第19話 十字架のネックレス

 谷川先生はあたしの声が聞こえなかったのか、さくっと出欠を取り始めた。


 一見体育会系の谷川先生だけど、国語の担当で、本当はすごくやさしい顔をするのを知っている。


 だけど、どうしてあたしを?


 ふいに、席の後ろでクスクス笑いをする女の子たちの声が聞こえた。さっきの三人組だ。なにか、あたしをおとしいれようとしているみたいでぞっとする。


「こら、用がないのに話すな。次――」


 先生は三人をたしなめると、また出欠の確認にもどった。


 え? あれ? あたし、名前すら呼ばれてない?


「以上。天羽は一時間目が始まる前に来い」


 もう強制的に呼び出されて、あたしはすごすごと先生の後を歩く。


「あのな、天羽」


 職員室に着くなり、先生は座ることなくあたしと向き合った。


「おまえがネックレスをしていると聞いたが、それは本当か?」

「あのっ。これは、祖母の形見で――」

「だがな、学校にいる間は、はずしてもらいたいんだ」

「でも、それだとっ」


 これをはずしたら、アイビーと連絡が取れなくなっちゃうし、あたしたちの羽根と輪っかが見えちゃうなんて、絶対に言えない。


 どうしよう。たすけて、アイビーっ!!


「失礼します。谷川先生、少しお話ししてもよろしいでしょうか」


 そこにあらわれたのは、黒田くんだった。


「あのな、黒田。今はいそがしいから後にしてもらえないか?」

「天羽のネックレスの件ですよね?」


 谷川先生は嫌そうな顔をして頷いた。


「ああ。その話だ。黒田も知っているのか?」


 はい、と静かに答えてから、黒田くんは口を開いた。


「天羽は今朝、いわれもない理由でそのネックレスのことをたれこんだ三人からふでばこを壊されています」

「おう、そうだったのか。じゃなくて、それがなんだ?」

「天羽のうちは、父親が単身赴任をしています。その件も含めれば、心身ともにお守りとなるものが必要なのではないでしょうか?」

「だがな、例外はみとめられんのだ」

「そこまでおっしゃるのなら、天羽のネックレスがファッション性のあるものかどうか、その手にとってたしかめたらいかがですか?」


 黒田くん。どうしてそこまで言ってくれるの?


「ぼくだって本当は、母親の大切なものをなにかひとつでももらいたかったですよ。でも、ぼくは母親に嫌われているから」


 え? そうだったの?


「まあ、あれだ。黒田がそこまでいうのなら、ちょっと見せてもらえるか? 天羽」

「……はい」


 あたしはしぶしぶネックレスを取り出して、先生に渡した。


「ほう、これはきれいだな」


 ただきれいなだけじゃ、アクセサリーとして持ち込み禁止になる。だけど、先生は十字架を見つめたまま、動かない。


「あの? どうかしましたか?」


 しびれを切らせたあたしは、ついに先生に聞いてしまった。先生は、はっとなって顔を上げると、あたしの顔を見て十字架を返してくれた。


「とてもよくできている。これは、先祖代々から伝わる正式なお守りのようだな。おれにはその手のことはわからないが、なるべくみんなに見せないように身につけるのなら、ゆるそう」

「本当ですか!?」


 あたしは飛び上がらんばかりによろこんだ。


 正直に言ってしまうと、あたしもこの十字架の価値はわからない。だけど、これは今までずっと、アイビーが持っていて、あたしを守っていてくれていた正式なお守りだってことに変わりはない。だから、みとめてもらえたことがとてもうれしかったのだ。


「ただし、なくさないように気をつけてくれ。あの三人はもしかしたら、そのネックレスをねらうかもしれん」

「え? どうしてそんなことを?」

「ああー、今のは教師として失格な言葉だった。わすれてくれ」

「でも?」

「天羽、教室にもどろう」


 黒田くんは、あたしの腕をつかんだ。


「でも、まだ話が」

「先生にはそれ以上言えないんだ。わかってやれよ」


 そっか。そうなんだ。先生っていろいろ大変だな。


 あたしと黒田くんは先生にあいさつをして、職員室を出た。


「あの三人が山田を好きなのはわかっているだろう?」

「うん。なんとなく」

「だから、おまえに対する一番の嫌がらせはたぶんのネックレスを隠すことだ」

「でも、どうして?」


 にぶいな、と黒田くんはあきれたようにあたしと向き合う。


「遠縁の親戚とは言え、天羽が山田と親しくしているのは、彼女たちにとっては不快なことだ。だからおまえに泣きっ面を書かせるために、十字架を狙うということになるだろう」

「えー? アイビーってそんなにモテてるの?」


 おどろいたあたしだけど、たしかにアイビーは自分で言うように王子様然としてかっこいいのはみとめる。だけど、そこまで人を狂わせるほどの魅力があるかなぁ? 食いしん坊だし、ちょっと乱暴な言葉遣いだし。


「とにかく、そういうことだから気をつけた方がいいだろう」

「そうだ、黒田くん」


 あたしはまだ、黒田くんにお礼を言っていなかったことを思い出した。


「ネックレスのこと、かばってくれてありがとう。黒田くんがいなかったら、このネックレス、先生に取り上げられるところだったよ」

「教室で一悶着あった時に、なにかあるなとは思っていたから。当然だよ。それにぼく、あの時天羽のことをたすけられなかったから、これで貸し借りなしってことで」


 うん、ありがとう。そう言ったあたしに、黒田くんは微笑を投げかけてくれた。うれしい。黒田くんが笑ってるよ。


「じゃ、ぼくはここで。いっしょにもどるとまためんどくさそうだから」

「うん、本当にありがとうね、黒田くん」


 また、お話しできるといいな。そう思いながら、教室にもどった。


 つづく

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