第52話 1000年とうんじゅっさい……の誕生日、6月7日
「奪われた……というか。リヴァイアよ」
「ああ、言った!」
感無量のリヴァイアが見上げる――
「そうか……」
リヴァイアサンは少し顔を、鎌首を下げてから、
「まだ、分からないか。リヴァイア」
「何をだ?」
リヴァイアは条件反射、エクスカリバーを強く握った。
「……あやつに、ギルガメッシュに
「くれてやった……魂を? ホーリーアルティメイトの魂を……か?」
「ああ、そうだ」
「どうして……」
エクスカリバーを握る手を緩める。
「分らんのか?」
リヴァイアサンが鎌首を、砂辺に立つリヴァイアに近づける。
「リヴァイアサンは――オメガオーディンと取引をした。カズースを守るために属獣に成り下がることを……、でもな、その時にやっかいな存在だったのがホーリーアルティメイトだった。お前のその剣――エクスカリバーの元の名であり、その本当の聖剣である……」
「本当の聖剣――ホーリーアルティメイト」
「ああ、そうだ。それをなんとか消せ……というのがオメガオーディンからの命令だった。だから、お前からホーリーアルティメイトの魂を奪った。毒気によって」
「……毒気」
「ああ、毒気だ。それにより……リヴァイア。お前から奪った。ホーリーアルティメイトの魂をな……」
エクスカリバーの、元の名ホーリーアルティメイトの柄を再び握った――
今度は、少し強くに。
「これで、昔話は満足か?」
「ま、待て」
リヴァイア、思わず右手を大海獣リヴァイアサンに向ける。
「なんだ……まだ何か」
「ギルガメッシュにくれてやったとは……どういう意味だ?」
「そんなの簡単だ」
「簡単……」
「……ああ、ギルガメッシュはお前を慕っているのだから、その相手にくれてやった」
「大盗賊ギルガメに……くれてやった? 我を慕っているから……」
なんとなく全体像が見えてきた――
そう感じたリヴァイアは、差し出している右手の力をゆるめて、静かに下す。
「ああ、そうだ。お前も知ってはいただろう。それくらい……。だから、くれてやったんだ。奪われてはいないんだ」
ああ、大海獣よ――
お前はどこまでも、どこまでも卑怯で姑息なことを思いつくのだな。
「……いないんだ。……か、何をヌケヌケと言いやがってんだか……」
内心、呆れて言い合あて付ける言葉も思いつかないリヴァイアである。
「分らんか? まだ、分からないのか……聖剣士リヴァイア」
それでも、リヴァイアサンは話を続けてくる。
「……」
リヴァイア――
「リヴァイア……。お前は、オメガオーディンを退治して世界を平和にしたいのか? それとも否か?」
「ああ、その通りだ。聖剣士としてのこの身、すでに世界に捧げたのも同じ……だったら」
「だったら」
「……だったら?」
「……」
「………」
両者しばらく、沈黙が続いて――
「……だったら、ギルガメッシュから魂を受け取れ!」
リヴァイアサンが鎌首を俯かせる。
「それは……どういう?」
「どういうも、こういうも……倒してほしいからだ」
「オメガオーディンを……」
意外な言葉だった――
悪の権化に魂を売り払った神――大海獣の口からオメガオーディンを倒してほしいという言葉が出てくるなんて。
「ど……どういう意味だ」
何かの引っ掛けか? リヴァイアは当然に勘ぐる。
「それ以上は……言うな。でないと、カズースの安寧が守られぬ」
「……」
リヴァイアは返答を躊躇った。
これも当然、相手が相手なのだから。信用できない――
その姿を見つめる鎌首を下げるリヴァイアサン――
波間に当てている両ヒレの動きを生死させる。
「リヴァイア……。あいつは、ギルガメッシュは待っているぞ」
「待っている?」
「ああ、お前が名付けた村に……な。お前が来ることを……そして、お前と戦いたい……んだろう」
「あ……、ああ、あの『ダンテマ村』にか」
「ああ、そうだ」
「そうか……ギルガメッシュよ」
