第六章 聖剣士リヴァイア物語 過ぎ去りし1000年を越えてきて
第47話 すべてが、お前のせいだ! 忌々しいリヴァイアサンめ――
早朝
リヴァイアサンの海――
波荒れる北海である。アルテクロス近郊の海とは全く違う景色である。
波が高い。
いつも高い。
波と波がぶつかり合い相殺して、また荒波の北海へと帰っていく。
そういう風景を何度も、どこでも繰り返している北海のリヴァイアサンの海――
「リヴァイアサンよ! 聞こえるか」
砂浜に一人の女性……聖剣士リヴァイアが、
「リヴァイアサン聞こえるか? 聞こえているのだろう」
北海の荒波に向かってしきりに大海獣の名を叫んでいる。
その叫びを、北海の海が荒くかき消す――
「リヴァイアサンよ。 お前は、お前という魔獣は……」
「どこまでも、臆病だな。我を忘れたか! 1000年前に、お前から毒気を浴びて死ねなくなった生ける屍のリヴァイア・レ・クリスタリアだ」
その叫び――
「リヴァイアサン! 応えろ」
その叫びを――
「リヴァイアサンよ」
何度も何度も呼び続ける。北海に向かってリヴァイアは――
「リヴァイアサンよ 聞け! お前がサロニアムで我に言った通り、我はカズースに戻ってきたぞ。だから出てこい。お前から詫びの一つでも聞かなければ、このリヴァイア……死んでも……死に切れん」
その言葉は、当然のこと、死ねない身としてのリヴァイアサンへの最大の皮肉を込めた言葉だった。
こうでも言わなければ、気に入らない。
自分をここまでさんざんに命を苦しめ落としておいて、なにがカズースに来いだ。
ちゃんちゃらおかしい……大海獣め。
「聞け! リヴァイアサン」
その叫びを――誰も聞いてはくれいない。
「お前はそうやって、高見櫓に上った気持ちで、我を高見に見物している気にでもなっているのだろう? そうだろう! お前はそうやって、いつもいつも思いあがって大津波を、大地震を起こしては……傀儡に成り下がった下等生物達を脅して、そして何も知らない人々を苦しめては楽しむ……蔑む。そうではないのか?」
役立たずの、怯えたお前よ――
我は心底嫌いだ。
お前も、本音では嫌いだろう。我を――この醜い生き恥を晒しては、それを見てしまったのだから。
嫌いなのにも関わらずに――我に関わってくる。
哀れなのは、お互い様か??
「だがな、我はお前に死ねな身体になってしまったけれど、でもな……それはお前への怒り……復讐を永遠に果たせることを忘れるな!」
リヴァイアが腰のエクスカリバーを握る。
「いいか、決して忘れるな! ヘラヘラと、カカカといつも笑って真意をうやむやにして、それでいて我にオメガオーディンと対峙しろという……。その傲慢な態度に我は心底辟易するぞ」
そして、鞘からエクスカリバーを取り出して両手で構えた。
「いいか! リヴァイアサンよ。リヴァクラー神殿を破壊したのはお前だ。大津波と大地震で破壊して、さぞかし満足か? いいか! サロニアム北部の住人から、グルガガムも、そしてカズースも皆がお前を信仰してきたんだぞ。生活の一部としてお前を大切に思って生きて……それを、その象徴を神と崇められるお前自身が破壊したという事実を、我は永遠に忘れないぞ!」
永遠にとは比喩でも何でもない。
リヴァイアの命がある限り、つまり永遠に忘れないという意味だ。
「よく聞け! 木端微塵にもできなかったリヴァクラー神殿を、それが、いつの間にかオメガオーディンによる破壊工作に伝説はすり替えられてしまって、対峙したリヴァイアがいつの間にか英雄にされているなんて……こんな茶番をよくもリヴァイアサン! お前のせいだ」
「忌々しいリヴァイアサンめ―― 死んでしまえよ!」
死ねないリヴァイアからの、正直な本音だった。
切っ先が荒れ狂う北海に向ける。
だが、その先にリヴァイアサンはいない。
「忌々しいリヴァイアサンめ―― お前が起こす大津波と大地震は、本物の神への冒涜だ! 聞け! 所詮、お前が起こす大津波と大地震は海洋生物としての愚行を、皆が信仰して畏怖を感じても、我は知っているぞ。このグルガガムの傭兵の如き愚行を……」
グルガガムの傭兵の愚行とは、1000年間の間にグルガガムがアルテクロスにした工作活動のことである。
テロリストが火炎瓶とかぶん投げて、線路に爆薬、航路にロケット砲等々、そういう閉鎖された城塞都市の思想がモロに表れている。
「リヴァイアサンよ……我が退治しようぞ」
一歩……、一歩と、リヴァイアが北海に向かって歩いていく。
砂浜に寄せ来る渚、そんな水しぶきもどうでもいい。
どうでもいい……
リヴァイアは、いてもたってもいられなかった。
