第65話 結界

 突然現実世界にもどってきてあせる。ミチルちゃんはあたしに抱きついて泣いていた。ミチルちゃんの背中の羽根は、あたしの十字架でなんとかかくすことができた。


 突然廊下で号泣しているあたしたちを、みんなが戸惑うように見つめている。


 シーちゃんの魔法のおかげで、ミチルちゃんへの想いに気づいた井川くんも、今はアイビーに肩をおさえられていた。


 あたしたちは今、結界のない世界にいる。


 生まれも育った環境もちがうけれど、わかりあおうと努力し始めている。どうか、そんな自分を否定しないで。ミチルちゃんは、ミチルちゃんだから。どんなミチルちゃんでも、あたしは大好きだから。


 だから、井川くんには悪いけど、あたしの方が先に告白したよ? いいよねって目で合図して、そして、井川くんにミチルちゃんをまかせた。


「あのっ。どうした? 清野?」

「前みたいにミチルって呼んでよ、ナオフミ」

「えっ? あっ。そっ」

「はっきり言って。あたしはナオフミが好きだったよ」

「だったって、え? 過去形?」


 これにはあたしもおどろいたけれど、天使と人間の恋は禁止されていることを思い出した。そうかぁ。ミチルちゃんの恋はかなわなかったかぁ。


 するりと抜けだしてしまいそうなミチルちゃんの腕を、井川くんがつなぎとめる。


「ぼくは、今気がついた。ぼくは、ミチルのことが好きだから。ミチルにまた好かれるように、努力するから」


 それからミチルちゃんは、ふっとかなしそうな顔で笑った。


「うそつき。さっきまでシーちゃんのことばっかりだったくせに」

「でも、なんだか突然目がさめたんだ。ぼくにはミチルしかいないんだって」

「今さらおそいよ。あたしたち、本当にすれちがってばっかりだね。さようなら、ナオフミ」

「ミチルっ!!」


 ああ、また、結界が。ミチルちゃんは、罪を背負うために、天界に呼び出されたのだと、後になってアイビーに教えてもらった。


 そんなのは不公平だから、あたしも天界に行きたいと食いさがったら、自分の気持ちにけりをつけられたらなって、念を押された。


 あたしの気持ち。そうだ。そうだった。黒田くんへのあたしの気持ちは、風船みたいにしぼんで消えてしまったけれど、そのぶん、アイビーのことを好きになってしまったのだった。


 教室から突然消えたミチルちゃんのことは、だれもなにも言わなかった。それこそ、記憶操作されているのだとわかってぞっとした。


 そして放課後、あたしは黒田くんに呼び出された。


 つづく

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