リヴァイアは視線を深く下げてしまう。
ギルガメッシュ――
我を思って、慕って……
でも、我は……、どうしたらいい。
「どうしたらいい……? リヴァイア――お前も若くなったのう」
見下げて覗き込んでくるリヴァイアサンの顔――
半笑いに開いた口に、ノコギリのような尖った歯が見えている。
それから……目だ。
光を失った真珠のような、文字通り”死んだ魚の目”がリヴァイアを見る。
これがカズースで神として崇められている大海獣の表情――
「ま、またしても我の心を……、しかも若くなった……? リヴァイアサン! いつから、お前はそんな
聖剣士リヴァイアが、咄嗟に思いついた反撃。
カカカッ……
と、水を得た魚――巨大ウナギは北海の荒れ狂う海の上でバカ笑いするように、
「素っ頓狂……か。まあ、お互い長く生きてきた。それを喜ばんか」
リヴァイアへと、その口を向けた。
「喜べ? 何を……。我はこうして1000年も毒気により生き続けてきた悲運を――」
動じずに、リヴァイアの反論――
「悲運……か。じゃあ……、これはどう説明する??」
「……どう。とは?」
*
「んもう! リヴァイア……」
レイスが耳元で囁いてくる。
「あ……ああ、レイスか」
「リヴァイア……。なに畏まってんのよ! 今日は聞いたよ」
「聞いたっ……て?」
ふと……、リヴァイアが辺りを見る。
食堂――だった。
見慣れた食堂、宿屋オニオンの共同スペースの食堂だった。
「シルヴィー君から聞いたって!!」
「シルヴィー」
「うん! リヴァイア―― 今日が、聖剣士さまの誕生日――6月7日だってことを」
ルンもレイスの隣から話掛けて、
「ルン……」
「リヴァイア……その、おめでとう」
イレーヌが2人の後ろからよそよそしく歩んで来る。
「イレーヌ……。ああ、そう……か」
サロニアムの城で、魔銃とエクスカリバーとの対峙をしてきた間柄だ――
「まだ、覚えているのか? 我に銃口を向けたことを」
「……は、はい」
イレーヌが、いつも手に持つ魔銃をササっと後ろに隠す。
「もう、忘れろ……。あれは、不可抗力というやつなんだから……お前も命令命令……で、粋がっていて……だから」
そんなもんだ――
人が、事をやらかしてしまう時というのは……、リヴァイアはそれ以上は咎めることはしない。
「リヴァイアさん……いつも、いつも、ご苦労さまですって……思っていますから」
続いて、イレーヌの後ろからやってきたのはアリア。
イレーヌの肩にそっと手を当ててから、
「この……イレーヌさんも、ちゃんと心の中で本気でお祝いしたいって……ですね? イレーヌさん」
「あ、ああ」
「イレーヌと、アリア……。ありがとう。シルヴィーから……、そういえばシルヴィーには言っていたっけ? 自分の誕生日が――」
「ほら! リヴァイア―― カズースの名物菓子店から譲って……もらったケーキなんだから」
目の前のテーブルに並べられているのはケーキのてんこ盛り……。
「ケーキ……ああ、お祝いのか」
「譲って? って、違うだろ! かっぱらったって!! ご自慢のスリの技術でってな……、御姫様よ」
ルンが片目を瞑りながらレイスを揶揄してくる……。そこは揶揄じゃなくて、指摘なんじゃと……。
「もう! ルンて! 言わないでって約束したじゃない」
「カズースの……菓子……。ああ、大通りのあの店……ルイーダルか」
きょとんと、2人のやり取りを聞きながら――自分も通った銘菓の店を思い出した。
「そうルイーダル! その店から――」
「かっぱらった!!」
「違うってルン! ちゃんとお金払いましたってば」
「まあまあ、ルン君もレイスさんもそれくらいに……」
「そうだ……、今宵は聖剣士さまの、1000年と……うんじゅっさいの誕生日なんだから――まずは、祝おうじゃないか」
アリアとイレーヌが2人の間に入って仲裁すると、
リヴァイアが……
