第48話 秩序を乱すギルガメッシュ。悪に染まった大悪人ギルガメッシュ?
「ねえ? イレーヌさん」
「なんだ……、アリア」
翌朝――オニオンのベランダに立つ2人の女性がいる。
雪国だからか、数日前にカズースに来た時には快晴であった天候も、雲が北風に吹かれて流れてくる。
貴重な太陽からの熱波も、雲間から現れては……隠れてしまい、宿屋オニオンの飼い猫……違うか、住み着いたらしい野良猫がベランダの床の端っこにいるのだけれど、日向ぼっこする気にはなれない様子で。
猫が顔を洗うと雨とはよく聞くように、さっきからずっと髭を前足で毛繕っている。
――オニオンのベランダから街を見下ろすと、すぐ下の露店のいくつかでは客引きの合戦の掛け声が、ここまで聞こえてくるのだった。
どこの街でも活気があることは、いいことだ。
港町アルテクロスの市場も、サロニアム・キャピタルの街路も、出店に茶店、客引きに何やら怪しいチラシ配りと、子供がうずくまって泣きじゃくっているところを、通りすがりの男性が声を掛けている。
すると後ろから別の子供がススっと忍び足で男性のポケットから……ああ、スリですか。
そんなこんなのカズースの街を、しばらく眺めていたアリアが――
「私達って、リヴァイアさんのことを聖剣士さまって呼んで、絵本なんかでも、ずっと学んできましたけれど……、これってリヴァイアさんにとっては、いい迷惑だったんでしょうね?」
「……アリア」
至極、まともな意見を言ってきたもんだから、思わずイレーヌが後ろに身を反らす。
「……アリア。あんたも聖剣士さまの気苦労が、その……分かったんだ」
恐る恐るに尋ねると――
「……ええ。まあですけれどね」
アリアが俯く――
今日は、朝も早くから天然ぶりを発揮することなく?
真面目モードというべきか、隣で人差し指を顎に当てて考え込む姿をイレーヌが見ている。
どうやら明日は、雪かしら……という文句も浮かびそうなイレーヌの表情はポカ~ンと、雪国カズースで雪が降るのは当たり前なのだけれどね。
「アリア?」
イレーヌが、いつもとは返答が違って、いつもは「いや~。イレーヌさんってば!」という具合に返してくるところを、今のアリアは神妙な視線を落として。彼女は、ベランダから後ろへと身を半歩下がった。
俯いたままのアリア――
「ア……アリア?」
もう一度、イレーヌが、
「ええ……聞こえています。イレーヌさん。そう何度も私の名前を呼ばなくても……」
顔を上げて、ふふっと空元気に笑顔を作って見せた。
「私……、魔法都市アムルルのことを、自分が魔法修行をしていた頃を思い出しちゃいましてね」
「アムルル……」
イレーヌが魔銃の銃口を――下げた。
(ずっと構えていたのですね……用心深いニンジャだよ)
「ああ、そういえば……、あんたの故郷がアムルルだったっけ?」
「ええ……。ここカズースから南に進んだ
「確か、前に教えてくれたっけ……。飛空艇で。アムルルから追放された身だってことを」
「はい……追放されちゃいました。って、イレーヌさんも情報屋として私のことを調べ上げたって言ってたじゃないですか」
とほほ……な様子で、アリアが頭を触る。
「まあ、そうだけれど……、でも、どうして? 追放されたんだ」
イレーヌが端的に質問した。
「まあ……追放されちゃっても、しょうがないかなって……いう話ですよ」
「……聞いちゃ、イヤだったか……のか?」
いつものように、気軽に会話するように……アリアに質問をしたイレーヌだった。
でも、親しき仲にも……という言葉を思い出すと、唇に力を入れる。
見つめる彼女の表情に、アリアが気が付く。
「……て、別にイレーヌさんが、そんな具合に神妙な表情をしなくてもいいんですよ」
「でも、追放って……かなり意味深あることなんじゃないのか」
「そんなこと……ま、ありますかね?」
てへへ……と、両手を口元に当ててから、吹き出しそうになった自分を止める。
「アリア……」
「だから、そんな顔しないでって、イレーヌさん」
「……教えてくれないか? 何があったんだ。アムルルで」
「だから、そんな暗い顔を」
「教えてくれないか。……その興味本位なんかじゃなくて、飛空艇仲間として、友人としても」
