俺は悪くない」


 自身に非は無いと言い聞かせながら、煙草を取り出し口にくわえた。

 しかし禁煙中だったのを思い出し、舌打ちをして箱に戻す。


「どうなっかな。明日で解決出来れば一番楽だけど。無理そうか?」


 独り言にしてはあまりにも大きいそれに、答える者はいなかった。


「あー、めんどくせえ」


 彼はもう一度舌打ちすると、椅子から立ち上がり部屋から出て行った。

 誰もいなくなった部屋の中、鳥居跡の書いたメモが机の上にあったが、あまりにも独特の文字だったため何が書いてあるのか本人以外には読めそうになかった。




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