「1000年とうんじゅっさい……の誕生日、6月7日」
(死にたくても、死ぬに死ねない―― 永遠に生き続ける運命の27歳と、本当は言い換えてほしいのだけれどな……)
……と、小声で言った。
北海の空に、雪がちらほらと――
この時期でも、カズースには雪が積もってしまう。
ここは雪国……そして荒れ狂うリヴァイアサンがいる街で、
でも、オニオンの中は暖かかった――
「あ……我の誕生日――」
「そう! リヴァイアの誕生日祝いなんだからね」
レイスが両手を合わせる。
「いつも、いつも、リヴァイアにはね……」
「それ以上は、言わないでくれ……レイス」
「リヴァイア?」
「――我は、ただ、自分の運命に従って生きて、生かされてきただけで、その過程でレイス達とも出会って、でも、出会っても……なんだかいいことなんてなかっただろう」
リヴァイアが皆を――レイス、ルン、アリアとイレーヌを見る。
見て、
「すまない」
と思った。
「す……。どうしてリヴァイアが謝るのですか?」
レイスがリヴァイアに寄り添って。
「……リヴァイア。あなたは聖剣士! 今でも聖剣士さまですよ。それは誰もが世界中の皆がそう思っているのですから。それを、どうして謝るのですか?」
「そうだぞ、聖剣士さま!」
次にルンが、
「みんな、本当は聖剣士リヴァイアが君臨してくれていることがありがたいんだ。リヴァイアは――皆の軸なんだから」
「軸か――」
我が――、軸なんだ。
我が、これから対峙するだろう、ギルガメッシュ。
我を慕ってくれている、くれているからこそ――
ギルガメッシュよ――
その愛弟子と対峙して、
なんとしてでも、ホーリーアルティメイトの魂を取り戻さなければ、預言書の通りには――
ああ、
運命と……は、
「運命とは、苦しいな……レイス、ルンよ」
リヴァイア――
「リヴァイア……」
「聖剣士さま」
2人は――
「そんなことより!」
レイスが気転を変える。
「そんな……ことで?」
「そんなことだぞ! 聖剣士さまよ」
ルンも同じくレイスに同調。
「そんなこと……だぞ??」
ハッピーバースデー♡ ツー ユー
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ハッピーバースデー♡ ディア リヴァイア・レ・クリスタリア~
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レイス、ルン、
アリアとイレーヌ――が
――みんな、私のために、私なんかのために、
飛空艇仲間4人が、私の誕生日を祝ってくれて。
どうしてだろう?
私は……、我はこの世界の……、聖剣士、でも厄介者で……
私なんかいなければ、お前達も、もっともっと飛空艇で世界中を楽しんで旅できたものを――
私なんかのために――
――レイス、かっぱらってきたケーキの蝋燭に点灯する。
「さあ! リヴァイア―― どうか、今日、この日に、聖剣士さまとしての安らぎを」
「安らぎ……か」
誕生日――
もう、1000年も越えてきた誕生日を、それでも祝ってくれてくれる、レイスとルンと――
リヴァイアがレイス達……飛空艇仲間を見る。
「……リヴァイア?」
「聖剣士さま……」
レイスとルンが、リヴァイアと目が合う。
「リヴァイアさん」
「リヴァイア……さま」
アリアとイレーヌ……も同じようにリヴァイアと。
「……さまは、よしてくれ」
リヴァイアが小さな声で、俯き言う。
なんだか、恥ずかしかった――
嬉しい……
違う。
申し訳ない……、という気持ちの方が勝ってしまっていて。
*
「リヴァイア?」
レイスが、
「我は……、幸せ者だな」
チラリと彼女の顔を見てから、リヴァイアはテーブルの上のケーキを見る。
「幸せ……」
「ああ……そうだな、幸せなのかもな」
「……なのかもなって」
レイスが、その語尾に違和感を感じたことは当然である。
でも、レイスには聞けなかった……。