「……イレーヌさん」
イレーヌが深々と頭をさげる。
「イ……イレーヌさんって。なに、そんなに畏まって」
慌てるアリアが、珍しく畏まって直立。
自分がイレーヌから大切に思われていることに気付かされたアリア、こんな自分を……おっちょこちょいでクエストを集めることしか能のない自分なのに。
「……でもまあ、そんなに面白くない話ですからね。先に言っときますけど」
「教えてほしい。アリア……。あんたが、どうしてアムルルから追放されたのか?」
足早に駆け寄るなり、両手でアリアの手をギュッと握る。
「イ……イレーヌさんって、そんな真剣な顔しなくても……だから、面白くない話ですから」
「面白くなくてもいい。教えてくれ……ないか? 魔法都市アムルルで……アリア。何があったんだ」
追放された話なんて、面白くないに決まっている。
第一、 友人として追放話をそんな気持ちで聞くなんて失礼だ。
『人生なんて、思い通りになんかいかないからな……イレーヌ』
――遠い、遠い過去の記憶が、ふとイレーヌの脳裏に響いた。
それは、一体どこの街か村か? 分からない。
この言葉だけが、時折蘇っては自分に話し掛けてくる。
「……あたしの記憶、あなたは……一体誰なのですか?」
「イレーヌさん?」
「いや、あたしの1人事だ……」
「じゃあ、話しますよ」
「ああ……」
追放話――
イレーヌは自分の出生を思い出せなかった。
自分がどこで生まれて、どこで育ってきたのかを、気が付いたらサロニアム・キャピタルの街外れの修道士の部屋に居候していた。
日の出前に起床して、部屋の掃除、廊下の床拭きやら……。
アリアがアムルルから追放された話は、恐らく自分の過去の経験に似ているのではないか?
飛空艇仲間として最後に加わった自分が、友人アリアと同じような“共通性”を感じてしまったイレーヌは、言葉にはしなかったけれど……なんとなくホッとしたのだった。
オニオンのベランダに吹き抜けてくる北海の風――冷たかった。
*
「魔法大会の話ですよ」
「魔法大会?」
「ええ……、アムルルで次の世代の魔法使いを決定する、大事な……大事な大会というのがありましてね」
アリアがテラスの柵へ、ゆっくり歩いていく。
「まあ……アムルルで魔法使いとして名をはせるための一大イベントでしてね。凄いんですよ! 街中から人……人……人が中央広場まで来ちゃうんですから。お祭りですね……一体この街にどれだけ人が住んでいるんだよって。私でもビックリしちゃうくらいだったんですからね」
「……魔法都市アムルルの大会って、そういえばそんな話を聞いたことがあったか」
イレーヌが空を見上げて遠目に記憶を辿ってみる――
「――アムルルコメットだったっけ?」
「ええ、コメット大会です。みんなで隕石を召喚してぶつけ合うバトルの大会ですね」
「隕石……召喚魔法か?」
「いいえ……月の衛星の欠片の軌道を、魔法でちょちょいと変えちゃうだけの話ですよ。威力もたかが知れています。大魔導士さまの大隕石召喚魔法にあやかった、大魔導士さまをバトルしながら称える大会です」
「……それって、アムルルの街は被害出ないのか」
「街はバリアでガードされていますから、被害はないですね。でも、出場する魔法使いの中には病院に行く者も幾人か」
祭りと称せば暴れてもなんでも許される風潮は、異世界にもあるみたいで――
「でね。私ね……そこで、ズルしちゃったんです。それが追放された原因ですよ♡」
ニコッと―― 一方のイレーヌは、
「……ズルって」
イレーヌもゆっくりとアリアの隣まで歩んで行く。
「あんた……何、ズルいことをしたんだ」
「いいえ……。本当は私はズルくなんか、ないって思って……今でも思っていますよ」
ニコッと笑いながら……でも、なんだか態度がおぼつかない。
照れ隠しというか少し顔を引きつらせながら、アリアが両手を左右交互に振って否定して見せる。
「でも、皆からはズルいって思われちゃいました……ってことですね」
「皆から……」
「はい」
私は、ズルかったんです――
でも、私は正しいと思っていたのですよ……
――ズパーン!
――ズパパーン!
