第49話 いつか、私が死ねたら――


 ハッピーバースデー♡  ツー ユー


 ハッピーバースデー♡  ツー ユー


 ハッピーバースデー♡  ディア リヴァイア・レ・クリスタリア~




 ハッピーバースデー♡  ツー ユー



「……」

 リヴァイアがきょとんとした表情で椅子に腰かけている……

「リヴァイア……」

「は、はいな……」

「リヴァイア。どうですか? 子供達から暖かい誕生日を祝ってもらった気持ちは……」

「は、あ……」

 いまだぼ~っとした意識のリヴァイアである。

「リヴァイア。こんなに心の底から祝ってくれた子供達を、あなたは修道士見習いとして日々、子供達に寄り添って育てていた。そのお返しを、この誕生日を……どうか温かく受け止めてくださいね」

 その女性……自分よりも年上の、


「修道士見習い……ですか? 私が――」

 瞬きを数回――、リヴァイアが視線を上に向ける……と。


「修道士見習い……、って。……て! エ……エスターナ修道士じゃないですか!!」


 エスターナ修道士――

 1000年前にリヴァイアが務めていた修道士の責任者……つまりトップである。


「あ……ああ、エスターナ修道士……」

「どうしたのですか? リヴァイア……子供達から御祝いをされて、舞い上がってしまいましたか」

「い……いえ。その……」

 エスターナ修道士からの言葉に、リヴァイアは何故か言葉を詰まらせる。

「……そ」

「そ?」

 そのもじもじして俯いた顔を、下からす~っ覗き込みながらエスターナ修道士が、

「その……なんでしょう」

「い、いいえ。……そのう…」

 ゆっくりと顔を上げながらリヴァイアは、でも、視線はチラチラと右に左に……。

「その、私は……修道士見習いとしてこの『聖サクランボ』の児童養護施設で日々を生きてきましたけれど。でも、私よく考えてみたら、なんにもお役に立てていないんじゃって」

