第51話 先輩……、1000年を生きてきた年の功を……教えてくださいよ。後輩にも


「ねえって……リヴァイア先輩って!」


 誰だ……ったっけ?


「んもう! リヴァイア先輩って、私のことを忘れたのですか? 1000年を生きてきて……。だから……その」

「その……」

 リヴァイアの目の前に、一人の女性が立っている。

「リヴァイア先輩ってば……、思い出してくださいよ。それとも……もう20歳過ぎ……、だから無理なのですか?」


「は……20歳過ぎって……」

 リヴァイアが思い出す。

 思い出したくもない……、当然か?

 誰もが思う歳を取ってしまたっと痛感してしまう……最初の大台。

「20歳過ぎって、ああ私の誕生日会の時の……としたら、」

 リヴァイアがその目の前の女性をキッと見つめると、

「あんたは、ネプティーでしょう」


「はい! 御名答です! ……そうですよ。リヴァイア先輩の後輩、修道士見習いのネプティーで~す」


 ネプティー、1000年前にリヴァイアが修道士見習いとして働いていた『聖サクランボ』の児童養護施設の後輩だ。

 温厚……という性格なのか? ちょいと天然なのかは……正直難しいと判断するしかない。

 明るい……、それだけが取り柄と言ってしまえば、そうなのであるけれど。


 そのネプティーが、リヴァイアの顔を下から覗き込むなり、

「どうしたんですか? 先輩?? 何か問題でも……」

「問題……」

 リヴァイアが俯く。すると……

「リヴァイア先輩……らしくない! じゃないですか! いつもの……」

 ネプティー、満面の笑みを作りながらリヴァイアを励ました。

「そうか……な?」

「はい。そうです。らしくないですって!」


 まあ、いろいろと問題を抱え続けてきた1000年間だった……からなぁ。

 リヴァイアが更に俯く、すると……

「まあ、リヴァイア先輩も、私は後輩として先輩の苦労とか……、気苦労とか、取り越し苦労とか、」

「……あのさ、苦労話しか思い出せないのか? ネプティー」

 俯いていた顔をグイっと上げて、すかさずツッコんだ。

「……そうですね。いつも孤児達に笑顔で……。作り笑顔で接している苦労とか……」

「ネプティーよ。それは言うな。仕事なんだから。修道士の見習いとしての……修行なんだから」


「え~! 先輩って修行とか……そういう気持ちで聖サクランボで働いていたんですか?? ちょっと、私って心傷ものですよ」

 と言いつつ、笑顔は見せたままである。

「そうなのか……な」

 額から、何やら変な汗がにじみ出てくる。

「リヴァイア先輩って!」

 そんなリヴァイアにネプティーが更に歩みを寄せてから、

「そんなに肩の力を入れなくても……」

 ネプティーがリヴァイアの両肩に手を優しく乗せて、


「誰も……、リヴァイア先輩のことを悪くは思っていませんって」


 悪く……?


「悪く……」

「だって! リヴァイア先輩は、日々修道士の見習いのとして、聖サクランボの子供達に笑顔で接してきたじゃないですか? それって子供達から見れば、とっても嬉しいお姉さん……なんですからね」

 ネプティーが口を緩めて大きく笑った。


 しばらく、その笑ってくれている顔を見つめるリヴァイア。

「そうか……な」

「ええ……そうですってば!」

 ネプティーはそう言うとススッと振り返り……、小部屋に寝かしつけている3人の子供を見る。

「見てください……。あんなにスヤスヤとお昼寝してくれて――」

「してくれて……ああ」

 リヴァイアも子供達を見つめる。

「ええ……してくれていますね。嬉しいことです。今は……サロニアムとグルガガムが睨み合いを続けていて……、これからどうなるのか……。まあ、サロニアムが戦争に負かされることなんて、ないのでしょうけれど。いざ抗戦するとなると、お互い死傷者も負傷者も増えていくことでしょう――」

「……ああ、そうだった」

 リヴァイアは思い出す。

 自分が密航して兵役から逃れてきたことを……


 いつも、犠牲になるのは一般人だ。

 戦争なんて、お上と将校達が考える卓上の論理――


 どうして、巻き込まれてしまったのか?

 自分は――


「私も……、こうして」

 リヴァイアが小さく呟く。

「こうして……?」

 ネプティーがその声に反応して、リヴァイアを再び見た。

「……いや、なんでもない」

 言えない。

 自分が敵国グルガガムから逃れてきた難民だということを……言ってしまうと、自分はどうなるのか?