魔法都市アムルルに花火が上がった。
賑やかな街――路地沿いの窓辺からは花吹雪が舞い降りてくる。
アムルルコメット。お祭りだ――
魔法都市アムルルで、次の世代を担う魔法使いを選ぶための祭典――
「その、最有力の候補者は2名でした―― 1人は生まれも育ちもアムルルというお坊ちゃまの貴公子。ぶっちゃけ、魔法の威力は大したことがなかったのですけれど、まあ貴公子ですから……後ろにいる貴族の恩恵をもらって、凄い凄いとアムルル中でチヤホヤとされていましたっけ」
広場中央に小柄な男子が立っている。
手を振る相手は大会を一目見ようと集まて来たアムルル中の人々で、その人々に両手を振って愛想を良くしている男子。
キャーキャーと、ファンでもいるのか?
数人の女子達からのエールを聞いて、その小柄な男子は一層愛想を振りまいている……。
「もう1人は、……私の弟分の弟子でした。その子も魔法大会に予選を突破して、なんとか決勝戦まで勝ち進むことができまして……、でも、彼の実力は申し分ないのですけれどねぇ……」
「ねぇ?」
アリアの語尾に違和感を感じたイレーヌ、その表情を横目でチラリと確認したアリアが、
「ええ……、なんていうか出来レースて言うと、これまた怒られるかもしれませんけれど、その魔法大会では弟分じゃなくて、貴公子さんが選ばれるってことに、まあ暗黙に決まっちゃっていました」
「……そうか。アムルルにも、なんていうか古風な伝統のようなものがあるんだな」
サロニアム・キャピタルで上級メイドとして日々を励んだこともあるイレーヌ、その城内にも、しきたり……しがらみが横行していたことを思い出した。
先輩メイドなんて、大して仕事も出来なかったくせに、自分のお給金の一部を上納しろと難癖をつけてきたこともあった――
いじめなんてしょっちゅうだった。
先輩が楽をしたいがために新人メイドに仕事を押し付ける。まったく、作業の方法も教えることなく押し付けて、できなかったらお前が未熟だからと鞭で引っぱたく。
どこの世界でも……同じもんだとイレーヌが呆れる。
「古風なんかじゃなくって……、アムルルは古風な街なのですけれどね。要するに、お坊ちゃまを1位にすれば、それだけ貴族からお金も何もかももらえるからっていう、そういう因習なのです」
「そうか……、つまり出来レースか?」
「そういうことが、ずっとアムルルには続いてきました。だから――」
「だから――?」
イレーヌが振り向いた。
「ええ。だから……ねぇ……」
同じく、アリアも彼女の顔を見つめてから、瞬きをパチクリして、
「私、ずっと思ってきたことがあって。アムルルも魔法大会なんてものは、実は貴族達のご機嫌をとるためのパフォーマンスなんじゃないかって。……ええ、そうなのでしょうね。だって、アムルルの魔法使い達って、貴族達からいっぱい恩恵を受けているのですから……ねぇ」
オニオンのベランダから見える北海の渚――リヴァイアサンの海。
アリアは街の向こうに見えているその風景を、遠目に見つめた。
荒れる北海の海の波が荒いことは、オニオンからもはっきりと確認できる。
「……お金の話か」
イレーヌも遠目にリヴァイアサンの海を見て小声で言った。
「はいな! そうですよ。イレーヌさんが大好きな報酬の――」
「だ! 誰が……大好きなんかじゃ……」
頬を赤くしたイレーヌ。
「まあ、誰でも報酬は大好きですけれど……ねぇ」
そう言うと顔を下げるアリアが、
「でもね……。弟分もその仲間もね……。グルガガムの徴兵として、魔法使い部隊として参加しろって命令が下ったことがありまして。でも、お坊ちゃまのみんなは兵役を逃れて……」
「兵役を?」
「ええ、そんなことがったから……」
なんなのだろう……この不公平感って――
「私は……、だから大魔導士さまに懇願しちゃいました」
「だ……大魔導士さまって偉いんだろ」
「偉いも何も……魔法都市アムルルのナンバーワンですよ。ドガウネンさまあってのアムルルですから」
「ドガウネンって、伝説の魔法使いなんじゃ!?」