「……まあ、それって謙遜ですか? ……それとも」

「いえ……。それとも退職の話……って、これは子供たちの前ではやめましょうね……ぇ」

 自分が子供を骨折させてしまったことを悔いて、責任を取る。

 というのは、表向きの話で――


 自分には預言書に書かれている使命があることを、言っても分かる訳はないだろうし。



『チェリーレイス   チェリーレイス   チェリーレイス………』



「サクランボさん……」

 リヴァイアは、思い出す。

 懐かしい……違う。懐かしさを通り越した記憶を思い出した。

 忘れたくても……それが大切な自分自身の記憶なのだから。


「どうしたの? リヴァイア・レ・クリスタリア?」

「だ……だから、どうしてフルネームで呼ぶかな……バム君」

 ふ~っとひとつ息を吐いてから、エスターナ修道士と同じように自分の顔を見上げているのは、5歳のバムだった。

「リヴァイア……、僕のお歌は……どうだった」

「どうだったって、バム! とっても上手かったよ」

 リヴァイアが口角を上げてとびきりの笑顔をバムに見せる。

「……本当に」

「うん! 本当だよ」


「ねえ? リヴァイア……私のプレゼントの栞。どう?」

「どうって……、そりゃ嬉しいよ」

 そのバムの隣にやってきたのは、9歳の女の子――クアル。

「大切に使わせてもらうね。私も図書館でいっぱい本を借りて読んでいるから……、うん! 栞があったらべんりだもん」

 同じくとびきりの笑顔を、クアルにも見せた。


「ねえ……ねえって」

 ああ、最後は勿論……

「ああ、フレカ……ちゃん?」

 7歳の女の子でいつも大人びた口調と態度……で自分に接してくるフレカ。

「あたしのお悩み相談券――ちゃんと使ってよね」

 腕を組みながら、したり顔をリヴァイアに見せた。

「う……うん! ちゃんと使うから心配しないでよ」

「じゃあ……今使ってくれる?」

「い……いま……ですか」

 あはは、この子って、こうどうして大人を困らせちゃうんだろう。

 でも、みんなの……生い立ちを思ったら


 そう心の思いながら、リヴァイアは3人の顔を一通り見つめて、


 だから、私がここにいるんだけれど――


「今……って、う~ん。そうだなぁ」

 フレカからのリクエストに、修道士見習いとして、御祝いされている自分としても、なんとか気持ちに応えてあげたい……。

「んじゃ……、どうすれば私のお給金がアップできるのか……教えてくれない」

 我ながら、子供相手に何を言うのか……無意識に気が舞い上がっている自分がここにいる。

 リヴァイアは両手を膝の上で重ねると、もじもじと身体を揺する……

「それは、リヴァイア……エスターナ修道士に嘆願しちゃいなって」


「……そうくるんだね」

 素晴らしい、率直なアドバイスを……ありがとうございました。


「リヴァイア……、ほらフラカ! 冗談は後にしなさい」

 エスターナ修道士がポンッとフレカの肩に触れる。

 まあ、お給金アップは本音なんだけれどね……。

「今日はリヴァイアの誕生日の御祝いなのですから……皆でお祝いすることが大切ですよ」

「……は~い。エスターナ修道士」

 コクリと大きく一つ頷く。

「修道士見習い、リヴァイア!」

「あ、は……はいな」


「今日は、今日という日――6月7日はリヴァイア・レ・クリスタリアさんの……」

 と、ここでエスターナ修道士、チラリとリヴァイアの顔を見る。

「……の、うんじゅっさいの誕生日です」

 ああ、気を使ってくれたんだ。

「誕生日というのは、自分だけの特別で大切な生誕祭ですよ――」


 バム クアル フレカ


 一緒に大きく返事して頷いてくれた。


「さあ、もう一度ハッピーバースデーをみんなで、リヴァイアのために歌いましょうね」

 エスターナ修道士――


 みんな――




 私も、もう1000年も誕生日を越えてきて……

 後に生まれてきた児童養護施設の子供達も、私よりも先に死んでいって。


 聖サクランボの頃の私を、みんな、ありがとうね。


 元気だよ……私はね。



 いつか、私が死ねたら――

 1000年分の冥土の土産話を、話してあげるからね。

 

 だから、もう少しだけ待っててくれるかな?




       *




 早朝――

 ここは木組みの街カズースのオニオン。


「……我、は眠って……いたのか?」

 リヴァイアが目を覚ました。

 そのまま、すくっとベッドから起き上がろうと……、

「……リヴァイア」

 ベッドの傍らに椅子を置いて、座っている女性がいる。

「レイス……か。ずっと隣に」

「うん……」

 ベッドから起き上がったリヴァイア、その隣に自分の手を握っているレイスがいた。


「レイス……もう」

「リヴァイア……」


「……もう、お前は我のことなんか」

「我のことなんかって、どうでもって思ってんの。……そんなの、もう、いいわけないじゃないって!」

「レイス……」

 レイスの目にはうっすらと涙の粒がたまっていた。

「リヴァイア……って、もう! どうしてそうも……いつも、独断に行動するのよ」

 その涙が両頬をつたって、木組みの床へとしみ込んでは消えていく。


「独断に……ああ、リヴァイアサンの海の話か」

「そうよ」

「……」

 リヴァイアが少し口を紡ぐ。


「なあ、レイス。リヴァイアサンが姿を見せてから、その……我等はどうなった」

「どうなったって……。リヴァイアって、思えていないの?」

 ハッと口に掌を充てるレイスに、

「ああ……、意識がはっきりとしていなくて。記憶に残っていないんだ」

「そ……う……なんだ。でもね、リヴァイア」

「なんだレイス?」


「ありがとうって御礼を言わせてね。私とルンをリヴァイアサンから非難させようと、リヴァイア……必死になって私達を抱きかかえながら、街まで飛んでくれたんだよ」

「……そうか、レイスとルンを守るために、あいつから守るために……」

「うん」


 リヴァイアが掛け布団のシーツを、物憂げに両手で握る。

 本来、聖剣士として守る立場でありながら、逆にレイス達に守られてしまった自分が恥ずかしいと思ったからだ。

「すまない。でもな……、どうしてもあの海岸で対峙したいと思ってきた。今までずっと」

「それは、リヴァイアの復讐なのですか?」

 レイスが袖で拭いながら、するとリヴァイアが、

「……まあ、そうとは否定しないけれど、どちらかというと、我にとっての信念だな」

「信念ですか」

 と、2人はそのまましばらく沈黙を作った。


「……そうだな、信念。レイスには分からないでいいぞ……」

 すると、レイスを胸元まで寄せるリヴァイアが、彼女の頭をなでる。

「リヴァイア?」

「……聞いてくれ、レイス。私とリヴァイアサンとは1000年の因縁があってな」


「因縁」


「ああ! 因縁だ」

 ふふっと、笑ったリヴァイア。

「因縁だ……。1000年前からの因縁――レイスには関係ないことだ」

「関係ないこと……、そんなこと」

 レイスはリヴァイアの手を摩った。

「私、リヴァイアに誓ったんだから……。リヴァイアの力になりたいって」

「我の力。そうか、レイス姫よ」


「……でもな」

「なに?」

 撫でられていた髪の手をはたいて、顔を上げるレイス。

 その目を、リヴァイアが優しく見つめてから、

「いいかレイス。この世界……というより宇宙には広大な流れがあるんだ」

「流れ……ですか」

「ああ、天の川よりも広大な運命の流れがあって、我もレイスも、ルンも……みんなその流れに従って、運命を生きている」

「……リヴァイア」

 レイスには……よく分からない話だった。

「まあ、レイスはこんな難しい話、思わなくてもいいぞ」

 察したリヴァイア――

「レイスは、レイスの信じる道を行けばいいだけの……」

「だけの?」

「人生とは……自分が信ずる道を行くだけでいいのだ……と、そう我は思っている」

「リヴァイア……それって、1000年を」

「生きてきたから言える……かな? そうだろうな」


 ふふっ


 リヴァイアがほほ笑んだ。


「リヴァイア……」

 本当は辛いんだろうって……分かっている。

 けれど、それを言い出せない、こんなに傍にいるのに言えない自分が……なんだか、悔しい。




 その時――



 ダッ ダッ ダッ



 バタン!



