第38話 夢はつづく

 もうひとりのあたしを吸収した後も、呪いかなにかにかかってしまったかのように夢からさめることができないでいた。やがて、周囲が灰色に染まり、結界が現れた。


「黒羽根の天使か。ユイナ、十字架を!!」

「うん!!」


 あたしは十字架にキスをしてアイビーに渡した。黒羽根の天使の体は昼間見た時より大きく感じた。形も人間の形状をかろうじて保っているだけで、どんな形にでもなれそう。


「はあっ!!」


 自分の羽根を剣に変えたアイビーの突きが黒羽根の天使の左胸に刺さる。だけど手応えなく吸い込まれて、しかたなく腕を引き抜いたアイビーの腕は、真っ黒に染まっていた。まるで、ペンキを塗られたようになっている。


「夢の中の方が強いってわけか?」


 アイビーはニヒルに笑うと、腕を振って黒いシミを払った。


「おもしろいな。どっちが強いかためしてみようか?」

「ちょっとアイビー!! 挑発しないでよっ!!」

「悪い。でも、おもしろくなってきたんでな」


 黒羽根の天使は獣のような唸り声をあげてアイビーと向きあう。こわい。そう感じるのとともに、さっき吸収したもうひとりのあたしの存在を思い出した。


 ひょっとしてこの子も、みとめてほしいだけなんじゃないかしら? 育ててくれた人は、とても厳格な感じだったけれど、あたしの羽根をむしり取って付け替えろなんて乱暴なことを言われて、混乱しているだけなんじゃないかしら?


 考えている間に黒羽根の天使の腕が伸びてくる。あたしの羽根をつかもうとしたその手を、アイビーがとらえた。


「残念だったな。おれはこいつの守護天使なもんで。ユイナがからむと強くなるんだ」


 じゃあ、さっきの攻撃が効かなかったのって、もしかしてあたしを守るためじゃなかったからなの?


 黒羽根の天使は苦しそうにもがくと、一周して腕を切り離してしまった。


「なんでっ!?」


 おどろくあたしをよそに、黒羽根の天使はいとも簡単にあたらしい腕を生やしてしまった。


 しかも、一本ではなく十本。左右あわせると二十本の腕だ。昼間の羽根の攻撃なんて、ちゃちく感じるほどだ。


「ついに本気出してきやがったな」


 アイビーがあたしの前に立ちふさがる。二十本の手は、迷いなくあたしの羽根へと伸ばされた。


 アイビーは羽根の剣を捨てて十字架を一振りした。十字架は剣へと変わる。しかも二本もある。


「残念だったな。おれは二刀流なんだよ」


 そう言うと、伸ばされた黒羽根の天使の腕を次々と切り落とした。黒羽根の天使がひずんだ叫び声をあげる。


「お、のれ……。羽根、うばう」

「そうかい。おまえにそれができるってのか? おやさしい天使さんよ」


 アイビーがますます挑発するようにそう言うと、黒羽根の天使は口の中でグルグルとうなった。


「さぁ、もう帰れよ。夜はねむるためにあるんだぜ?」


 アイビーの言葉が響いたのか、黒羽根の天使はそのまま消えてしまった。


「やれやれ。本当はおやさしい天使なのにねぇ」


 あきれたようなアイビーの声だけが、頭の中でこだまして、それからあたしは急にねむけにおそわれた。


 つづく




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