そこに、目の前にはいないリヴァイアサンなのだけれど、それでも、この両手に構えたエクスカリバーでやつを刺し殺したい。
刺し殺して、うっぷんを晴らしたい。
そうでなければ、この1000年の毒気の呪いの苦しみを、到底癒せることはそれ以外にはありあえなかった。
「感謝、感謝、感謝と、どれだけ住人達から拝まれていると思っているんだ? 神殿を破壊してオメガオーディンにひれ伏して、そんなのもはや神じゃないな……。神でないお前なんか……この手で我自らが……」
「みんな死ねよ……。お前も、お前の傀儡も何もかも、死んでしまえ。そうすれば、少しは我の気持ちも晴れようか……」
*
「リヴァイアサンよ!」
エクスカリバーを構えながら、一歩一歩リヴァイアが渚を抜けて、北海の海へと歩いて行く。
膝下まで海につかりながら……それでも、
「リヴァイアサンよ」
執念。
復讐だった――
「リヴァイア! ダメそれ以上行っちゃ」
ふいに、後ろから自分の身体を鷲掴みする人物が、
「リヴァイア! もう、北海のこの荒波は聖剣士さまでも危険だから」
もう一人――
「レイス」
「ルン?」
「リヴァイア……。いいから早く砂浜に戻ってよ」
力いっぱいに、鷲掴んでくる2人に抱えられて、
「レイス……。ルンか……」
「そうだから、そうだけど……今は早く」
レイスが力いっぱい、後ろへとリヴァイアを引っ張る。
「リヴァイア……この荒波は厄介だから、はやく足をすくわれる前に砂浜に戻らないと……俺達まで」
「レイス……。ルン……」
リヴァイアの両手に持つエクスカリバーの力を緩めて。するりと水面へと突き刺さった。
「どうして……、この砂浜に」
「私達、リヴァイアの後をつけたの……」
「つけたんだ。レイスがリヴァイアの様子が昨日からおかしいからって」
「昨日の夜の夜葬祭の……リヴァイアの涙を私たち隣で見ていて」
「見ていて……いたのか」
「当たり前だろ! 隣で一緒に夜葬祭のランタンを見ていたんだから」
「そうか……」
リヴァイアが、そのまま柄を握る力を緩めていく。
「んでね……。そのあとリヴァイアが寝室に戻ってから、私達話してみたの」
「ああ、リヴァイアがいつもと違うって」
「いつもと……か」
その時――
海の向こうから、大波が3人を襲ってくる。かなり大きな波が。
「伏せろレイス、ルン、さらわれるぞ」
リヴァイアが2人を抱えて身を低くする。
大波が、一気に3人を飲み込んだ。
ザッパーーーン!
しかし、幸いにか? その波に身体すべてをさらわれることはなかった――
ほんの数歩、引きずられたくらいで済んだのであった。
「ゲホ……」
「……ゲホッ」
「レイス、ルン。大丈夫か。息をしろ!」
リヴァイアが両隣の2人に声を掛ける」
「大丈夫かって、それはリヴァイア自身のことでしょ!」
レイスは、リヴァイアの支える手を振り払った。
「レイス……」
自分の手を払い除けた彼女の表情は――怒っていた。
リヴァイアは絶句する。
レイスのこんな怒った表情を、今まで見たことがなかったからだ。
「そうだぞ、聖剣士さま。リヴァイアあっての俺達、飛空艇仲間なんだって。今じゃそういう間柄の冒険仲間になっちゃったんだからな……だから」
「だから……」
「言ったでしょ! リヴァイア! 私達をもっと信じてって、頼っていいんだからねって」
「ああ、そう聞いたな」
ランタンの灯の下だったな――
「ああ、我は……もう、病気だな」
柄を握る手を離して、リヴァイアは腰にも力が入らなくなってそのまま、砂浜へと身を下ろしてしまった。
「病気だな」
「病気?」
「ああ、レイスよ。我が受けた毒気は、1000年もの長い間にとうとう頭の中にまで浸食されてしまったようだ」
リヴァイアが2人を抱えながら、こんなことを瞬時に考えた。
リヴァイアサンへの怒り、憎しみ、復讐心なんて――
例えリヴァイアサンを倒したとしても、はたしてこの毒気の呪いが消えるのかどうか。
もう1000年も苦しんできた、生き続けるという呪い――
万が一、毒気の呪いが消えたとしたら、その瞬間に、我は1000年も一気に年を取って瞬時に臨終してしまうのかもしれない。
分からない……
オニオンのテラスで泣き崩れた時に、隣にレイスとルンがいることを、しっかりと考えて泣くべきだった。
いや、泣いてはいけなかったのかもしれない。
けれど……泣きたかったんだ。
「もう! リヴァイアって」
レイスが再びリヴァイアの腰に両手を抱えようとする。
「あんた……だけが、悲運じゃないて――」
「……レイス?」
ズズッと後ろへと砂浜へと引きずられるリヴァイア――
「そうだぞ! 聖剣士さま」