 扉を大きな音をたてて開ける音だ。

「リヴァイア!」

 その人物は、シルヴィーだった。

「なんだ、シルヴィーよ。乙女の……」

 というと、リヴァイアがレイスの顔を伺う。

「寝室に夜這いにでも来たか? くくっ」


「もう! リヴァイアって」

 ちゃけらかすリヴァイアにレイスが突っ込む。


「そうじゃないって! リヴァイア!」

 そうじゃない……シルヴィーが額に汗を流しながら。

「やばいって、リヴァイア。あの塔――」


「塔?」

「牢獄塔だよ」


 そのキーワードを聞くなり、リヴァイアは瞬時に気が付いた――




 牢獄塔――クリスタミディアか……


 ああ、あいつか。


 ギルガメッシュだな。




「ギルガメッシュ……か」

 思わず口に出したその名前。

 リヴァイアには心当たりがあった――

 というより、因縁だ。


「リヴァイア?」

 レイス――


「心配ないぞ……」

「でも、リヴァイア……」


「リヴァイア……ギルガメッシュだよ」

「ほら……、シルヴィーは男の子なんだから。ここは女の子の部屋だぞ。もう退室しなさい」

「リヴァイア……クリスタミディアが」

「分かっているぞ」


「クリスタミディアの……大悪人が」


「もう言うな……さあ、部屋に戻りなさい。もう一度、ここは乙女の――」

「うん……」


 それを察したレイスが立ち上がってから、

「ほらっ、シルヴィー君」

 すっと立ち上がるレイスが、彼の肩に手を添えて、

「自分の部屋に、お姉ちゃんと戻りましょうね!」

「でも、ギルガメッシュが……」


「ああ、承知している……けどな。シルヴィーはもう自分の部屋に戻りなさい」

「……うん」

「シルヴィー」

「なに……リヴァイア」

 ふいに振り替えるシルヴィー。


「我のことを、今も心配してくれることを感謝しているからな」


「うん……当たり前だよ。お姉ちゃんなんだから……」



 それから――

「リヴァイア……クリスタミディアって」

 ちらっと、

「ああ、クリスタミディア牢獄塔のギルガメッシュだな」


「……ギルガメッシュって?」


「うん……まあ、」



 因縁だ――


 どうして……こうなってしまった、ギルガメッシュよ。

 

「ギルガメッシュか―― また、会うことに……なるんだろうな。そして、また……我と生きるのか? それとも戦う運命なのか?」


 どうして、お前の正義という感は……そんなにも、人々を巻き込む。惑わす。苦しめるのか。

 どうして――我を苦しめる。我と共に生きた日々を……忘れたのか?

 薄情な男だぞ。


「リヴァイア……」

 レイスが――

「ギルガメッシュ……、またの名を『魔法使い上がりの大盗賊ギルガメ』だ」

「大盗賊ギルガメって」

「ああ、レイスのスラムの頃と同じだな……まあ、昔の話はよしておこうか」

 リヴァイアがレイスの頭をやさしく撫でながら、静かに小声で言う。


「ギルガメッシュ……。最後の聖剣ホーリーアルティメイトの魂を、エネルギーの根源をリヴァイアサンから盗んだ張本人だ」


「魂を……エネルギーって」

「この……」

 リヴァイアが枕元の上に置いてあるエクスカリバーを見つめる。

「この……、死骨竜から作られたエクスカリバーの、その元の名がホーリーアルティメイト。その魂を大魔導士と対等に戦い続けた魔法使い上がりの盗人が……一体どうやって盗んだのやら……リヴァイアサンからな」


「まったく……なあ」

「ま……リヴァイア?」

 レイスが口を籠らせるリヴァイアにそう聞くと、

「なんでもないぞ……レイス」

 軽く……、そう言ってからベッドの窓から見えるカズース空を見つめて、

「まったく……。大海獣リヴァイアサンから盗んで、大魔導士に打ちのめされて、肝心の聖剣の魂が今どこにあるのやら……ギルガメッシュしか分からん。……まったく、我の行く道に立ちはだかる輩というのは、どうしてこうも……我の足を引っ張るのやら」



 リヴァイアは、ベッドの上で大きく肩で溜息を付いた……。





 続く


 この物語は、フィクションです。

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