「はいな! 私はそのドガウネンさまの弟子ですから……ぶっちゃけ懇願しに行きました。行くことができましたって……。それと、ドガウネンさまあっての……っていう言い方も過去ですけれどね」
ベランダの柵に両肘を乗せると、アリアは木組みの床をスリスリと靴で擦る。
「……もう、こんな八百長な大会なんて意味ないでしょう。成績もよくって魔法能力もあるお坊ちゃま達が兵役から免除されて、どうして下の者が兵役に追いやられるのですか? こんなの戦力から言っておかしいじゃありませんか? 本当だったら魔力のある……だから、もうやめましょうよって」
「あんたが、大魔導士さまに……」
驚くイレーヌ――
「ええ、言いましたよ……。はっきりと。……でもね。そしたらね」
『アリア……、あんたはクリスタミディア牢獄塔に収監されている“ギルガメッシュ”と同じことを言うんだね』
「って……言い返されて」
「ギルガメッシュ?」
「イレーヌさん、知りませんか? ギルガメッシュを」
「……ああ、分からない」
「情報屋のイレーヌさんが知らないなんて、正直びっくりくりくり……ですよ」
「そ……うか?」
「はい……」
「あいつは……ギルガメッシュは、アムルルのすべてを見て、知って、そして大魔導士さまにこう断罪したと聞きます。『――この魔法都市アムルルは腐敗に包まれている。どうして、由緒ある魔法都市が……こんなにも落ちぶれてしまったのだ』とです。そしたら、大魔導士さまが――」
『落ちぶれてなんかいない、お前のようなよそ者には、この魔法都市の崇高さが見えないだけだ。秩序を乱すギルガメッシュよ―― 悪に染まった大悪人ギルガメッシュよ』
ほんっとうに、老害ってやつですね。
自分はいつまでも偉いさんだって……思いたいだけで、みんなスクスクと育ってきているのに、それをいいように思っていない。だって、思ってしまったら、自分が偉いままになれなくなっちゃうから。
でも……、身を引く。
それが、私達の最後の仕事なんじゃないかって……ねぇ? ドガウネンさま――
「秩序を乱すギルガメッシュ。悪に染まった大悪人ギルガメッシュ?」
思わず……。イレーヌは魔銃を持つ手に力を加えてしまう。
条件反射だろう……悪人は退治しなくてはいけない。
幼い頃から、誰からか学ばされた自分がいる。そのあと修道士に厄介になって、いじめられて、辛酸をなめてなんとか今日まで生きてきた。
その結果、身についたのは正義感――ではなくて、1人で生きて行こうと覚悟した自分。
その自分も、今では飛空艇仲間と共にある。
人生とは、分からないものだ――
『人生なんて、思い通りになんかいかないからな……イレーヌ』
――遠い、遠い過去の記憶が、ふとイレーヌの脳裏に響いた。
「ええ、ギルガメッシュは捉えられて今でも……終身刑ってやつですか? 今でも収監されちゃっています」
「……そうなのか」
「それくらい、封建的な魔法都市なんです。そうそう! 魔法大会の続きをしましょうか」
思い出したアリアが、両手をパチンと合わせる。
「それからね! 私は弟分の弟子に魔法力がアップする魔法を掛けちゃいました」
「かけちゃい……ました」
「これが、原因……ですねぇ」
「原因……なのか」
「はい。魔法大会で貴公子のお坊ちゃまを倒して、私の弟分の弟子が勝っちゃいました」
「それって、」
「はい! やっちゃいましたね。私自身がズルいことをしちゃいました」
自分の頭を触るアリア。
「それって、いけないことなんじゃ……」
イレーヌが――
「はい、御法度でした。その後すぐにズルがバレちゃいまして。そんでもって、大魔導士さまに呼ばれまして、こっぴどくお説教を受けてから……」
「……受けてから、あんたもクリスタミディア牢獄塔に」
話の流れから聞くと、その牢獄塔に……ってことが想像できる。
「いいえ! そうはならなかったのが幸いでしたね」
「その……、幸い……だったのか?」
「……大法廷の陪審員に知り合いが、というより私の教え子がたくさん出廷していましたから。恩情ってやつですかね。日頃の行いがってのもありますか?」
アハハ……と、アリア。笑っている場合じゃなかったんじゃね?