「ルン?」
ルンもレイスと同じく、リヴァイアの腰に手を添える。
「もういい……よ。後は自分で立つから」
リヴァイアが顔を下げながら呟いた。
聖剣士として、あるまじき……その姿に、
「よくないって」
「よくないぞ」
レイスとルンが、リヴァイアの弱音を否定する。
「レイス……ルン……」
「リヴァイア…… そりゃ1000年も生きてきたんだから、私達なんかよりずっと、ず~っと苦しい出来事を経験してきたお思うけれど、でもね。私だって、スラム育ちで、アルテクロスの御姫様で、究極魔法レイスマのトリガーとかなんとか。――んでもって、母様と法神官ダンテマと、そしてリヴァイアが親戚関係で」
「我は、遠戚だぞ……」
1000年前の御先祖様――遠戚過ぎると言っていい。
「そんな細かいことを!」
思わず腰に、軽くボコスカと一発入れる。
聖剣士からすれば痛くはない。
「聖剣士さま! 俺だって、つい……この間サロニアムの王子だからとか、イレーヌから聞かされて、いつの間にか聖剣の主になっちまって、ほんと、人生って意味分かんないな!」
「ルン……」
珍しい。飛空艇の操縦士として誇りに思っている彼が、こんな空元気なことを私に話すなんて。
「まあ……、人生という尺で言うならば1000年を生きてきた聖剣士さまには、到底およばないけれど……」
「ちょっと! ルンってば、もっと力を入れなきゃ」
「あ……ああっ」
2人、力を合わせて息も合わせて、半ば強引にリヴァイアを砂浜へとずるずると引きずっている。
「……すまん」
リヴァイアが腰に力を入れて、なんとか立ち上がろうと……して、それから頭を2人に下げる。
波間から、大分遠くにきた。
ここならば、もう北海の荒波に飲まれることもないだろう――
「リヴァイア……どうしてあなたが謝るの?」
「そうだぜ、なんにも悪いことなんてして」
「いや、我の行動で、こうして2人に迷惑を掛けてしまって」
「掛けてなんかないって。リヴァイア」
「そうだぞ、まあ、飛空艇仲間としてお互い様だ」
「……」
ずっと、私はこのまま一人ぼっちなんだと思っていた。
そう思っていたほうが、気が休まった。
気が付けば、飛空艇仲間と共にあった。
1000年を生きてきて、
新しい出会いがあったなんて、驚きだ。
「……あ、ありがとう」
顔を下に向けたままで、コクリと小さく頭を下げるリヴァイア。
「リヴァイア?」
「聖剣士さま……」
「ありがとう。私はもう、孤立無援なんかじゃなくなったってことを、レイスとルン……、2人が今我に……、私に教えてくれた」
「そんなこと……」
レイスは言葉を詰める。
「リヴァイア……。……は、聖剣士なんだからね」
今でも――
「ああ、私は今でも聖剣士だな……だから、ありがとう……と」
言いたい。
ありがとうと――
*
リヴァイア――
毒気から生じた友情は、楽しいか?
「!」
「なに?」
「なんだ」
「……その声」
リヴァイア――
毒気から生じた友情は、楽しいか?
「……お前か。忌々しいリヴァイアサンよ」
リヴァイア――両隣に支えてくれたレイスとルンを突き放す。
「リヴァイア……」
「おい、聖剣よ!」
刹那に、2人を突き放してから、嫌、これはあの声からの攻撃を避けるための処置だ。
砂浜に埋まっているエクスカリバーを取り出して、両手で切っ先を北海へと向けた。
「出てこい! この、忌々しいリヴァイアサン……め」
荒波が海岸から砂浜の奥まで、リヴァイア達がいる砂浜のところまで押し寄せてくる――
かなり大きな波が、
「さあ、我にその醜き血で染まった両ヒレを……罪も無い人々を殺したそのヒレを見せてみろ。今の今まで、1000年間も高みの見物で我を見つめて、傀儡も一緒になって愚弄して、笑って。我がいたからこそ、この世界の秩序が均衡が保てたことも知っているくせに、それもいざとなったらリヴァイアのせい……と逃げるお前よ」
「お前は……忌々しいし嫌いだ」
波が来て、
姿を現した――ああ、忌々しい。
ザッパーーーン!
オニオンの宿屋で、夢の中に現れたように2枚のヒレが海面から突き出てくる。
「あ……あれ、なに」
「もしかして……あれが」
レイスとルン、
御名答。
大海獣リヴァイアサン――その登場である。
荒波が荒波と重なり、その波間から姿を見せる巨大なウナギだ。
「……」
リヴァイアが無言になる。
その心中――
我の毒気の呪いをかき消すためには、お前を――殺す……
ああ、その方がいいのだぞ!!
続く
この物語はフィクションです。
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