「この子達が、大人になる前にどうか……戦争が終わってくれて、平和になってくれたらいいのだけれど」

 ネプティーは見上げる。

 その視線の先の――部屋の上の棚に飾ってある祭壇を見る。


「どうか……、リヴァクラー神殿の神様。大海獣リヴァイアサンさま……。どうか……、この子達に御加護を」


 ああ、リヴァクラー神殿――リヴァイアサンか。

「さあ、リヴァイア先輩も! ほらっ」

 手を持つなり、リヴァイアの両手を強引に握らせて、

「リヴァイアサンに、子供達の未来を祈りましょうよ!」

「……あ、ああ。そうだな」

 リヴァイアが、両手を合わせると静かに目を閉じる。


 内心、不本意だった――

 これも、言えない。


 けれど、

「リヴァイア先輩も、もう20歳過ぎで……」

「だから……それを誇張するなって」

 リヴァイアが少しイラっとした表情を作る。


 ――自分でも気が付いている。

 修道士の見習いとして、本来ならばとっくに初級に昇進しているはずなのだけれど……。

「私ってさ、エスターナ修道士に何かいいように思われていないから……」

「から……昇進できないのかって。先輩、今、思ったでしょう?」


「な、なんで分かった」

 いやいや……、無意識に、口に出して言ったんだよ。

「先輩……。表情を見ればすぐに分かります……っていうか。分かりやすいですね。先輩の気持ちって、すぐに表情にでちゃうから」

 ネプティーがクスクスと口を大きく開けながら笑った。


「そ、そうか……な」

「ええ先輩。そうですよ。でもね、それって悪くはない、先輩の自己アピールポイントなんじゃって。後輩のネプティーが断言します」

「断言……か」

「はいな!」


 なんか、頼りないけど……まあ、ここは甘んじよう。


「あ、ありがとう。ネプティー」

「リヴァイア先輩……」


「ああ、聞こえている」

 なんだか、リヴァイアの両目にはいつの間にか涙の粒が溜まってる。


「先輩……」


 ネプティーがニコリと……


「だから、聞こえているって……」

 その涙粒を指で拭う――

「先輩……、1000年を生きてきた年の功を……教えてくださいよ。後輩にも」

「1000年……、ネプティー。どうしてそれを」

 知っている?

 聖サクランボの後輩ネプティーも、とっくの昔に死んでいった。

 自分よりもずっと、ずっと前に――


 それなのに、なぜ自分が1000年も余計に生き続けているのか?

 どうして、知っているのか?


「どうして……、ネプティーが私の……その」

「1000年も生きているってことですね?」

「あ、ああ……」


 リヴァイアは、こうもあっけらかんと言い放ったネプティーに言葉を失ってしまう――


「えへん! ……それはですね、先輩! ホーリーアルティメイトという聖剣を、代々クリスタリア家の家宝として、それを両親から貰って、ということですよ!」

「ということ……」

「ええ、ホーリーアルティメイトを手に持つことを許された存在――聖剣士リヴァイア・レ・クリスタリアとして、これからも、これからも、悪と対峙してください」

 ネプティーは口元を上げて、微笑みを見せてくれる。

「私なんかよりも、ずっと、ずっと……あなたの命の方が、この世界は重きを置いているのでしょうね。私なんか、ただの修道士見習いとしての人生ですね」

「そんなことは……」


 ない――


 そう言いたかった。

 自分は大したことなんて――

「自分は大したことなんて……って、先輩は思っていることでしょう」

 図星だ。

「でもね。それこそが先輩らしい生き方なんじゃないですか?」

「生き方……か。……そ、それこそって」


「……正直言って、先輩っておっちょこちょいで」

「おっちょこちょい……か」

 いきなりひょいと出てきたその言葉に、リヴァイアの額に再び変な汗が滲んでしまう。

「ええっ」

 ネプティーは話を続ける。

「でも、そんなおっちょこちょいな先輩でも、子供達が、いつもいつも温かく寄り添ってくれているじゃありませんか? それって修道士見習いとして凄い能力……いえ、才能ですって」

「……さ、そうかな?」

 リヴァイアが頬を指で触る。

 褒めてくれているのか? それともからかって……か?

「私なんて……、戸棚からおやつを拝借して、それを子供達に餌付けして……。そして、ようやく懐いてくれるのですから」


 ああ、ネプティーよ。

 戸棚のおやつの量が少ないことが問題視されたけれど、あれ、あんたの仕業だったんだな?


「でも、リヴァイア先輩って、そんな餌付けしなくても子供達が、いつもいつも遊んで~とかこれやって~とか、かまってくれるじゃないですか」

 子供達に寄り添うことを、鯉の餌付けのように言わないように――


「……そうか、これ、感謝していいんだ……な?」

「勿論ですって!」


「そうか……ありがと……」




       *




「リヴァイアサン―― 我はこれからも先も……、ずっと、ずっとお前から受けた毒気のために苦しみ続けて、生き続けなければいかない……そういう運命なのか!?」


「無論なり! それを今更、確認してなんとする? リヴァイア――」



 早朝――

 北海の波は、いつも荒れている。

 木組みの街カズースから少し歩いた北海――リヴァイアサンの海と称される海。

 リヴァイアが、その渚に立つ――


 自分――リヴァイアと、大海獣リヴァイアサンしか……今ここにはいない。



 先に夢の中で……、リヴァイアサンからカズースに来いと言われて、一度は感情的になってしまい大海獣をエクスカリバーで切り殺そうと覚悟して、でも、その時にはレイスとルンが防いでくれて……。