1000年を生きた伝説の聖剣士が、ここまで1000年を生きてきた結果に辿り着いた言葉――幸せなのかもな。
自分の何十倍も生きてきて、その分、何十倍も苦楽を受けてきて――
それでも分からない……、自分が幸せかそうでないのかを。
レイスは聖剣士リヴァイアの気苦労……悲運をこの時になんとなくだが、理解を深められたことを知り、同時に、その日が――リヴァイアの誕生日で。
「こんなにも、皆に思われて、でも……我の運命に皆が動かされて、死んでいって……。それを我は本当にもうし」
「それ以上は……どうか! どうか、聖剣士さま!! 仰らないでください……」
「レイス……姫よ」
お互い悲痛な運命を背負って――
「……」
我は、こうもいまだに皆に迷惑を掛け続けているのか。1000年を越えても――
すると、視線をケーキから下げようとしているリヴァイアに、レイスが言い放った。
「あ……、あなた様は! 聖剣士リヴァイアさまの、その……物語が、これからも、これからもどんなに、困難が伴うことなのかは、飛空艇乗りの……」
そう言うと――
「私達には想像もできません。けれど、それでも……それでも、私達はあなた様――聖剣士リヴァイアの――聖剣士リヴァイア物語の……どうか、どうか」
「どうか……?」
「……どうか。主人公と共に戦う者として」
「者として……か」
「……はい」
レイスは自分が何を威張り言ってしまったのかを自覚、すぐに恥ずかしい気持ちになってしまい……頬を赤らめてしまう。
「そうか」
そんな彼女に、リヴァイアは冷静に返してくれた。
「でも……、嬉しいよ。素直に、ありがとう。レイス――」
リヴァイアは感謝する。
嬉しいものだ。自分の誕生日を祝ってくれる人がいることは、1000年が経っても――
「そ……それでも」
すると、レイスが、何やらと……
「そ……、それでも?」
「それでも、……それでも! それでもさ!!
運命なんて、クソっくらえよ!
わ、私だっていつの間にか御姫様にされちゃってさっ! あー、何が究極魔法よ! 世界を救えよ! 悪と立ち向かえよ! 嫌ですって、嫌イヤ、嫌々やって! 辞めちゃいたいんだからって」
レイス、言ってやった……と満足だ。
「……はあはあ。リヴァイア分かった?」
息を切らすレイス――いつまでも、でも、
それは言ってはいけないと、分かっているけれど。
だけれど……木組みの街カズースに来てからというもの、海岸で大海獣リヴァイアサンと向かい合ってからというもの……夜葬祭でランタンの明かりを見てからというもの、
1000年前の騎士団達、シルヴィー、ダンテマ、クリスタ――
あんなに、隣で大泣きされてしまって――
らしくないって――
聖剣士リヴァイアさま……レイスはずっと思っていた。
あなたが先頭に立たなくて、どうして飛空艇仲間が付いていけるのですか?
だから、お願いだから……。
「こら、こらっ……。アルテクロスの御姫様が、そんな下品な言葉使いをするでない……」
リヴァイアが、慌ててレイスの言葉を修正させる。
それは1000年を生きてきた年の功としての、戒めか……、否。
我が最愛の妹への、愛情の思いからだ――
「いいじゃない! 今日くらいは!!」
レイスは負けじと、
「それは、我のため……にか?」
リヴァイアは思い知らされた。
ここまで長く生き続けてきて、こんな若者すぎる子孫に、我はまだ思い知らされることを。
……なんとも言い難い。
もしかしたら、これを永遠の幸せと思っていいのだろう……という感じである。
それが、どういう幸せなのか?
聖剣士リヴァイアにしか理解できない物語である。
「そう! うんじゅっさいの誕生日なんだから!!」
レイスは口角を上げて、リヴァイアにめっちゃ微笑む!!
続く
この物語はフィクションです。
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