「――でも結果、私の魔法能力を取り上げて、そんでもって、アムルルから出て行けって……追放されちゃいましたんですけれど」
「アリア……ダメじゃんか」
ガクッと両肩を下げるイレーヌ。
「こんなことを大魔導士さまがね……。『どうしてお前は、お坊ちゃまに勝ちを認めてあげなかったんだって……』んでね……私は、お言葉ですが、大魔導士さま……、あなたは私の弟分と貴公子とどちらに才能と技量があると思っているのでしょうか?」
「私は前者にあると断言します。ずっと見てきましたから、ナンバーワンになって魔法大会で優勝するべく力があるのですから?」
「それとも大魔導士さまは、それでも貴公子――貴族のご機嫌を伺う腐敗していることもしらない政治の如く、アムルルという魔法都市も腐敗に屈して堕ちていけとでも……そう、お思いなのですか?」
アリア、右手の拳に力を入れる――さながら大演説の政治家の如くに。
「……そんなことを、言ったのか。大魔導士さまに」
恐れる天然ぶりも、やっぱり……怖いもの知らずで。
イレーヌは思った。自覚した、理解した――アリアは天然最強の元魔法使いだ。
「はい。で……それから、私は厄介者扱いですね。魔法使いとしても生きていけらない身体に。……まあ、でもこうしてイレーヌさんに出会えましたから。それは、よかったんじゃないかって……私の追放話はこれで以上ですよ♡」
早朝の宿屋オニオンのベランダに立つアリアとイレーヌ。
しばらく言葉を発することなく、沈黙する2人。
自分の過去を赤裸々に告白したアリアと、それを聞いたイレーヌ。
御姫様のレイスに、上級メイドとして仕えてきたルン王子――
魔法都市を追放されたアリアに、
そのアリアを友人感情を持ってしまった自分――イレーヌ。
北海の街カズースの上空、雲の間からようやく太陽の日差しが見えてきた。
「あんた……、本当に、それでよかったって」
「……さあ、どうでしょうね? でも、私は正しいと思って自ら決断したのですよ。それから、両親からはバカにされて、家から出て行け! ……って大きな声出して言われましたっけ? ここアムルルで、お前なんかいなければ自分達は立場がないって言われて。保身でしたね」
「それって、大事だったんじゃ……」
「それだけじゃなくって、親戚からも、連絡が来ました。あの娘のせいで自分達まで“村はずれ”のような被害を受けてっ……ていう内容でした」
「……そんなことまであったんだ」
「……まあ、その親戚は、私、実は大嫌いだったから……縁が切れてよかったって思っていますから」
腕を組んで、フン……と鼻息を鳴らすアリア。
「アリア」
その姿を、イレーヌは……何も返そうとは思わなかった。
空元気だなんて、見ていれば分かるから。
「……イレーヌさん。こんな私にもいろいろ苦労があったんですよ」
すると、アリアがイレーヌの気持ちを察したのか……天然だから本当のところは分からないのだけれど、
「……イレーヌさんも、今までいろいろとあったんでしょ?」
その通りである――飛空艇仲間は皆訳ありの寄せ集めなのだ。
*
クリスタミディア牢獄塔――
塔の最上階でも、薄暗い――
ドンドン!
「……」
ドンドン!
「……」
その者、暗闇の牢の中に身をかがめている。
「おい、聞こえているんだろ。食事の時間だぞ……」
兵がそう言うと、ドアの下の隙間からトレイを牢の中に入れた。
「ちゃんと食えよ。お前は久しく食っていないんだろ」
「……」
その者、暗闇の牢の中に身をかがめている。
「まったく、食事を作る俺達の身も考えろよな。何を好き好んでギルガメッシュなんかに」
兵が捨て台詞を吐くように、格子の向こうにいるその人物――ギルガメッシュに睨み付ける。
「どうして、俺がこんな牢獄塔の……しかも大罪人のギルガメッシュなんかの当番をしながら」
「ギルガメッシュ……俺の名前」
ピクンと……ギルガメッシュが兵の言葉に反応して肩を揺らした
「……やっぱり聞こえてんじゃね~か? 忘れたのか……ギルガメッシュ?」
「ギルガメッシュ……俺の」
「そうだぞ。お前は大悪人のギルガメッシュだ」
「大悪人……の。そうか……だな」
「ああ……だから、お前は一生この牢獄塔で」
「それはないだろう」
「それは……ないって。お前、大罪人の分際で」
「それも……違うからな」
スッと――
いつの間にか身をすくめていた状態から、ギルガメッシュが立っていた。
ギルガメッシュ――
髪は伸び放題に……床まで届いている。
真っ黒な黒蛇のようなその髪を、整えることはしてこなかった様子だ。
無論、牢獄塔の中で幽閉されてきた身なのだから、見た目のことを気にするなんて意味がない。
終日、起きて、座って、飯を食って、座って、寝て――
ただ、それだけの繰り返す牢獄塔の生活――
ボロボロの布を頭から纏っているギルガメッシュ。
これは、毛布も兼ねているらしいようで、ベッドは粗末な鉄を編んだ簡易で、羽毛なんて勿論のこと見当たらない。それに、北海の土地であることを考えても、このボロボロの布が生き続けるための生命線なのだろう。
タッタ……
「おい、ギルガメッシュ」
慌てたのは兵だった。
脱獄か……食事の隙を睨んで兵に詰め寄ってという脱獄パターンを兵は考え、
その間も与えることなく、
ガツン!