 今度は、しっかりと向き合いって、決着をつけようとリヴァイアが、


「リヴァイアサンよ……」

 それでも、感情的な気持ちはすぐに晴れることもできず。

 キッと睨み付ける、その相手――

「リヴァイア……。悲運の聖剣士よ……」

「お前のせいだろうがっ!」

「今、お前が心に思った1000年前の懐かしき思い出を、お前は今でも思っているのだな……」

「我の……心を、見たのか」

「ああ……見たぞ」

 その懐かしき思い出とは、当然、ネプティーとの会話から生まれてくる1000年前の聖サクランボで働いていた自分の思い出である。

「この破廉恥の魔物めが……」


 やはり怒りを抑えきれずに、リヴァイアがエクスカリバーの柄を握る――

「お前は、そうやってこれからも我を見下げて……、見下げて」

「見下げて?」

「見下げて、それで……我をどうしたいんだ!」


「どうしたいんだ? とは??」

 荒れる北海の海から現れている巨大ウナギ――

 両ヒレを水面に浸けては、上げて……。浸けては……を繰り返しながらバランスをとり、身体を浮かせている。

「お前は、オメガオーディンの手下として、これからもずっと生きていきたいのか!」

 大きな声を荒げ――リヴァイアが怒りをその巨大ウナギに向ける!


「……リヴァイア」

 リヴァイアサンは少し考える素振りで、リヴァイアへ向けていた視線を逸らす。

「リヴァイアサン……」

 同じく――リヴァイアもである。


 ああ、なんなんだ……この問答は?

 イライラする。

 余計な毒気を浴びせやがって――

 リヴァイアは刹那に、こんなことが脳裏に浮かんだのであった。


 波が荒れている。

 さながら、大津波の連破を食らっているかのように。


「こ……こ……、ふふっ。滑稽だな……ふふ!」

 すると、リヴァイアは俯いたまま笑う。

「滑稽?」

 それを、前かがみに身体を向けてリヴァイアへと近づいていく大海獣リヴァイアサン――

「ああ、滑稽だぞ!」

 リヴァイア、顔を上げると――

「リヴァイアサン! お前は我から毒気を浴びせかけた時に、ホーリーアルティメイトを……このエクスカリバーの真の名であるホーリーアルティメイト、そのすべてを奪ったけれどな」

「けれどな」

「けれど、そのホーリーアルティメイトの魂を、心を、ギルガメッシュに……大盗賊ギルガメに奪われたしまったのだからな。それが滑稽だって。そうは思わんか? 神としてカズースの人々から崇められている身でありながらな!」

「なぜ、ギルガメッシュに奪われたことを知っている。お前が――」


「われは1000年を生きてきた聖剣士―― 何でも知っているぞ!!」


「……」

 リヴァイアサンはまたも、視線をリヴァイアから逸らす。

 その姿を見るなり、

「リヴァイアサンよ―― どうして元魔法使い如きの流浪のギルガメッシュに……ホーリーアルティメイトの魂を奪われたんだ?」

 これ幸いにか?


「大海獣リヴァイアサンとは、誰が名付けたやら……。肝心のホーリーアルティメイトの魂を大盗賊如きに奪われる始末で……、それで神と崇められているなんてな!」

 リヴァイアが、誰よりも嫌い――大嫌いな相手、自分を毒気で陥れた張本人に対して言う。

 言いたいことを存分にだ。


「お前は、そう……肝心な時には何もできない。怖いからだ……。決定的に事が起きてしまう事態を、お前はずっと避けてきた。その結果がこれだ! リヴァクラー神殿を半壊させることしかできなかった、お前の大津波も大地震も、決定的な事態が怖いからだ! 決定的に破壊することは、即ち自分を信仰してくれている人々を背信する行為で、お前はそれを、そのために自らの大津波で大ダメージを出すことができず……」


「サロニアム大陸の外れの孤立した……誰も居住してはいない場所を、半壊させることしかできず。我は知っているぞ……クリスタミディア牢獄塔の島を、かつて大津波と大地震で破壊しようとしたことを。それでもできなかった。何故だか分かるか! 


 ――それは、木組みの街カズースの人々の信仰心を、お前自身が捨てられなかったからだ。


 お前はそうやって、これからも……ずっと、ずっと小心者にこざかしい津波と地震を起こしてゆけばいい……。その方がお似合いだ。


 聖剣士として断言してやる! お前の神としての力は、所詮――役には立たない無能でしかないのだから」



 言ってやった。

 存分に――





 続く


 この物語はフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る