牢屋の格子の間から兵の首根っこを両手で握り占めながら、
「忘れてなんかいない……。ギルガメッシュという名、リヴァイアに与えてくれた名前をな」
「リヴァイア……ああ、伝説の聖剣士リヴァイアさまか」
「ああ、そうだ」
グアン グアン……
格子を揺らす。
「おい、そんなことをしてもここからは出られないぜ」
兵――
「あはは……、お前はそうやっていつも、いっつも牢の中でほざいているだけの男だろ」
「……それがなんだ?」
「あはは……、だから、お前はそうやって監視監視されて、され続ける一生だってことだ」
兵が苦しみながらも大罪人への恫喝を止めようとはしない。
「それは……違うぞ」
「何が違うんだ……」
「分らんか? 我は魔法使いの上級で――今の今までずっと、MPを回復してきたってことを」
「MPを回復って……この8年間を、この牢獄塔の中で……か?」
「ああ、そうだ!」
格子の向こうで苦しんでいる兵に、自分の顔を押し付けようとギルガメッシュが更に近づいて、
「よ~く、覚えろ。我は上級の魔法使いだということを」
「は、ははは……どんなMPなんだ。何を言っている。所詮は流れの魔法使いだったんだろ! アムルルで大魔導士さまにも愛想をつかされて、その憂さ晴らしにアムルルで問題を起こして、いっぱい人を死なせて。――こんな8年間をこらえて、まずい飯を食わされてため込んできたMPなんて……大したことないのだろう?」
「いや、それが大ありなんだな」
「な……何を言う」
兵は――
すると、ギルガメッシュが兵の首から両手を放した――
「終局魔法――メテオレミーラをこの牢獄塔でぶっ放すためにな」
ボロボロの布を手で叩いて、それでも誇りまみれのそれをしばし叩きながら――
「メテオレミーラ……終局魔法?」
「ああ、終局魔法メテオレミーラを、ここでぶっぱなすために!」
刹那――両手を牢獄の天井にかざすギルガメッシュ。
「いでよ! 汝に問う――其はなんぞ?」
狭い牢獄――その天井すれすれに表れたのは……光に包まれた白い物体。
召喚されたといっていいだろう。
白色に光っているその召喚された物体は――
ブオーーーン
翼を目一杯に羽ばたかせるその姿は、生まれたての翼竜の如くに、
そのけたたましい、音を牢獄内全体に響かせる。
その召喚された、牢獄の天井すれすれに姿を現したのは、
「ダークバハムートよ。久しいな……」
ギルガメッシュが言い放った。
究極魔法レイスマで発動して出現するダークバハムート、それがギルガメッシュの両手をかざした先に……そうしてか現れたのだ!
どうして?
「ダークバハムートよ。お前の力をいまここで――魔力を一気に解放させてくれ!」
我ノ魔力ヲ……望ムノカ? ナラバ、オ前ノ本当ノ望ミハ、ナンゾ?
「我の望みは、もう一度リヴァイアに会うことだ」
リヴァイアニ会って、ナントスル?
「リヴァイア……にあって、私は……告げたいのだ」
何ヲ、告ゲル?
「それは、この牢獄塔を打ち破ってからに……しようぞ。だから、ダークバハムートよ! お前の力を私はこの8年間ずっとMPをためて……ためて、きたんだから」
……ギルガメッシュ。ソコマデシテ、聖剣士二会ッテ、魔力ヲ開放シキッテ……ソレデ身体ガ持ツトハ思ワンゾ」
「ああ承知なり――ダークバハムートよ。でもいい! それでいい」
承知ナリ――
今度はダークバハムートがギルガメッシュにそう言うと、
続く
この物語は、フィクションです。
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